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「誘惑のアドナキエル」

 明け方、目的への中間よりやや手前に位置する街で機関車は停車した。

 運転手が交替するらしい。


 俺は、差し入れられた朝食をかじりながら駅のホームで体を伸ばす。

 結局一睡も出来なかった。


 それでも、エリシャに回復魔法をかけてもらい幾分か、体が軽くなった。

 本心ではこのままここに置いていってほしいのだが。


 ホームの端からジョッシュが戻ってくるのが見えたのでそろそろ汽車に戻ろう。

 出発の時間だ。


 が、そのジョッシュが誰かに呼び止められたのか歩みを止め振り返る素振りを見せる。


 何だ?


「まだ戻らないのか? あのノロマは」


 ジェルメーヌが様子を伺いに出てきたので、およそ百メートルほど先で立ち止まるジョッシュを指差す。


「何をしてるのだ? アイツは」


 ジェルメーヌが眉間に皺を寄せる。


 直後、ジョッシュが両手を上げる。

 ジェルメーヌが弾かれたように機関車へと走り出す。


「直ぐに発車させろ!」

「え、あ、はい」


 ジョッシュの向こうから甲冑姿の一団が向かってくるのが見えた。


「ヒザマル、乗れ!」


 そちらを観察しながら、機関車の方へと戻る。


 俺達が出発しようとしている事に気付いた一団が走り出す。

 その一団は、ピエンズ教の神殿騎士に見える。


 動き出した客車のオープンデッキに飛び乗る。

 ……ジョッシュは、置いてけぼりか。

 申し訳ないと思う反面、この汽車に乗らなくて良いのは少し羨ましい。


 一体、何の用があったのだろうか。


 こちらに向かってくる先頭の男が叫ぶ。


「フレデリック殿下! お迎えに上がりました!」


 客車の窓を震わせ、蒸気機関車の雑音を全て飲みこむほどの大声。

 おおよそ人の発する声とは思えないほどの声量。


 直後、スチーム銃の発射音が小さく聞こえた。

 その音がした方を一団は振り返る。

 それは、ジョッシュが居た方向だ。


 徐々にスピードを上げ、小さくなるホームと一団。


『五月蝿い男だな』


 そうだな。

 人間離れしてる。


『人間で無いかもしれんな』


 何?


『僅かに星輝石の力が漏れておった』


 は?

 神殿騎士団だぞ?


『元々星輝石の力を間違って引きずり出したのはあの連中じゃ。

 なんら不思議ではあるまい』


 そうなのか。

 でもまあ用があったのは王子の方だ。

 無関係だろ。

 それに、今の神殿騎士がそんな力に頼るなんて……。


「フレデリック王子いぃぃ!」


 俺の思考を中断する、再びの叫び声。

 それは、俺達の汽車を線路の上を走って追いかけて来ている。

 甲冑を纏い、馬上槍を手にした騎士の様でもあるが、その下半身は蹄があり、細く長い馬のそれである。

 四足ならばケンタウロスなのだが、追いかけてくるのは二本足。

 頭からは巨大な角が二本生える異形。


『な? 誘惑のアドナキエルじゃ』


 いや、ドヤってる場合じゃないだろ!


「何事だ!」


 客車のドアを開け、ジェルメーヌ、そして、フルグレイ、ヨルチと銃を持つ護衛役の二人が出てくる。


 狭い狭い。


「敵襲っぽい。王子は?」

「客車で震えている。

 撃ち落とすぞ」


 ジェルメーヌに合わせ、護衛二人が銃を構える。

 そして、五両先の貨車に飛び乗ってきた異形目掛け三つの銃口が一斉に火を噴く。


 直後、甲高い音が三つ連続する。

 しかし、全く意に返す様子がないアドナキエル。


 ジェルメーヌの舌打ちがやけに大きく響く。


「全員前の車両に避難させろ」


 そうヨルチが言い放ち、自身は腰ほどまであるオープンデッキの鉄柵に足を掛ける。


 そのまま、空の貨車へと跳躍する。


「前へ行くぞ」


 ジェルメーヌがそう声を掛け、護衛二人が続く。


「あれは何なんだい?」


 残ったフルグレイが俺に尋ねて来る。


「何で、俺に聞くんだ?」


 もう一つ貨車を、越えたところでヨルチとアドナキエルが向かい合う。

 手にした馬上槍ランスを突き出すアドナキエル。

 それを払い間合いを詰めるヨルチ。

 すぐにランスを引き、牽制をかけるアドナキエル。


 猛スピードで走る貨車、安定しない足場の上で物凄い攻防が行われて居た。


「ヒザマルちゃんなら知ってるかと思って」

「さあ。見た感じ、ピス大聖堂に出て来た奴の仲間なんじゃないか?」


 ちょっと、今は説明が面倒だ。

 二人の戦いを見守りつつ適当に話を合わせる。


「うん。その前提で話そうか。

 その場合、奴らの狙いは聖奇跡ってことになるね?

 フレデリック王子はブラフかな?」

「なあ、その話、今必要か?」


 アドナキエルの体捌きを目に焼き付けながら問う。


「必要だね。

 敵の目的が分からなきゃ対処のしようが無い。

 ここで全滅なんて嫌だろ?」

「本当に王子が目的だとしたらどうするんだ?」

「引き渡す……って、そんなに睨まないでよ」

「二人を逃す。それが今の役目だ」

「僕はあの二人より、君とエリシャを助けたいんだよね。友達として。年長者として」

「それは受け入れない。

 俺が死んでから考えてくれ。

 命と引き換えにしても、アレは止めるつもりだ」

「そんなに死に急ぐ事は無いんじゃ無い?」

「長生きするつもりもサラサラ無い」


 あと二年の命だ。


 流石に馬上槍ランスの間合いだと厳しいか。

 ヨルチが押され始めた。


「ここで死なれちゃうとマーリーに怒られるんだよね」

「いや、それはあんまり」


 むしろ、どうでも良い。


「前に行った方が良さそうだぞ」


 ヨルチの左肩をランスが貫いた。

 致命傷には至って無いだろうが、勝負はあっただろう。


 あれと戦うには、室内で小回りを効かせた方が良さそうだ。

 客室へ誘い込もう。


「クソ。魔法で吹き飛ばせれば」

「出来ないのか?」

「汽車ごと吹っ飛んじゃうからな。

 僕、容赦無いから」


 そうかい。

 刀を抜きながらその軽口を聞き流す。


 アドナキエルがヨルチを捨て一つ前の貨車に乗り移る。


 フルグレイがドアを開け室内へ退避した。


「王女! 何を!」


 その声に振り返る。

 ミラーシャが客室の通路に立っていた。


 退避して無かったのか。


「何してるんですか!? 早く退避を!」

「フローの、フレデリックの代わりに私が参ります!」


 そう、彼女は叫んだ。


 アドナキエルにも、その声は届いただろう。

 歩みを止め、暫し考えるそぶりを見せる。


「残念ですが、王女!

 エレノア王妃が望んでいるのは、フロー王子なのですよ!」


 アドナキエルはそう叫び声を上げる。


「墓の下から、子を呼ぶ親などいるものか!」


 ヨルチがアドナキエルの背後から飛びかかる。

 そして右腕で後ろからアドナキエルを羽交い締めにする。

 そして、そのまま自らの背を貨車の淵に押し付ける。


「王女様! 生きるのです!

 ヒザマル! 王女を頼む!」


 そう、叫んだ直後、彼は全身を使い後ろに仰け反った。

 アドナキエルもろとも、貨車の外に転がり落ちそのまま小さくなって行く。


「ヨルチィィ!」


 外へ飛び出さん勢いのミラーシャを抱き止める。


 ふざけるな!

 クソ、勝手に頼んで死んで行きやがって!


 小さくなる二人を睨みながら奥歯を噛み締める。

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