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武器商が匿う王の遺児

 ヒザマルとエリシャが宿でその身をベッドに沈めたまま深い眠りについている頃。


 フルグレイは、暫しの休息を取り身支度を整え宿から一人出て行く。

 辺りはすっかり暗くなっていた。


 オルレアン。

 ブリズニツ共和国の中部に位置し、東西、南北の街道が交わり商業の中心地となる一方で、北西に位置する首都の防衛の要として発展してきた街である。


 しかし、ブリズニツ屈指の街であっても、家の明かりは少なく路上生活者も目に付く。

 そんな街中を観察しながら、フレグレイは招待された店へと向かう。


 ◆


 静かな明かりを周囲に漏らす建物の入り口には屈強な男が二人立っていた。


 粗相を働けばすぐに取り押さえられるだろうななどと思いながらフルグレイは名を告げる。


 護衛が恭しく扉を開ける。


 中で、ドレスを着たジェルメーヌがフルグレイを迎え入れる。

 優雅に一礼し、彼を案内する。


 彼女の雇い主が待つ部屋へと。


 ◆


「遠路はるばる、ようこそ。

 オーギュスト・バディエルです」


 両手を広げ、大げさな仕草で招き入れる口髭を蓄えた男。

 思ったより若いな。

 フルグレイはそう思いながら笑みを浮かべ彼に合わせ、軽い抱擁を交わす。


「フルグレイ・マティスです」


 そのまま、食器の並べられたテーブルへと座る。


「まさか、ご子息自らお越しいただけるとは」


 男は自分の手でフルグレイのグラスへワインを注ぎながら言った。


 オルレアンで最上級のレストランの一室。

 五十人程のパーティーが出来るその部屋に、今は小さなテーブルに向かいあって座る二人。

 そして、扉の前で控えるジェルメーヌの三人しか居なかった。


「物好きなもので」


 そう、フルグレイは返す。

 情勢の不安定な国へ父親が息子を送り出した訳は二つ。

 他に信頼の置ける者が手配出来なかったという事と、フルグレイ自身が強硬にそれを望んだからなのである。


「どうですか?

 そちらから見てこの国は」

「見たと言っても、夜風に当たりながら暴れ馬で運ばれただけですからね」

「暴れ馬、ですか」

「ええ。共に来た仲間は明日まで起きないでしょうね」

「それは、運転手が悪かったのでしょう」

「なにぶん、殿方と戯れになる事に不慣れな物でして」


 一人悪役にされたジェルメーヌが、笑みを浮かべながら前菜の皿を置く。


「天国へ上るような心地とはああ言う事を言うのでしょうね」

「そう言っていただけると、寝ずに奉仕した甲斐がありますわ」


 臨時の給餌は去り際に、さりげなくフルグレイの足を踏み付ける。

 それを、フルグレイは涼しい顔でやり過ごす。


「しかし、それをあっさりと捨ててしまうとは」

「いやはや、報告は聞いて居ますが、ああなってしまうとどうしようもないですな。

 今頃は、バラバラにされ金物屋に積まれているでしょう」

「決して安い物では無いでしょうに」

「まあ、試作品です。いずれは回収する投資ですよ」


 今の台詞を、試作品を壊され激怒して居たどこかの宮廷魔術師に聞かせたい。

 フルグレイはフォークを動かしながらそう思う。


 そして、本題に切り込む。

 フルグレイがここへ来た目的の一つ。


「その資金はどこから回収するのでしょうかね」

「売れる物は何でも売りますよ。

 そうやって、新しい売り物を作るんです。

 買い手は、幾らでもいる」

「成る程」


 オーギュストは武器商人だ。

 正しくは、武器も彼の商会で扱う商品の一つに過ぎないのだが、世間の印象としては武器で成り上がった男と、そう目されている。


「まあ、客は選びますけどね。多少は」


 その言葉に、僅かにフルグレイの眉が上がる。


「意外ですか?」


 その僅かな表情の変化をオーギュストは見逃さない。


「ええ」

「商品がどう扱われるか。

 取引の時はそれを考えますよ。

 大きな取引の時は、特に」

「成る程。

 この国の在りようは、貴方の考えた通り、と言う事ですか」

「時に見誤る事もあります」


 そう言って笑みを浮かべ首を横に振る。

 どこをどう見誤り、どこまでが想定通りなのだろうか、それをフルグレイは考える。


「レーヴでは、どう扱われますかね?」


 密輸された新型銃。

 それを誰かに売ったのはこの男だと、フルグレイは睨んでいた。


「力無き者に力を。

 そう聞いて居ますが」


 誤魔化すと思っていた所に、売った事をあっさりと認められ面食らう。


「つまり、レーヴもこの国と同じ様に?」


 力無き者、つまり、平民が武器を手に取って立ち上がった結果がこの国の現状だ。

 すんなりと、同じ結末を自らの国が辿るとは思えないが、可能性は無いわけではない。


「この国は、夢を見ていたのですよ」

「夢?」

「ええ。自分が王様になる。そんな夢を。

 幸せだったのでしょう。楽しんだのでしょう。

 朝起きて、それが夢で、現実は何も変わっていない事に気がついた。

 自分は王様では無いと思い出した」

「その夢を見させたのはどなたでしょうね」


 ジェルメーヌが、前菜の皿を下げスープを運ぶ。


「私では無いよ」

「悪い人ほど、悪さをしないものですものね」


 そう言って再びジェルメーヌは下がる。


「人は王にはなれない。

 そう言う事ですか」

「成りたいのならば、なれば良い。

 その為にひたすらに生きる者にならばこそそれは許されるのです。

 何もしない者がいきなり王になれる訳はないのですよ」

「しかし、王は生まれながらにして王でしょう」

「彼らは王である事、それを受け継がせる事を必死に守って来たからこそ王なのです。

 それを怠ったから、この国から王は居なくなった」

「貴方から見て王たり得なかった、と」

「私では無いですよ。

 それを選んだのは、怒れる民です」

「そのカードをお配りなったのはどなたでしょうね」


 ジェルメーヌが肉料理を運ぶ。


「今日は一段と棘があるね」

「そうですか?」


 この二人は、どう言う関係なのだろうかとフルグレイは不思議に思う。


「それなのに何故、その王子と王女を保護し、亡命させようと?」


 オーギュストがフルグレイの父へジェルメーヌを密使として、伝えた事。


 処刑された王の王子と王女を匿って居る。

 国内に留まって居てはいずれ処刑されてしまうだろう。

 いずれは、血縁関係のある他国の貴族の元へ送りたいが、安全な受け入れ先と移動方法を整えるまで一時的にイニジオへ亡命させてほしい、と。


 オーギュストは、革命の際に既に処刑された王を含む一家全員を保護しようと動いた。

 しかし、結果として王と王妃は革命軍に捕らえられ、王子と王女のみが彼の庇護下にある。


 その王に対し、オーギュストの政治工作も実らず、議会は処刑を実行した。

 裁判すら行わない、超法規的措置として。

 それは、革命によって疲弊した平民の議会への怒りを背ける狙いがあった。

 そして、その狙いは束の間、成功する。


 味をしめた議会は、次いで王妃を処刑する。


 今や、議会も、平民も冷静さを失って居る。

 衆人環視の中で行われた処刑は、この国の感情を狂わせた。


 そう、遠く無い将来、次なる生贄を求めるだろう。

 それは、オーギュストの元に居る王子と王女に他ならない。


 そうなった場合、その次の矛先として、彼らを保護して居たオーギュストが槍玉に上げられるだろう。


 オーギュストはそう考えて居た。


 そうなる前に、彼らを手放す必要がある。

 なるべく穏便に。


 その為に、所有する船で貿易路がある隣国の、かつての知り合いへと使いを出した。


 そう言う事なのだ。



「彼らが死んでも何も変わらないからですよ」


 オーギュストはフルグレイの問いかけにそう返す。


「そうですか」


 そう言ってフルグレイは暫く考える。


 ジェルメーヌが皿を下げ、デザートとコーヒーを運ぶ、


「そう言えば、要請への返事がまだでしたね」


 フルグレイは、コーヒーを一口飲んだ後にそう口にする。


「返事? ここまで来たのがそのお返事では?」

「僕はひとまず、返事を伝える使者としてここに来たのですよ」

「そうですか。それで、そのお返事は?」

「お受けします。

 その代わり、我が国の顧客名簿の写しをいただけますか?

 誰がどれだけ武器を買ったのかわかるものを」

「それは出来ない相談ですね」


 あっさりと断られたが、無理とわかった上で言ってみただけのフルグレイは気にせず続ける。


「でしょうね。

 王子と王女に何があろうと、我々三人が無事にこの国を出国出来るのであれば、亡命に同行します。

 そういう事で宜しいですか?」

「ええ。それはお約束します。

 では、この後の動きはジェルメーヌから連絡させますので。

 それまでは、ゆっくり観光でもなさってて下さい。

 と、言いたいところですが、あまり出歩かない方が宜しいでしょうね」

「わかりました」


 オーギュストから相当数の武器が既に国内に流れて居る、フルグレイはそう結論付けた。

 それを流して居るのが金目当ての商人なら止めれば良い。

 そう考えここに来た。

 しかし、フルグレイは相手を見てその考えを改める。


 ただの金目当てで無秩序に武器をばら撒いている訳では無さそうだと言うのがフルグレイの出した結論である。

 仮にこの男が商品の流通をコントロールしていなければ、世界を包む混乱はより大きなものになっていたかもしれない、とも。

 そして、ひとまずは恩を売ろうとそう考えた。

 当面は味方にしておいた方が都合が良い。


 フルグレイにとって、他国の、今や何の地位もない王子と王女の命なぞ、どうでも良いことであった。


 しかし、こうして二人の命には救いが差し伸べられたのである。

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