淑女の仮面
国境に近付くほど、街道の側に武器を持った男達が目につく。
国境沿いの城塞の上には弓と銃を手にした見張り。
西国との境にある、エルブルウ川。
その大きな橋は、馬車が二台並んでもまだ余裕がある。
しかし、その上を進もうという者は俺たち以外には居ない。
こちらから向かう者はおらず、向こうから来る者は途中でその命を落とす。
こちらの警備が来る者を拒む。
川の中は亜人と魔物の領域。
落ちれば命は無い。
橋のふもとに立つレーヴ王国の騎士達に許可書を見せ、ブリズニツ共和国へ。
あんな所へ何しに行くんだ、とその表情が言って居た。
反対側も同様。
「さて、ここからは私の指示に逆らわない様に」
国境を越え、その国境が振り返ればまだ見える位置で先頭のジェルメーヌが、馬を返しながら俺達にそう言った。
そこに、淑女の笑みは無かった。
それだけ言うとジェルメーヌは再び馬を返し、駈歩で走り出した。
慌てて追う三人。
ペースが、早い。
途中で馬が潰れるぞ?
そんな俺の危惧を他所に、国境から離れるにつれ速度を上げて行く。
「馬が、持たないぞ!」
堪り兼ねたのだろう。
フルグレイが声を荒げる。
しかし、先を行くジェルメーヌは意に返さない。
なるほど。
逆らうな、か。
◆
途中の町で馬を変える。
替え馬が予め用意されて居た。
今日、ここを通る事を知らせてあったのだろうか。
そして、再び走り出す。
日が傾き出した街道を進む。
◆
夕焼けが疾走する四人を照らす。
もうすぐ日が暮れる。
まさか、夜通し移動するつもりか?
そんな俺達の疑問にジェルメーヌは一切返答をしない。
遠吠えが聞こえた。
狼?
ジェルメーヌが走りながらあたりを伺う。
そして、後ろを見ながら眉間に皺を寄せる。
何だ?
釣られて振り返る。
そこには、真っ黒の巨大な狼が居た。
遠くてはっきりしないが、牛ほどあるんじゃないか?
それが、明らかにこちらに向かい来る。
チッとはっきり舌打ちするのが聞こえた。
「ジェヴォーダンか。速度落とすな」
ジェルメーヌが下がりながら俺達に言った。
どうするつもりだ?
思わずフルグレイと顔を見合わせる。
「君が死ぬと三人路頭に迷うんだが」
「あん?」
最後尾まで下がったジェルメーヌが、フルグレイを睨みつける。
肩をすくめる様な仕草をした後手綱を扱き、フルグレイは速度を上げる。
必死のエリシャがそれに続く。
甲冑、捨てれば良いのに。
二人が先に行ったので、俺は少し下がる。
この状況で魔法は撃てるだろか。
……無理だな。
「お前も先へ行け」
「案内人の実力は見たいからな」
また、舌打ち。
ここに来て急にガラが悪くなったな。
「何なら餌になるか?」
そう言いながら俺の横に並び、片手を手綱から離す。
そして、風にひるがえるスカートをその手でめくり上げる!
そして、そこから銃を引き出し流れる様な仕草で振り返りながら引き金を引く。
乾いた音。
ギャンと言う鳴き声が一つして、黒い魔獣が弾かれ、あっという間に小さくなって行く。
「凄い」
「坊やには刺激が強すぎたかしら?」
冷ややかな目で、そう言って前へ走り去るジェルメーヌ。
……成る程。
フルグレイの言う通り何の心配も無さそうだ。
◆
日が暮れても、構わずに走り続ける。
そろそろ替えた馬も限界が近そうなのだが。
明かりの疎らな町を素通りし、なお進むジェルメーヌ。
そして、外れに建つ一軒の家の前で速度を落とす。
明かりの無い家。空き家だろうか。
がらんどうの家畜の厩舎と、ドアの閉まった倉庫が並んでいる。
かつては、裕福な農家だったのだろう。
ここで夜を明かすのか?
ジェルメーヌは馬から降り、月明かりを頼りにその家へと近づいて行く。
そして、家の扉を爪先で二、三度蹴る。
すると、明かりの無い家のドアが開き中から人が顔を覗かせる。
二言、三言言葉を交わし、こちらへ戻って来て、自らの馬から荷物を降ろしながら俺達に命令する。
「降りろ。ここで乗り換えだ」
乗り換えと言われても、代わりの馬が見えないのだが、それを問い質す気力が残っている者は居なかった。
家の中から恐らくはその家の家族が出て来て、父親が馬を厩舎へと連れて行く一方で、母親と娘が俺達に飲み物と食べ物を差し入れる。
「これは?」
飲み物の入ったビンは幾つか種類があるが、暗く中身まではよくわからない。
「ワインと、ビール、それと水です」
「ビール?」
「ホップの入ったエールだ。私はそれを」
迷わず酒を選んだジェルメーヌは、そのまま一気に喉へ流し込む。
他の三人は迷わず水を選んだ。
それで喉を潤す。
生き返る。
子供がバスケットを差し出して来る。
中には、パンが入っていた。
ジェルメーヌが受取り、一つ取って残りを子供へと突き返す。
「後はお前らで食え」
「おい、僕らのは無いのか?」
堪らずフルグレイが抗議する。
「食っても無駄になる」
それだけ言って彼女は倉庫の方へ。
子供は戸惑いながら俺達にバスケットを差し出す。
……満足に食べてないのか、頬が痩けていた。
「隊長がああ言ってるから、みんなで食べな」
そう言って突き返す事にした。
その隊長は両開きの倉庫のドアを大きく開け、中へと入って行った。
パッと眩い光に照らされた。
倉庫の中で何かが光を放つ。
そして、規則正しい振動音。
信じられない事に、馬車が勝手に動いて倉庫から出て来た。
「蒸気自動車だって!?」
フルグレイが絶句した。




