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狂壊の先  作者: 朝霧
7/8

終幕

 ああ……どこまで語ったか、毒殺のくだりが終わったところまでか。

 ここから先は……大した出来事は起こらなかったな……私が12の頃に父に連れられて王城に行ったくらいで、ただ父と私が母を殺し続けるだけの日々が淡々と続いた。

 いつまでもそれが続くのだろうと思っていた。

 しかし……ある日、唐突に、何の前触れもなく、母は死んだ。

 私が14になった直後の事だ。

 何が原因だったのかはわからない。

 積み上げた呪いが原因だったのか、その時になって試した術がたまたま相性の良いものだったのか、今となってはもう何もわからない。

 ただ、それは私だけではなく、父にとっても母にとっても予想外のものであったのだろう。

 今から約二年前のあの日、聞こえてきたのは父の叫び声、獣の咆哮のようなあの声と、笑い声は今でも……夢に見る。

 普通、地下からの音は滅多な事がないかぎり上まで漏れてくる事は無い、そうであるにもかかわらず、私はその時父の声をはっきりと耳にした。

 流石に異常事態だと察した私が地下に降りた時、父は母の死体の前で呆然と立ちすくんでいた。

 目を閉じ、生気を失った母の身体、その胸の中央に、一本だけ華奢な銀色のナイフが突き刺さっていた。

 初めは、眠っているのだと思った。

 しかし、よく見なくても、母が死んでいる事は、明白だった。

 顔に生気は無いし呼吸もしていないし、何より、たちどころに塞がるはずの傷が再生していなかった。

 私はあまりの事に絶句するしかなかった。

 父はその身体を震える腕で抱き上げ、呆然と母の名を呼んで。

 ――もう死んだのか。

 と憔悴し切った声で呟いた。

 父はもう生き返ることのない母の体を抱きかかえていたかと思うと、床に強く叩きつけるように投げ捨て、強く踏みにじった。

 もう再生することのない母の骨と皮だけの体は、その衝撃であちこちがひしゃげて折れ曲がり、歪んだ。

 父は母の名前を何度も叫びながら母の体を踏みにじり、声すらあげない母の首を締めながら、その体を犯した。

 そしてその腹を裂いて中を引きちぎり――それでも泣きも喚きもしない母の顔を血と肉の破片がへばりついた拳で何度も殴りつけて。

 元の形が分からぬほどにその身体がボロボロになった頃、父は動かなくなった。

 真っ赤な肉の塊を見つめて呆然とする父に、私はようやっと口を開いた。

 それをどうするのか、と。

 捨てるのか、埋めるのか、と。

 父はそこで初めて私がそこに居る事に気付いたらしく、ゆっくりと振り返った。

 生気のないどす黒い目で私を見たが、父は何も答えずに、再び視線を母だった肉塊に向けた。

 ――しばらくしてフローラがその身を揺さぶるまで、父は何も語らず、その肉塊の前から動かなかった。

 その後、母だったそれは、フローラの手によって、屋敷の裏に埋葬された。

 石が積んであるだけの簡素な墓の前で、父はただ立ち竦み。

 ――ならば、もう生きている理由はない。

 と、それが、遺言だった。

 父はいつも母の首を切り落としていた剣で、自らの心の臓を突き潰した。

 ――即死だった。

 ……この後はお前等も知っての通り。

 これで私の話は終わりだ。

 ――フローラ、終わったぞ、聖女候補殿をお連れしろ。

 ……さあ、答えを聞こうか、お前はそれでも私の手を取る気があるか?

 この……血に塗れ、穢れたこの手を。

 悪意の権化たるこの私の手を。

 それとも、穢れきったこの身を斬る捨てるか?

 どちらでも構わぬ、好きにするがいい。


記憶の断片


 殺されるなら君がいい。

 掠れた声でそう言った時の君の顔がどんな顔をしていたのかはよく見えなかった。

 だって、言った直後に君は私の首を砕いていた。

 だからきっと、気のせいだったのかもしれない。

 怒っているような、泣いているような顔だった。

 だけど、口元だけは本当に嬉しそうに笑っていた。

 とても久しぶりに見た笑顔が本当のものだったのか見間違えだったのか。

 今となってはもう、何一つわからない。



 殺した、殺した、殺した。

 やっと死んだ、やっと殺せた。

 本当に死んだ。

 死んだ、死んだ、死んだ。

 それが自分の望みだった。

 どうして何も言わない。

 この程度で死ぬわけがない。

 殺したかった(、だが)。

 死んでほしかった(、わけではなかった)。

 だから。



 その叫び声に、その絶叫に、数十年にわたって憎んだ相手をやっと殺せた喜びは一切なく。

 その身体を辱め、泣け喚け、と笑うその声は懇願のようで。

 ただ身体を壊すだけのそれは、まるで縋り付くかのようにも見えて。

 支離滅裂なその叫び声はまるで、長年連れ添った半身をもがれたような、断末魔だった。



 吐き捨てるような声でそう言って、彼女はこちらに手を差し出した。

 薄いベールに隠れたその顔に歪みはなく、何の表情もなく。

 それでも、その赤い目には絶望と悲嘆の色が色濃くこびりついていて、それが薄い布切れ程度で隠しきれるわけもない。

 でも多分、彼女はそのことに気付いていない。

 皮肉げに差し出された手を、手にとって、強く握りしめた。

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