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竜の呪い

「爆ぜろ<灼光>」


 眩い光、そしてそれに続く大気を震わせる断末魔の叫び。

 少年は思わず耳を塞ぐ。

 しかし、それでもなお心臓を鷲掴みにされた様な恐怖を少年に刻み込んだ。


 その直後、強靭な体表を切り裂かれ内部より爆発の衝撃に晒されたドラゴンは、腹を半ばほど吹き飛ばされその身を大地に横たえた。

 優に小さな小屋ほどはあろうかと言う巨体が崩れ落ち、大地が揺れる。

 その側で、竜殺しの偉業を達成した勇者が片膝を付く。


「フロウさん!」


 離れて見守っていた少年が、荷物の中より回復薬を取り出し慌てて駆け寄っていく。

 竜の巨体より流れ出た血が大地に染み込み沼のようになっている。

 竜殺しの奇跡を目の当たりにした興奮で、それに気付かすに足を取られ転倒する。

 回復薬を落とさぬように、背から受け身を取り再び立ち上がる少年の全身は竜の血と泥にまみれていた。

 それでも構わず勇者の元へ。


「回復薬です!」

「……ありがとう」


 長い戦いで流石に疲労の色が濃い勇者へと回復薬を手渡す。


 その時、地に倒れた竜が最後の力を振り絞り、目を見開く。

 そして、霞む視界の中、捉えた自らを殺した者、即ち自らの血で染まった存在へと呪詛を振りかけ、そして事切れた。


「痛っ」


 少年は首筋に微かな痛みを覚えたが、それは直ぐに消えた。


 ◆


 山から降りて、フロウが竜退治の成功を領主へ伝えると村は大騒ぎになった。


 どこから流れてきたのかわからないが、竜が山中に居座り一ヶ月ほど。

 傷ついていたらしく人里を襲うなどの直接的な被害こそ無かったが、噂を恐れ行商が滞ったり、狩人の獲物が減少したりと影響が見え始め出した、そんな頃。

 正式に討伐の依頼を国へ要請するとどれぐらいの出費になるだろうか、と領主は頭を悩ませていた。


 そんな折に、自らを勇者と名乗るフロウと言う男が竜を退治するので案内しろと領主の前に現れた。


 同じような事をのたまう冒険者を名乗る輩は既に何人も居り、その度に高額な成功報酬を要求された。

 失敗して竜の機嫌を損ねるても困るのでその都度丁重に追い払っていた。


 中には勝手に行った者も居ただろうが、結局帰ってきたものは居なかった。


 領主は一人の少年を案内係につけた。

 数年前から護衛として村に居座らせていた流れ者の親子。

 最も、護衛として期待していた父親は二年ほど前に死去し、役に立たない息子だけが残ってしまったのだが。

 行く宛も無いと言うので、仕方なく領主として面倒を見てはいたが、多少剣が使える程度の子供に辺境の村で出来ることなど多くはなく無駄な食い扶持であるのが正直なところであった。


 報酬は要らないというフロウがやけに自信ありげであったことや、流れの息子であれ村の住人が犠牲となれば、国は同情しいくらか騎士団の遠征費を割り引いたりしないだろうか、そうでなくても臨時の税を徴収する良い訳にはなる。

 そんな風に考えた。


 結果として、二人は無事に帰還し、フロウは前言通り何も要求せずに立ち去って行った。


 村の男達は総出で竜の死体を解体に行った。

 皮や牙、角、肉などは高値で取引されるものばかりである。

 小さな村にとって、信じられないほどの臨時収入であった。


 ◆


「フロウさんは、どうしてそんなに強いんですか?」

「僕は……魔王を追ってこの世界に来たんだよ」


 俺は、山から下りる時にフロウさんが言ったことを思い出していた。


 もう、夜更けだと言うのに村の男達はまだ騒いでいる。

 それだけの臨時収入なのだ。当然だろう。


 あばら家はそんな声を遮らず、ベッドに横になった俺の神経を逆撫でする。

 いや、耳に残るのは竜の咆哮だろうか。

 未だに耳の奥にこびりつく様に鳴り響いている気がする。


 そうやって、ベッドで何度も寝返りを打ち、意識が微睡んできた時だった。


『……勇者よ』


 どこからか声が聞こえた。

 それは、とても重苦しく心臓を鷲掴みにするような、そんな声。

 気付くと身体が動かなくなっていた。


『……勇者よ』


 それは、耳と言うより頭の中に直接響く、そんな感じだった。


「誰だ?」


 頭の中で、その声に問い掛ける。


『我は竜。我を滅ぼした咎、その身で償え』

「竜!?」

『左様。我を討ったその力、まずは見事と褒めて置こう。だが、世界の覇者たる竜族を殺し、唯で済むと思うてか』


 その声と同時に、身体が熱くなる。

 全身が刺すように痛い。


「……ど、どういうことだ?」

『竜殺しの呪いよ。その身に刻み込め。そして果てよ』

「なん……だと!? ただ見ていただけなのに……」

『………………え?』

「ん?」

『お前、儂、殺したよね?』

「殺したのはフロウさんだ。最もそこまで案内したのは俺だから、間接的には殺したと言えないこともないけれど」

『いやいや、お前、儂の血思いっきり被ってたじゃん』

「それは……転んだからだ」

『……あれ? お主、荷物持ちの小僧か?』

「……そうだけど?」

『……』

「……」

『マジか』

「え?」

『お主、本当に荷物持ちの方か?』

「そうだって言ってるだろ」


 頭の中の声が、段々と弱々しくなって行く。

 どういう事だろう。


『そうか……間違ったみたいだ。すまん』

「……は?」


 間違いって、何の事だ?

 いつの間にか、全身の痛みが無くなっていた。


『あーあ。言うの遅いぞ。幾つかキャンセルが間に合わんかった』

「いや待って」

『うむ。言いたいことはわかるぞ。

 お前、なに人違いで呪いかけてんだよ。

 ふざけんな!

 こうじゃろ?』

「うん」

『だがな、そもそもアイツを連れてきたお前も同罪なんじゃ!

 それに返り血浴びて真っ赤になってるお前が悪い!

 退治した奴が一番血を受けている! そうに決まっとるじゃろ!

 むしろ、邪魔したのはお前の方なんじゃ!』


 烈火の如く怒鳴られた訳で。

 これが、俗に言う逆ギレと言うやつだろう。

 そして、感情むき出しな人が居るとちょっと冷静になれる訳で。


「お前が悪いに決まってんだろ。

 それより、手違いなら呪いを解いてくれ」

『無理じゃな。曲がりなりにも竜の死の呪い。そう簡単に解けると思うなよ?』

「ふざけるなよ?」

『む、怒鳴るかと思ったら意外と冷静じゃな』


 クールな男はモテる。

 親父の教えだ。


「簡単で無いならどうすれば良い?

 と言うか、呪いってどうなってるんだ?」

『本来なら死んでおるが、儂の慈悲で効果を止めておる。

 実際どうなっているかのう。暫し待て』


 慈悲じゃないよな?


『ふーむ。寿命が大分短くなっておるのう』

「何!?」


 寿命って……。


「死ぬの!?」


 まだ、その、女の子と口づけすらしてないのに!

 してないのに!!


『まあ今すぐでは無いが。

 どのみちこのまま生きてていても何処かですぐ野垂れ死ぬだろうから影響はないな』

「あるって!」


 どう言う理屈だよ!


「どんだけ減ってんだよ!?」

『……五()といったところかの……』

「ご……」


 仮に俺に残されていた寿命が五十年として……そうすると、この呪いで……二年半!?

 場合によってはもっと短い。


 あと、二年半!?


「うそだ……」


 余命、二年半……。


「……なんとか……なんとかしろよ……して下さい」

『すまんが、言ったように簡単には無理じゃ。

 そうじゃな、竜族のおさ、それか神を降ろすほどの聖職者くらいでないかのう』

「長って何処に居るんだ!?」

『竜の巣じゃ』

「ああ……」


 竜の巣。

 話にしか聞いたことは無いが、二つ隣の国の山奥……。


『なーに、ひとっ飛びじゃ』

「飛べないんだよ! 人間は」

『おお、そうか! まあ、行っても解いてもらえる保証はないがの。むしろ解くほうが可笑しい』


 ……言われてみれば確かに。

 同胞が殺された呪いなのだから。


 となると、神降ろしの聖職者……。

 確か、フロウさんが仲間に高位の聖職者が居たと言っていた筈。


「……他には?」

『他とは?』

「寿命の他にどんな呪いがある?」

『途中で止めたから良く分からん。まあ、そのうちわかるじゃろ』

「おい。いくらなんでも適当すぎるだろ。

 大体、お前は何なんだ?」

『儂は竜の残留思念じゃ。呪いを掛けそして消えるんじゃがな。本来は』

「……消え無いのか?」

『中途半端に止まってしまったからの。そのうち消えるじゃろ』


 あまりに脳天気に、他人事の様に言われた。


「っざっけんなー!」


 叫び声と共に目が覚める。

 夜が明けていた。


 夢……?


 ベッドから身を起こした俺は、直後強烈な吐き気に襲われる。


 二度、三度と噎せ、胃から液体が逆流する。

 毛布にこぼれた、その赤い液体を見て俺は呪いが現実だと実感する。


 余命……二年半……。


 真っ赤な手を見つめ……これは……咎なのだと、そう思った。

 因果応報……そう言う事だろう? 親父。


 ◆


 こうして、ヒザマル・ソラーレは旅立ちを決意する。


 その吐血は、残留思念の理不尽な言い訳に苦しめられた事による歯ぎしりで歯茎からの流血した事が原因なのであるが。

 さらに言えば、呪いで伝えられた寿命、それは竜であった存在から見た寿命から計算された物で、ヒザマルの残る寿命はおよそ七十五年。

 つまり普通に生きて行く分には何ら問題の無いものであるが。


 ともあれ、彼は辺境の村での生活を捨て歩み出す。

 昨日見た、竜殺しの勇者を追いかける決意を持って。

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