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護衛と赦免

 ブリズニツ国内に網の目のような物流網を構築する。


 ブリズニツ鉄道はそういった目的で設立された。

 資金難や国内の混乱もあり、当初計画されていた路線の敷設は遅々として進まないがその中で唯一、予定された終点から終点までを繋ぐのか、ブリズニツ国内を縦に貫き、南北の港を繋ぐブリズニツ縦断線である。

 その建設費用の大部分をオーギュスト商会が負担したため、彼らには優先的に路線を使用する権利が与えられるに至っている。


 オルレアン駅はそのブリズニツ縦断線の最も大きな駅である。

 ここから日に二本の旅客列車が発車する他、貨物列車により南北より貨物が集められ首都ラピへと送られる。


 そのオルレアン駅に臨時列車の姿があった。

 魔法科学の革命的な象徴である蒸気機関車を先頭に二両の客車、そして五両の空の貨物車が連なるそれは、かつてのこの国の王子、王女の為に用意されたものである。


 ◆


 落ち着いた色のコートに身を包み、そして、最低限の荷物だけを詰め込んだ鞄は一度は断ったのにヒザマルさんが持っている。


 男の役目だからと言われたらそうですかと答えるしか無く。


 私の前を歩く彼は、曲刀と剣を腰に差していてそれで、今朝見た少年だと気付いた。


 これから何処へ連れて行かれるのだろう。

 私は生かされるのだろうか。

 何の為に?


 到着したオルレアン駅で弟と別の客車に乗せられる。

 蒸気機関車。

 行き先は……南。

 首都から離れる。

 本当に逃されるのだろうか?


 私と同じ客車に乗っていたのは、ジェルメーヌさんとヒザマルさん、それと、銃を手にした男性、鎧を纏った私と同じくらいの年の女の子、エリシャさん。神殿騎士の様だけれどその印には不名誉の証が刻まれている。


 客車の中程に座り、すぐ前にジェルメーヌさん、通路を挟んだ向こう側にエリシャさん、そして、銃を持つ護衛の人が一番後ろに座る。


「お前も座れ」

「いや……」


 通路で私の少し前に立つヒザマルさんが、弱々しい声で首を振った。


「立ってると目障りなんだが」

「……座って護衛は出来ない」


 ジェルメーヌさんの言葉に頑なに従わないヒザマルさん。


「じゃ、寝ずに一晩そうしていろ。見張りだ」

「了解」

「ヒザマルさん、それは無茶じゃないですか?

 この客車、椅子フカフカですよ?」

「ほっとけ。馬鹿らしい」


 真面目な方なのだろう。


「ミラーシャ様、このまま夜通し走ります。

 音と振動で決して快適な旅では有りませんが、少しでもお眠り下さい」


 ジェルメーヌさんが、椅子の上からこちらを覗きながら言う。


「大丈夫です。

 何度か乗ったことはありますので。

 でも夜の蒸気機関車は初めてです。

 走り出すのが楽しみです。

 どんな景色なのでしょう」

「暗くて、直ぐに何も見えなくなりますよ」

「そうですか」


 そんな私達の会話をヒザマルさんとエリシャさんが恐ろしいものを見るような顔で見る。

 どうしてだろう。


 やがて、音と振動と共に汽車は動き出す。

 心地よい振動が、私を包む。

 窓の外の暗闇の中を街の明かりが流れ、そして、直ぐに真っ暗な闇になる。

 その向こうで星が輝いている。


 私は、それをただただ眺めていた。


 ◆


 動き出した……。


 振動と音が全身を包む。

 ジェルメーヌの運転する自動車よりは幾分マシだけれど……。

 一昼夜座って、尻でこの振動を受け続けるなど、考えられない。


 汽車が走り出し、襲撃の可能性などないこの状況で一体何を見張るというのか。

 しかし、座って眠れそうにも無いのである。


 仕方なく、揺れに身を任せなから瞑想をする。


 力を滞りなく流す。

 それが出来れば、もう一段上の強さが手に入る。

 そんな気がした。


 ディラハンを切り裂いたあの一撃。

 あれを、常に繰り出せるようになれば。


 そこまでして何と戦うかはさておき。


 ……気持ち悪くなってきた。


 ◆


 外を眺めていて、いつの間にか眠ってしまっていた。

 肌寒さで目が冷める。


 頭上に毛布があった筈。

 それを取ろうと立ち上がる。

 周りの人の寝息が聞こえる。

 一際大きないびきは一番後ろから。


 毛布は、僅かに手が届かなかった。

 通路に立つヒザマルさんが私に気付き近寄って来た。


「どうしました?」


 押し殺した声で尋ねて来る。


「毛布を取ろうと思いまして」

「ああ、はい」


 彼は手を伸ばし、棚の上から毛布を取ってくれる。


「ありがとうございます」


 それを受け取り礼を言う。

 彼は、再び通路の先へと戻って行った。


 毛布に包まり、その彼を眺める。

 ずっとああやって立って居たのだろうか。

 一体、何を見張っているのかしら。


 きっと無理をして居るのだろう。

 少し青い顔をしている。


 私は立ち上がり、彼の元へと歩みを進めて居た。

 寝ている人達を起こさぬように、静かに。


「どうしました?」


 やや首を傾げ、私に尋ねるヒザマルさん。


「目が、覚めてしまいました」

「ああ、すいません。

 目障りなら、後ろに行きます」

「休まないのですか?」

「ええ」


 一番前の席に腰を下ろす。


「私達は刑死となって当然なのです。ですから、そんなに真面目に警護なららずとも良いと思いますよ」


 そう、ヒザマルさんを見上げながら笑いかける。


 ……何かおかしな事を言っただろうか。

 彼が、困った顔をする。


「……それは、俺が決めることではありません。

 ただ、お二人にそんな罪は無いと、そう聞いています。

 俺も、そう思います」


 ◆


 そう俺が言った後、ミラーシャさんは口を開けたまま暫くポカンとした後、両手で顔を覆い泣き出してしまった。


 ……ええぇ!?


 俺、何か変な事した?


 鼻をすする音と、必死に押し殺した嗚咽が汽車の走る音の中に響く。


 どうしよう。


 ジェルメーヌの銃口がこちらを向いている。

 お前、寝てたよな?

 必死に首を振って身の潔白を示す。


 て言うか、起きてるなら助けてくれよ!


 予想外の命の危機と、女の涙に狼狽える俺にミラーシャが小さく呟いた。


「すいません……ありがとうございます」


 意味わからないけど、どうしたしまして。

 それ、ジェルメーヌに聞こえるように言って下さい。


 ◆


 不意に掛けられたその優しさに、取り乱しみっともない姿を見せた。


 もう、落ち着いたけれど、顔を上げるのが恥ずかしい。


「……もう暫く、ここに居て良いですか?」


 そして、もう少しだけここに居たい。

 顔を伏せたまま尋ねる失礼な私にヒザマルさんは優しく言った。


「ええ、構いません」


 と。


「もう少ししたら戻ります」


 そう言って、私は二人がけの長椅子の上を、通路側から窓側にずれ泣きはらした顔が見られないように窓の方へと顔を向ける。


 汽車の窓には、通路に立つ彼が映っていた。


 ◆


 再び眠ってしまったらしいミラーシャの毛布を取りに彼女の座っていた席へ。


「お前、何してんだ?」


 ジェルメーヌが声を殺して睨みつけてくる。


「神に誓って何もしてないです。はい」


 おお怖い。

 毛布を持って戻りミラーシャへ掛ける。


 いつの間にか、気持ち悪さは吹き飛んでいた。

 それ以上の衝撃だったからな……。


 だが、眠れそうには無かった。

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