犠牲を越えて
「オイ! 聞いてないぞ!」
護衛がジェルメーヌに向け怒鳴り声を上げる。
「想定してるなら言っている!
つまりこれは想定外なんだよ!
こっちも!」
怒鳴り返すジェルメーヌ。
放心して、後方の客車から動けないミラーシャにエリシャが寄り添う。
フレデリックはこの車両の一番後ろで頭を抱え小さくなって居る。
残る全員が、客車の前方で作戦会議。
「ここで降ろせ! 今すぐ止めろ!」
「バカを言うな! こんな所で止められるか! 降りたいなら勝手に飛び降りろ!」
不毛な言い争い。
「降ろす、か」
フルグレイが呟く。
「後ろの客車を切り離そう。
そうすれば速度が上がるだろう」
フルグレイが全員を見渡しながら提案した。
「よし、機関士に速度を上げる様に発破をかけて来る」
ジェルメーヌが前へ銃を手に消える。
……武器は……要らないんじゃ無いの?
俺とフルグレイは後ろの車両へ。
二人を移動させ、荷物を運んでしまおう。
「エリシャ、荷物を持って前に行くんだ」
「あ、はい」
「ミラーシャさん、荷物運びますよ」
声をかけ、彼女と自分の荷物を前の車両へと手早く運ぶ。
護衛の連中が客車を切り離そうと待ち構えて居る。
フルグレイとエリシャが自分の荷物を運ぶ。
ミラーシャだけ現れないので迎えに。
彼女は微動だにせず、椅子に座って居た。
「行きますよ」
手を差し伸べながらそう声をかけるが、彼女は小さく首を振る。
『来たぞ』
マジか!
急ぎ後ろを確認に行く。
「フレデリック王子ぃぃぃ!!」
姿を見ずともそれが迫るのがわかる。
「ミラーシャさん!」
声をかけるが彼女は顔を上げない。
……面倒臭いな。
女は面倒な物だ。
親父の言葉……。
『それは、真実じゃ』
ガタンと大きな音がして、小さな振動。
「ヒザマルちゃん! 早く!!」
開けっ放しの扉の向こう、フルグレイが叫ぶ。
護衛の連中が、客車を切り離した様だ。
時には強引さも必要。
親父の言葉。
「失礼します」
一言断りを入れ、思い切って彼女の背と膝の下に手を入れ担ぎ上げる。
「いや、ちょっと」
抗議を無視して前へ走る。
そして、速度の落ち始めた客車から、一気に速度を上げた客車へ。
既に、二つの車両は分離を始めて居る。
一気に跳躍して、結合部を飛び越える。
ギリギリ間に合った。
振り返り、徐々に小さくなる客車を見送る。
「……あの」
「あ、失礼」
小さく抗議の声を上げるミラーシャをゆっくりと下ろす。
「中へ入ってろ」
ジェルメーヌがミラーシャに声をかけながら彼女をどかし後ろを眺める。
「まだ来るな」
目を細めながら、そう呟く。
「あっちの方が早いかな?」
フルグレイが呑気に分析する。
線路の先で動きを止めた貨車を追い越し、アドナキエルが走って来る。
笑い声が聞こえる気がするんだけど、気のせいかな?
「もっと早く走れないのか?」
「これ以上は無理だな」
そう言いながらジェルメーヌは引き金を引く。
一瞬よろけたもののアドナキエルは意に返さず走り続ける。
「何で効かないんだ」
舌打ちしながらジェルメーヌが再び引き金を引く。
「魔法は?」
フルグレイに尋ねる。
「止まって見えるかもしれないけど、あっちもこっちもすんごい速さで動いてるからね。
当たる訳無いよ」
汽車が、橋に差し掛かる。
「止まってるなら良い訳か」
「まあね」
ジェルメーヌが再び引き金を引く。
足に当たったのか、アドナキエルが転倒する。
汽車が橋が谷に掛かる橋を渡る。
下を覗くと、遥か遠くに川が見える。
「魔法使い。橋を壊せ」
「お、良いね」
……良いのか?
「紅蓮の火球」
フルグレイの魔法が、深い谷に掛かる木製の橋に炸裂する。
その爆発は、橋を支えていた支柱を引き飛ばし、そして、自重を支えきれなくなった建造物は炎を上げながら崩壊した。
向こう岸で立ち止まるアドナキエルが徐々に小さくなる。
「……これでお前もお尋ね者だな」
「ええっ!?」
ジェルメーヌが笑みを浮かべながらフルグレイの肩を叩いた。
◆
更に追って来ない事を願いながら、後方を眺める中、ジェルメーヌが沈黙を破る。
「どう思う?」
フルグレイに向かい問い掛ける。
「黙っていれば、わからない!
そもそも、命令したのはジェルメーヌちゃんだ!」
「その事じゃ無い。
どうせ、建て直しは阿漕な武器商人がやる。
ざまあみろだ。
ここいらの連中は仕事が出来て万々歳だろう」
その言葉にフルグレイはジェルメーヌに怪訝そうな顔を向ける。
「君と彼は協力者じゃ無いのかい?」
「私はただの雇われの身。
この仕事でおさらば」
「ふーん」
「それよりだ。
あいつらは途中駅に先回りして居た。
何故、神殿騎士が王子を狙うのかは分からないが、セイールで待ち伏せがあるかもしれない」
「それなんだよ。ピエンズ教全体が動いているのか、一部連中なのかで話は変わる。
目的もハッキリしない」
そう言ってフルグレイは俺を見る。
なんか知ってるか?
『二ヶ月ほど前かの。
巨大な魔力が弾けた。
おそらくそれに呼応して星輝石が目覚めたんじゃろ』
なんで?
『それを調べる途中で死んだんじゃ』
……そうか。
そりゃ残念。
『儂の記憶じゃと、この国の王家には星輝石が伝わっておったんじゃないかの?』
ふむ。
「そもそも、星輝石って何だ?」
フルグレイに問う。
「聖人ピエンズが十二人の弟子に与えた奇跡の力。
それは美しい宝石となり人々を導く力となる。
だったかな。
あいつらは、やっぱりその力を使ってるのかい?」
「……そうらしい。さっきの奴と、ピス大聖堂に現れた奴」
「そうなると狙いは聖奇跡の聖玉か。
ブリズニツ王家は聖ファターゴの系譜。
王家に聖玉が伝わっていてもおかしくない」
「王子が王女がそれを持っていると?
なら、それを渡して見逃してもらうか?」
そうすれば、ひとまずは助かるが。
「目的の定かでない連中に、おいそれと力を渡しちゃうわけにはいかないなぁ。
見たところ、とんでもない力みたいだし。
伝承では、一千の異教徒を一夜にして退けたとされているから、あんなもんじゃないかもね。
……ヒザマルちゃんは乱世にして、力で立身出世のほうが好みかな?」
その問いに首を横に振る。
「二人が持っているかどうかもわからない。
そもそも交渉できる相手かわからないしね。
石も命も取られました、とか笑えないよね」
「そうか」
今、最優先にすべきことは、二人の命。
ヨルチの命を捨てた願い。
無下には出来ない。
「何にせよ、面倒な連中が王子、もしくは二人を狙って居るわけか。
直接セイールに入るのは危険だな」
「そもそも目的地はどこなのさ」
「セイールから船に乗る。
貨物駅の目と鼻の先が港だ」
「ふむ。だた、そこに網を張られると袋の鼠な訳か」
「かと言って、途中で降りて行こうにも城塞の門を閉められたら街に入れない」
「困ったね……」
汽車は目的地へと走り続ける。
そこに困難が待ち構えていることを疑う者は居なかった。




