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Give and Take ~for girls 留学編  作者: 月岡 愛
9/55

無断欠勤

大学に戻ったはいいが、時刻はもう夜・・・食堂も終わっていた。


(チーフも帰っちゃったか・・・)


(明日の朝でも先生に話してみようよ。)



(よぉ、どうだった? 俺のサンドイッチは美味しかったろう?笑。)


運よく、チーフが厨房から出てきた。


(チーフ! あの、ジョーイのことで相談んがあるんですけど。)


(どうした?何かあったか?ちょっと席にいこうか。)



食堂の席に着き、私とエリカはジョーイのおばあちゃんのことを話した。



(そうか・・・俺もなんか変だとは思っていたんだ。だって、ジョーイのバイトの収入じゃ、入院費どころか生活費だって厳しいはずなんだ。まして、生活保護も受けてないわけだろ?どうやって生活費を出してるか不思議に思っていたんだ。あまり生活面のことを聞くのも嫌がるだろうし、俺もプライベートのことに首をつっこむのも控えていたんだ。 ただ・・・)


(ただ?)


(いつか、朝食の準備をしていたときに、(おばあちゃんが病院から出されちゃうかもしれない・・)って言ってたときがあったな。)


(そのとき、ジョーイはどうしたんですか?)


(それっきり、そのことは言わないから、なんとか上手くいってんじゃないかなって思って何も聞かなかったよ。だけど、こんなにも深刻な状態だったとは・・な。)


(チーフ、何かいい方法はありませんかね。このままだと2人とも住まいもなくしてしまうかも・・)


(今日は、職員の人も先生たちも帰宅してるから、明日、俺からも話を持ちかけてみるよ。バイトの中でも生活保護とか詳しいやついるからさ。)


(お願いします。明日、朝に、またここに来ますから。)


(分かった。ま、今日は、ゆっくりしな。あまり悪く考えると良くないからさ。)



私たちも、寮へ戻り今夜は休むことにした。



(何とかなればいいね・・・)



シャワーに入り、寝床についた。




翌朝・・・・




エリカと食堂に行くと、チーフが朝食の準備をしていた。


(おはよう。チーフ。ジョーイは来てる?)


(あ、それがさ、めずらしくまだ来てないんだよ。いつもなら俺が来る前には厨房にいるんだけど・・・)


(地下鉄が遅れてるとか・・たぶんもうじき来ますよ。)



モーニングの時間になり、生徒たちも続々と食堂に入ってくる・・・



(私たちも朝食を食べて、午前の講義に行きます。10時の休憩のときにまた来ますから。)


(そのころにはジョーイも来てるだろう。俺も、職員やバイトの連中に聞いてみるから)




そして、10時になり、一時限目の講義が終わり真っ先にチーフの元へと向かった。ところが・・・



(ジョーイ、まだ来てないんだよ。連絡つかないから。どうしたんだろう?)


(何かあったんじゃ? 事故とか・・)


(来る途中に、車にはねられたとか?)


(おいおい、あまり変なこと言わないでくれ。でも、ジョーイの携帯にも連絡してるが一向に出ないな・・・昼過ぎまで待ってみるよ。それでも連絡がつかなかったら事務局に伝えるから。)



私たちも2時限目の講義に向かうことにした。



(ジョーイが来ないなんて初めてだよ。いままでこんなことなかったのに。)


(チーフも連絡がつかないって言ってたよね・・・)


(愛、なんか嫌な予感がする。おばあちゃんに何かあったのかな・・・)


エリカの言うとおり、おばあちゃんは末期ガンだ。高齢であれだけ痩せ細った体なら、もう長くはないだろう。もしかしたら(その日)が訪れてしまったのかもしれない。ジョーイの性格なら、ショックでバイトどころではないだろう。だから、連絡もできない・・・ まさかとは思うが。



その一報が入ってきたのは、午前の講義も終わり、これから食堂へ昼食へと向かうときだった。



警察官や刑事たちが、大学の事務室に来ており、キャンパスの中もパトカーで凄い。何があったのか?


(エリカ、ジョーイが大変なんだ。)


チーフが血相を変えてきた。


(どうしたの? なんだかすごい警察の人だけど・・・)


(ジョーイが!ジョーイがとんでもないことしちゃってんだよ!!)


(え??何? 事故でも起こしたの?)


チーフがあわててTVをCNNに変えた。食堂は昼時もあって、生徒たちも何があった?と

ざわめいている。



そのCNNの報道は、病院で看護師を人質に拳銃を突きつけ、立てこもっている・・・というニュース速報だった。 これとジョーイと何の関係があるのか・・・


(チーフ、このニュースがジョーイとなんの関係があるんですか? あれ?でもこの病院もしかして?)


映像に出ているその病院は、昨日、行ったジョーイのおばあちゃんがいる介護施設だった。それに、報道を伝えている、ニュースキャスターから出てきた言葉を聞いて、私もエリカも唖然とした。


病院に立てこもっているのは、(ルミエラ大学に勤務する19歳の男性。)とあった。まさか、ジョーイが・・・いや、立てこもっているのではなく、人質になっているのではないのか? あのジョーイがそんなことするわけがない。 いや、出来るわけがない。


(刑事によれば、ジョーイは拳銃を看護師に向け立てこもってるようなんだ。ジョーイから大学に伝えろという要求があり今、刑事と警察が大学に来てるんだ。)


チーフも驚きを隠せないでいる。


(でも、なんでこんなことを・・・)


エリカも驚きながらニュースを見入っている。



(この中に、エリカと愛って生徒さん、いるかい?)


刑事さんが私とエリカを探しに来た。



(はい? 私たちですけど・・・・)



(緊急事態なんだ。今すぐ、病院まで一緒に行ってくれないか? 犯人からの要求なんだ。)


(あの、犯人って?まさか本当に・・・)


(この食堂で働いている、ジョーイという19歳の少年なんだ。あと、チーフも一緒に。)



(ジョーイからの要求は何なのですか? )



(貴方たち2人と、チーフをまず病院まで連れてこいという要求だ。とにかく犯人はとても興奮していて、いつ拳銃を発砲するかも分からないんだよ。)



(刑事さん、ジョーイは、どんな理由でこんなことをしてしまったのですか?)



(時間がない。病院に向かう途中に詳しく話すから・・・)



私とエリカとチーフは、刑事さんの運転する車に乗り、病院に向かった。



(犯人からの要求はまず、貴方たちを病院まで連れてくること。次に、入所している祖母を退院させないこと。この2つなんだ。昨日、病院に行ったね?そのとき、何か言ってなかったかい?)


(ジョーイからは、何もなかったですけど、病院の職員から、入院費を滞納しているって聞きました。)


(それだ。 昨日、貴方たちが帰った後、職員がそのことを、ジョーイに伝えたんだ。再三、請求しても応じてくれない・・・もう、これ以上、病院では介護はできない、だから即時、退室をしてくれと要求をされたんだよ。ジョーイも聞き入ったようで明日の朝に、退室するって本人から言われて職員もその手続きをしていたんだ。その最中に、起こってしまったんだ。翌朝、病院に来て、祖母の引き取りや片付けなどするのかと思いきや、看護師に拳銃を突きつけ人質にして立てこもったんだ。)


(でも、ジョーイはどうやって、拳銃を? ジョーイはダウン症で銃など使えるような人ではないはず。)


(人間、切羽詰まると、思いがけないことをしでかすんだ。それが障害者だとしてもだぞ。一番大切な人が、どうにかなってしまうなんて目の辺りにしでもしたら・・・・一線を越えてしまうかもしれないよな。)


私は刑事さんの話を聞いて、高校時代のときの(パン屋のおじさん)の事件を思い出した。あんなに優しいおじさんが、自分の奥さんを大きな出刃包丁で滅多刺しに首を絞め殺害したときのことが今でも目に焼き付いている。 あのときも事件担当の刑事さんが同じことを言っていた。



病院に到着すると、報道カメラや警察官、避難している病院関係者、それに入院している患者の家族などで、ごった返していた。上空を見ると、ヘリも旋回している。



(今、ネゴシエーターが犯人と交渉をしているから、次の要求を待とう。)



【ネゴシエーターとは、主に人質救出作戦において犯人との交渉を担当する警察・政府の要員をいう。人質救出作戦においての犯人との交渉に関する訓練教育を受け、専門的知識・技能を有している警察官を指す。人質篭城事件の平和的解決(一切発砲せず、非致死性武器さえも使わずに犯人を投降させ確保し、人質も保護する)に貢献している。】


私たちが病院に到着したことも、この(ネゴシエーター)を通じてジョーイに伝えられた。


ジョーイは果たして何を要求するのか・・・・



警察が病院に到着し、包囲網を取ってから5時間余り。普段なら、この時間、ジョーイも食堂で働いている。仕事の合間にチーズケーキやティラミスなども作っている時間だ。それが出来れば私やエリカ、食堂の仲間たちに振る舞ってくれる・・・大好きなおばあちゃんにも毎日、会いに行き、このスィーツを食べさせてあげる・・・そんな気持ちの優しいジョーイが何故・・・



警察側も入院患者の安全面も考慮し、病院内へとSWAT(特殊部隊)が配置された。ジョーイが立てこもっているのは1階の事務室。看護師1人と医師1人が人質になっている。SWATは、非常階段から2階へ入り、屋内階段、エレベーターホールなど一階から移動できる箇所を固めた。また、一階は事務室を一望出来る箇所に配置についた。 あとはジョーイがネゴシエーターの交渉により降伏すれば、銃声を聞くこともなく無事に人質解放となるが、もしそうでない場合は・・・最悪の結末になりかねない。



ニューヨークのTV放送は、特別番組になってしまい、この病院人質事件が生中継されている。報道カメラも各テレビ局のキャスターたちが現場の状況を伝えておりその加熱ぶりが、とてもやかましい。



ジョーイも私たちが来ることを要求したわりには、何も行動を起こさない。交渉はどこまで続いているのだろう・・・とその時、



(犯人が出て来ました!!!今、正面から犯人が出て来ました!!!)


報道カメラが一斉に、ジョーイに集中した。 



そのジョーイの表情を見て私は驚いた。 


あのダウン症のジョーイの優しい顔が、まるで般若のような鬼の顔になっている。目は血走り吊り上り、看護師を羽交い絞めにその頭には銃口が突きつけられている。この状況に警察もswatも一気に緊迫した。



(Joey! ! Erica and me!!  ジョーイ! エリカと私だよ!!)



私も大きな声でジヨーイに呼びかけた。



しかし、ジョーイの表情は全く変わらない。



そのとき、ネゴシエーターがジョーイに近寄っていき、交渉を試みた。


(ジョーイ、ちょっと疲れたろう? )


そう言いながら手にしてるのは、コーラーだった。 キンキンに冷えたコーラーをジョーイの目の前で開けて飲んでいる・・・


(ずっと部屋にいて喉も乾いたろう?看護師さんも一緒にどうだ?これくらいならいいだろ?)


ネゴシエーターがコーラーを2本、ジョーイに渡した。それを手にしたジョーイは、一気にゴクゴクと飲み始めた。看護師にも1本渡して、少し安心したのか看護師も口にしている。


(安心しろ。何もしないから。私はジョーイを保護したいだけなんだよ。こんなにも疲れているのに黙って見てられないんだ。暑い夏に冷たいコーラーは美味しいだろう?)


説得にジョーイも少しづつ表情が和らいできている。 


(ジョーイ? 何かしてもらいたいことはあるか? 私に言ってごらん? 要求でもいいし、ジョーイに安心してもらいたいんだ。)



看護師の頭に突きつけられていた銃口が徐々に下がってきた。先ほどの(鬼の)ジョーイから、普段の優しいジョーイになっている。


(おばあちゃんを・・・・おばあちゃんを退院させるな! おばあちゃんを殺すな!!!)


ジョーイが涙ぐみながら、ネゴシエーターに訴えている・・・


(大丈夫だ。おばあちゃんは退院なんかさせないよ。だってジョーイが守ってくれてるじゃないか?ジョーイが作ってくれた、チーズケーキだって楽しみにしてただろう?おばあちゃんはジョーイが毎日、会いに来てくれるのが一番、安心できるんだ。)


ジョーイの手が看護師から離れた・・・ しかし、人質になっていた看護師は離れようとせずジョーイに語りかけた。


(おばあちゃんは大丈夫よ。今まで通り、施設で暮らせる。そのように行政に持ちかけるから。安心して。)


ジョーイは泣き崩れた・・・


(ジョーイとおばあちゃんは、ちゃんと守るから。 保護していいかい?)


ジョーイはうなずいた。


(ジョーイ?君と看護師さんを保護するから・・・ありがとう。)



もう一人の人質になっていた医師は、SWATに保護され無事だった。 看護師をネゴシエーターに引き渡すとジョーイは驚くべき行動に出た。


銃口を包囲する警察官に向けてしまった。




( Lower the gun!!!  銃を下せ!!!)



( Discard the gun!!! 銃を捨てろ!!!)



警察官の怒号が響く。



その模様を報道カメラが一気に集中する。



ジョーイは一向に銃口を警察官に向けたままだ。




上空からのヘリが旋回する音・・・警察官の怒号の警告・・・・加熱すぎる、報道カメラ・・・


警察官の銃口が、ジョーイに向けられ、一斉に銃声が鳴り響いた・・・・


ジョーイの体は銃弾を浴び、地に崩れ落ちた・・・・



( Joey・・・? ジョーイ・・?)


私もエリカもチーフも、言葉が出ない。



アメリカでは、拳銃を警察官に向けた場合、容赦なく発砲していいというルールがある。それがおもちゃの拳銃であってもだ。 


銃弾を浴びたジョーイは、すぐに救急搬送されたが即死状態で死亡が確認された。またジョーイが持っていた拳銃はモデルガンであることも判明された。








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