蒸気自動車
四つの車輪が付いた、屋根のない馬車。
ゴーグルをかけたジェルメーヌが、操舵輪を握る。
「さっさと乗って」
座席は前後で四つ。
「すげぇ! マジか!」
フルグレイが興奮しながら前に乗り込む。
俺とエリシャは顔を見合わせ、先を譲り合う。
乗り方が分からん。
「早く!」
ジェルメーヌ隊長が怒鳴られ先にその蒸気自動車の後ろに乗り込みエリシャが俺に続く。
乗って見ると意外と狭くて、彼女の甲冑が俺に当たる。
甲冑捨てろよ。いい加減。
「行くよ。落ちるなよ」
ビールを飲み干し、瓶を投げ捨てた後ジェルメーヌが言った。
蒸気機関の定期的な振動が強くなる。
車体の後ろからもうもうと蒸気が吐き出されている。
そして、車は走り出した。
◆
車が曲がる度に体が外側に引っ張られる。
幾度となくエリシャを押しつぶし、押しつぶされを繰り返しているがそれを喜ぶ余裕など微塵も無い。
時折大きく車体が跳ねる。
その度に硬い椅子に尻を打ち付ける。
常に前から押し寄せる風が、全身の水分を奪い取っていくような感覚を覚える。
何より定期的な車体の揺れ。
パンを食うなと言ったのはこの所為か。
腹の中がムカムカする。
蒸気機関車より非道い。
もう、蒸気の乗り物は乗りたくない……。
「ずいばぜん……どめでぐだざい……」
蚊の泣くような声でエリシャが言った。
「あん?」
ジェルメーヌが振り返る。
いや、前見ろ!
「ぎもぢ……わるいでず……」
「吐くなら外に吐け」
車は止めてくれないらしい。
◆
時折街道を逸れるのは、城塞を避けているせいだと走りながら気がついた。
悪路を行くと更に揺れがひどくなる。
悪夢の様な時間をひたすらに耐える。
やがて、車が止まり何も言わずにジェルメーヌが降りて歩いて行く。
崩れる様に車からエリシャが転げ落ちて、胃の中を空にする。
……よく頑張ったな。
あいつ。
その様子を俺は椅子に座ったまま横目に眺める。
全身がぷるぷるする。
動きたくないのだ。
「大丈夫かい?」
フルグレイが車から降り声を掛ける。
よく平気だな。
「……鎧が、痛い……です……」
泣き声で、エリシャがそう答えた。
フレグレイに手伝ってもらい、エリシャが甲冑を脱ぎ、後部の荷物置きにくくりつける。
そして、軽装で横に座り震えだした。
……揺らさないで欲しい。
「どうした?」
「……寒い……です」
「……俺の荷物に毛布があるから勝手に使っていいぞ」
秋の夜中だ。
これからもっと冷えるだろう。
そんな事をしているうちにジェルメーヌが戻る。
どこから調達してきたのか、焼いた肉のようなものと飲み物の瓶を片手に。
「さ、行くぞ。もう、朝まで休まないから」
平然と言ってのけるジェルメーヌ。
「僕にも運転させてよ!」
「ふざけるな」
フルグレイも……元気だな。
◆
寒い。
揺れる。
気持ち悪い。
エリシャが完全にグロッキーで俺の足の上に頭を乗せ横になっている。
時折、フルグレイの奇声が聞こえる気がする。
あるいは、幻聴だろうか。
空が白んできた。
目的地へはまだ着かないのか?
◆
「クッソ」
ジェルメーヌが自動車のドアを思いっきり蹴り上げる。
それまでかなりの速度で疾走していた自動車が、突如蒸気を止め朝日の上りきった街道で静かに停止した。
「オーバーヒートか」
そう言いながらジェルメーヌは機関部をあれこれ調べていたが、どうやら無理と判断したようだ。
「へー。こうなってるのか。凄いね、こりゃ」
フルグレイは後ろから覗き込み楽しそうに感想を漏らしていた。
俺は街道の脇にしゃがみ込みその様子をただ眺めていただけだが。
エリシャが肩にもたれ掛かり、寝息を立てている。
考えたくないのだが、ここで移動手段が故障しとたということは……。
べっこりと凹んだ車のドアを見て、満足したのか知らないがジェルメールが俺の予想を裏切らない言葉を放つ。
「歩くぞ」
◆
甲冑をフレグレイに持たせ、俺がエリシャをおんぶして街道を歩く。
「フレグレイ……魔法でなんとかならないのか?」
「そんな……便利な魔法があったら……自動車なんか作らないだろ?」
「……ごもっとも」
「無駄口開く元気があるなら速度を上げろ」
ジェルメーヌ隊長の辛辣なお言葉。
流石に隊長の顔にも疲れが見える。
一晩ずっと車を走らせていた訳だからな……。
その間はたのしそうだったけども。
……ん?
背後から物音がした。
「何か、来る」
俺の言葉にジェルメーヌが振り返り、どこからか望遠鏡を取り出し覗き込む。
「……良し! あれは野盗だ!」
野盗の襲撃でどうして喜ぶ必要があるのだろうか。
「魔法使い、暴れる元気はあるか?」
「もちろん!」
「馬を奪うぞ!」
嬉しそうに銃を手に取るジェルメーヌと甲冑を放り投げるフルグレイ。
一体、どっちが野盗なのだろうか。
◆
涙ながらに許しを請う哀れな野盗達から馬を譲り受け、再び進む。
高笑いを上げながら爆炎を撒き散らすネジの飛んだ魔法使いと、両手に最新式の銃を持ち暴れまわる淑女を相手にした彼らに命が残っているのが奇跡だと思う。
心なしか怯えているような馬三頭に四人が別れて乗る。
俺はエリシャを前に乗せ進む。
そうして、目的地に着いた頃にはその日の昼を過ぎていた。
充てがわれた宿で、泥のように眠りについた。




