機関車の洗礼
尻が……痛い。
「初めてだったかい?」
「……ええ」
平然としたフルグレイ。
「大したもんだったろ?」
「……ええ」
蒸気機関車、恐るべし。
揺れるし五月蝿いし。
一日で、歩きで十日かかる距離を移動したのは、すごいのだが……。
硬い椅子、規則正しい振動、轟音。
気持ち悪い。
用意してもらった弁当も結局フルグレイに全部食べて貰った。
その日は、サゴラの中心街に宿を取った。
耳鳴りがして、なかなか寝付けなかったけど。
◆
「帰りました」
そこは、町中から少し離れた郊外に建つ一軒家。
フルグレイの家がある。
「来客中でしたか。
失礼しました」
応接間には、フルグレイの父親と若い女性。
「いえ、私は、この辺で失礼いたします。
良いお返事を期待します」
そう言って一礼し、立ち去って行った。
「早かったな」
「ママンに会いたくてね。
全く、年甲斐も無く女性を連れ込むなんて」
「バカ言え。そんな訳あるか」
「ママンは?」
「旅行に行っておる」
「そうか。折角色々とお土産買って来たのに」
「儂には無いのか?」
「土産話だけだね」
「そうか、座りなさい。
茶を淹れよう」
「親父が?」
「凄いもんじゃろ。最近はハーブに凝っておる」
そう言って立ち上がる父親と入れ違いにフルグレイが応接間の椅子に腰を掛ける。
「随分と呑気な暮らしをしてるんだね」
お茶を入れる様子に往年の覇気が感じられず、フルグレイは父親にそう声をかける。
「最近はな、学校を開いて子供に読み書きを教えておる」
「なるほど」
「まあ、ここの領主の仕事も手伝わされておるのでそも合間にだがの」
フルグレイが士官学校を卒業すると同時に宮廷魔導師を辞め、王宮と距離を取った。
その理由をフルグレイは聞いていない。
必要なら自分から口にするだろう。
そう考えていた。
「そっちはどうだった」
「酷いもんだ。
民のために生まれ、民のための育てられ、そして、最後はその民の怒りを納める生贄にされる。
その様をまじまじと見せつけられたよ」
隣国であるブリズニツ共和国で、王が広場の中で処刑される時フルグレイはその場に居た。
そして怨嗟の中、ギロチンが落ち歓声が上がるのを聞いた。
それは、目を背け、耳を塞ぎたくなる程に醜い光景だと、フルグレイは感じた。
「他の国はどうだった?」
「どこもここと似たような物さ。
自分の足元で同じ事が起こるじゃ無いかと、戦々恐々としてる」
「じゃろうな」
茶を飲みながら語るフルグレイに、父親は一つの厄介ごとを頼む決意をしたのだが、彼はまだそれを知らない。
「そうじゃ。
エリシャが神殿騎士になってピス大聖堂におるぞ」
「へー。そうか。神殿騎士か。
その方が良いな」
一時期は家名と領地のために叙勲を目指して居た遠戚の名を久しぶりに聞き、フルグレイはその顔を朧げに思い出そうとする。
そして、同じくらいの年であるマーリーを思い出し、真逆な二人だなと思い思わず笑みをこぼす。
それを見て父親は怪訝な顔をするが、暫く放浪して居た息子が世に憤り、だが笑みを浮かべる様を見て少し安心するのである。
◆
朝起き、宿屋の部屋で素振りをする。
とは言え、普通に刀を振り回せる程広くは無いので膝立ちになって、小振りで。
そして、瞑想する様に魔力を練る。
なんと無くコツが掴めて来た。
要は、刀を振る時と同じ。
五つの力の流れを意識する。
『変な奴じゃな』
何が?
『呪われてるのに平然としておる。
死ぬのは怖く無いのか?』
別に。
まあ、いきなり後二年の命って言われて焦ったけど、怖がっていても何にもならないだろ。
特に未練も無いしな。
『何でじゃ?』
武士道とは死ぬ事と見つけたり。
『何じゃ? それは』
知らん。
親父がよく言ってた。
死ぬ事を恐れていては武士にはなれないらしい。
『武士って何じゃ?』
知らん。
まあ、生きるなら生きたい。
その為にフロウさんを追って居る訳だし。
『ふむ』
お前こそ、フロウさん恨んで無いの?
『負けたもんは仕方ないからの。
竜殺しをそのままにしておくと、同胞が危険なので呪いをかけるだけじゃ』
ふーん。
未練がましいシステムだな。
『お主も何か守る物が出来ればわかると思うぞ』
その前に死ぬんだろ。
それなら、むしろ要らない。
……それに……
『ん?』
お前の所為で!
人に欲情しないんだよ!
どうしてくれんだよ!!
『良い方法がある』
言え!
『人以外に欲情すれば良い』
死ね。
糞が。
怒りで力が散った。
もう一回やり直しだ。
◆
ギルドに所在報告とフロウさんの情報を聞きに。
ギルドには所属して無いと言っていたが、それでも何か情報は無いかと期待して。
だが、得るものは無かった。




