「空襲のハマリエル」
「ヒザマルちゃん!」
礼拝堂の中で突如崩れ落ちるヒザマルを見て、踏み出し掛けた足を止めるフルグレイ。
そのまま中へと飛び込んだらヒザマルの二の舞だと、そう考えた。
その横を擦り抜け中へと駆け込んで行くエリシャ。
それは、経験と性格の違い。
ヒザマルの元へ駆け寄り、倒れた彼に手をかざす。
「主よ、慈悲を<治癒>」
片膝を付き、神聖魔法による奇跡を施しながらヒザマルを観察する。
彼の右手の近くに転がっていたサファイアを拾い上げる。
「それをこちらへ」
静かな、澄んだ声が響き、それが自分に向けられたものだと理解したエリシャは顔を上げ、声の方を仰ぎ見る。
そこには、教会の聖典に、或いは礼拝堂のステンドグラスに描かれている様な神の遣いの姿があった。
背に翼を持ち、慈しむような表情をしたそれは、まるで光を放っているような錯覚さえエリシャに与えた。
しかし、その腕で司祭が羽交い締めにされていた。
エリシャは戸惑う。
神の遣いであれば、司祭に害するはずは無い。
エリシャは司祭を見る。
司祭はエリシャと目が合うと、ゆっくりと頷く。
許可。
そう理解したエリシャは片膝を付き、神の遣いへと手にしたサファイヤを捧げる。
渡さなければ、エリシャは殺されていただろう。
それを理解しているからこそ、司祭はその行動を促したのだ。
エリシャの手からサファイヤを取り上げた神の遣い・空襲のハマリエルは司祭を投げ捨てエリシャとヒザマルを一顧だにせず出口へと静かに歩みを進める。
「主よ、奇跡を<拘禁>」
エリシャが司祭の元へ駆け寄る中、司祭は素早く身を起こし立ち去るハマリエルの後ろ姿目掛け神聖魔法を放つ。
対象を拘束し身体の自由を奪う高位な神聖魔法である。
白く光る輪が現れ、ハマリエルの上半身を締め上げる。
しかし、それは、その効力を発揮すること無くハマリアルの力によって消滅する。
直後、小さな音とともに司祭の全身を雷撃が走り抜け、そのまま仰向けに崩れ落ちる。
「司祭様! 主よ、慈悲を<治癒>」
司祭を抱き上げ、エリシャが回復を施すが、その未熟な魔法は命の消えかからんとしている老体を癒やすには至らなかった。
「司祭様!」
ここ数年、時には親のように目をかけてくれた親しい人を抱きかかえ、エリシャは絶叫する。
「エリシャ……」
司祭が弱々しく、その両手でエリシャの顔を包み込む。
「司祭様! しっかりして下さい」
親指でエリシャの目から流れる涙を拭いながら続ける。
「恨みと思ってはいけません」
その言葉を最後に、司祭は息を引き取った。
慟哭が響く礼拝堂から平然と出てきたハマリアルへフルグレイが声を掛ける。
「何が、目的だい?」
ハマリアルは僅かに頬を緩ませ答える。
「世界を正すのだよ」
それだけ言って、翼を広げ空へと去って行った。
フルグレイはそのまま礼拝堂の周囲を素早く確認する。
船が一隻下流へと流れていくのが見えた。船の上は二人。
それ以外に残っている賊は居なそうであった。
修道院の門を開け、残っていた騎士見習いや神官の力を借り、縄で縛り上げ牢へと放り込む。
そして、礼拝堂へ。
未だ意識の戻らないヒザマルは修道院の治療所へと運ばれ、そして、司教の亡骸の周りには嗚咽の人だかりが出来ていた。
フルグレイは、幼いころより知っている神殿騎士がその輪から離れ、ナイフを手にしているのを見つける。
「何をするんだ!?」
良からぬ想像をした彼は慌てて静止に動く。
だが、それより前にエリシャはナイフの刃を自らの甲冑の紋章に当てる。
ファルサス教のシンボルである横二本線を縦の一本線が交わる印、それを六角形の盾形で囲んだ天羊騎士団の紋章。
斜めに二本の傷を付け、“干”から“牙”の様な形へと変わる。
不名誉印。
そう呼ばれる印を自らの甲冑に刻み込んだ。
恥辱を雪ぐまで外すことを許されぬ証。
その行為を終え、涙を拭ったエリシャにフルグレイは声を掛ける。
「どうしてそんな事を?」
「司祭様を、守れなかったからです。
これは、僕のけじめ。
奪われた聖ウォーザのサファイヤを取り戻すまで、この刻印は消しません」
その、一直線で向こう見ずな行動にフルグレイは小さく溜息を吐く。
昔から全く変わっていない事に。
エリシャの父親が病気で倒れ、領地を継ぐ資格が自分に無いと知るや、直ぐに士官学校へ入り騎士を志す。
しかし、一年経たずにその父親は死去。
折角入った士官学校を止め、母親の元へ戻り今度は働きなが文官を目指すと言い放った。
だが、半年たたず、その母親も不慮の事故で亡くしたと聞く。
その後の事をフルグレイは知らなかったが、失意の底にあったエリシャへ神の言葉で救いの手を差し伸べたのが、命を落とした司祭である。
やがてエリシャは洗礼を受け、教団に入ることを決意する。
士官学校に言っていたのだから神殿騎士を目指すのが良いだろう。
このエリシャを導いた自らの言葉を司祭は後悔する事になる。
自らを顧みないエリシャには危なすぎる、そう感じ。
真面目。実直。向こう見ず。猪突猛進、単細胞。
良くも悪くもそう言う性格なのである。
不名誉印を刻みこの修道院に居られなくなった以上、当面誰かが面倒を見なければならず、それはまず間違いなく自分なのだろう。
フルグレイはもう一つ大きく溜息を吐きながら、司祭の冥福を祈った。




