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亡命計画始動

「よう」


 荷物をまとめ、気の重いまま護衛の集まる部屋へと戻るとそのうち、一人から声を掛けられる。


「ああ、どうも。

 ヒザマル・ソラーレです」


 差し出された右手を握り返しながら名乗る。


「ヨルチ・ムティオだ。よろしくな」


 ヨルチと名乗ったのは一昨日手合わせをした男。

 まさかここで会うとは。

 心強い護衛だ。


「聞いた事あるな。

 追放された近衛兵隊長だよな?」


 護衛の一人が絡んで来た。


「……そうだな」

「あの日、官軍を王宮に引き入れようとしてたって噂は本当か?」

「だとしたら、今頃政府軍の総司令にでもなってなければおかしいだろうな」

「違いない。

 惜しい事したな。

 まあ、お互い古い人間だ。無理せずやろうや」


 笑い声を上げながら護衛役の男は腰の剣を見せつける様に持ち上げる。

 他の四人は皆、銃を手にしていた。


「小僧も、それだけじゃ先は長くないぞ」


 そう俺に言い残し去って行く。


「近衛兵隊長ですか」


 成る程、強いわけだ。


「守るべき物を守れなかった。

 それでも、のほほんと生き恥を晒している不忠者だ」


 ふむ。

 親父なら切腹しろと言う様なもんか。


 ◆


 日が沈んだ。

 不思議な静寂と、待たされた苛立ちが部屋に蔓延している。

 テーブルの上には食い散らかされた食べ物がある。

 禁止されていた筈なのに飲みかけのワインが一本。


 ジェルメーヌが、静かに扉を開け入って来る。

 男を一人引き連れて。


「私の補助役のジョッシュだ」


 紹介に、その男が無言で頭を下げる。


「さて、護衛対象を迎えに行く。

 お前とお前、付いて来い。

 他はジョッシュに従い、駅へ。

 酒は大目に見るが、この先言う事を聞かない奴は撃ち殺されると思え」


 指名された俺とヨルチが、退出するジェルメーヌに付いて行く。




「何で俺達なんだ?」


 廊下でヨルチがジェルメーヌに問いかける。


「街中では、銃より剣の方が動かしやすい。

 それだけだ」

「もう一人居ただろう。

 あっちの方がこいつより腕は立つと思うが」


 こいつ。

 つまり、俺。


「あれが、王族を迎えに行く顔か?」


 ジェルメーヌが眉をひそめながら言った。

 ヨルチが、乾いた笑いを漏らす。


 えーっと、褒められたのか?


 ◆


 三人で向かった先は、郊外に建つ屋敷。


 そこは、俺が素振りをして居た場所の近く。

 ……ヨルチとそこで会ったのは、偶然か?


 屋敷の呼び鈴をジェルメーヌが鳴らす。


 中から年老いた使用人が現れ、扉を静かに開ける。


「二人を呼んで下さい」

「はい。かしこまりました」


 しわがれた声で答える老婆。


 広い食堂に移動して三人で待つ。


「ヒザマルは幾つだ?」

「十七です」


 あれ?

 ジェルメーヌさん、実は俺に気があるの?


「二人も十七だ。人生色々だな」

「……そうすね」


 ちょっと意味がわからない。

 そう言えば、ジェルメーヌはいくつなんだろうか。


 それを聞く前に、憔悴した顔の少年が現れる。

 次いで、無表情の少女。


 その少女は、部屋に居る面々、特に同じ屋根の下で暮らす少年を見て僅かに足を止める。

 しかし、それも束の間。

 僅かに口を引き、そして先に席に着いた少年の横に腰を掛ける。


「フレデリック様、ミラーシャ様。

 これより、レーヴへ移っていただきます」


 静かに告げたジェルメーヌの言葉に、一瞬の間を置いて少年が悲鳴を上げながら頭を抱える。

 そして、ブツブツと何かを言いながら机の上に伏せてしまう。


 ジェルメーヌが困惑し、ヨルチの方を見る。


「王子、ヨルチに御座います。

 私どもが、十全に護衛いたしますのでご安心下さい」


 その声に、少年が顔を上げる。


「ヨルチ……ヨルチか!」

「はい。ヨルチです。

 今度こそ、この命に代えてもお守りいたします」

「信じて良いのだな?」

「お任せ下さい」


 少年は、涙ながらに笑みを浮かべた。


 ◆


 少年の準備を、使用人の老婦人とヨルチに任せ、俺とジェルメーヌが少女の相手をする。


 少女が部屋に入るなり、静かに問う。


「どの様な格好をすれば良いのでしょう」

「動きやすい服、出来れば目立たない服を着て下さい。

 荷物は最低限で。

 ここの物は落ち着いた時にいずれお届けしますので」


 そう、ジェルメーヌが説明するが少女は首を横に振る。


「最後の時くらいは、綺麗なドレスを纏いたいのです。

 いや、みずほらしい格好の方が嘲笑の対象として相応しいのでしょうか」


 ジェルメーヌに問いかけたその少女の顔に表情は無かった。

 だが、目からは涙が溢れていた。


「ミラーシャ様。お気を確かに。

 ここから逃げ出すのです。

 貴女を処刑台へと送らせはしません」

「良いのです。

 覚悟は出来ています。

 逃げられるとも、逃げようとも思いません。

 ですから真実をお教え下さい」


 そう言って俯く少女。


 ……仕方無い。

 ここは親父に教わった奥義の出番だな。


「では、ミラーシャ様。

 俺と駆け落ちと言う事でいかがですか?

 例え処刑台へ送られようとも、地獄までお供いたします」


 ジェルメーヌに物凄い顔で睨まれる。

 冗談ですよ。

 そんなに怒らなくても良いと思うけど。


 やっぱり面白く無かったのかミラーシャはポカンとした顔をして居る。


「お前だけ先に今殺してやろうか」

「や、すんません」


 ジェルメーヌの殺気に即座に謝る。

 いや、殺気で無くて瘴気だな。


「ぷっ」


 そんな俺達の様子にミラーシャが吹き出した。

 そして、涙を拭いながら言う。


「私、貴方の名前も知らないのですよ?」


 そう言えばそうだ。


「ヒザマル・ソラーレです。月並みですが、命にかけてお守りします。ご安心を」

「……ヒザマルさん。愉快な方ですね」


 ですよね。


「さ、ミラーシャ様。

 阿呆の戯言に付き合って居ると本当に処刑台送りになります。

 すぐにここを離れねばなりません。

 お急ぎ、御仕度を」

「……わかりました。お二人を信じます」


 ミラーシャは、ゆっくりと頷いた。

 ジェルメーヌがミラーシャに歩み寄りながら俺に言う。


「ヒザマル、お前は部屋の前で待て」

「え、何で?」


 振り返り、そしてジト目で続ける。


「姫様のお着替えだからだよ」

「あ、はい」


 それは、残念。


 ◆


 こうして、ブリズニツ国王の二人の遺児はその国内からの脱出を図る事となる。

 翌日、早朝。

 政府軍が二人を捕えるべく屋敷へと強行突入したが、そこに居たのはオーギュストの手配した高級娼婦たちだった。


「だから、この屋敷は見せたくなかったのですよ」


 唖然とする政府軍を前にオーギュストは、そう不快感を露わにした。


 政府軍へと情報を流したのは家庭教師で、オーギュストはその繋がりを把握していた。

 間一髪ではあったが二人についてひとまず煙に巻くことに成功する。


 しかし、彼の予想せぬ所から情報は漏れていた。

 彼が予想もしなかった所へと。

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