守り名草
『この二人の結末は、後世にただ一文だけで残った』
守り名草、という花がある。
とても小さな白い花を咲かせる草で、特に珍しい種類でもない。雑草に紛れて咲くような、ごく普通の花だ。
「……ごめん、徴兵状、きたんだ」
「……そっか。やっぱりきたんだね。君、健康体だもんね。知ってた」
一本。
守り名草は生命力の強い花で、摘んで花瓶にさすだけでも長持ちする。その生命力の強さから『約束を守ってくれる花』と昔から言われていた。
「なんで、こんな辺鄙な村にまで徴兵がくるんだろうな。なんで、負ける戦争なのに行かなきゃならないんだ。なんで、ただ平和に普通に暮らさせてくれないんだ……」
「駄目だよ。それ以上は言わないで。………知ってるから」
一本。
大国との戦争だった。物量が違いすぎた。
心から『勝てる』と思っている国民なんて、きっといない。
それでも国が望むなら、国王陛下の剣として、国王陛下の財産である国を護る盾にならなければ。
「俺の行くところ、激戦区だってさ。俺、猟銃もまともに撃てないのになぁ。人選間違ってない?」
「うん、知ってる。君、へっぽこだもんね」
一本。
彼は情けない男だ。私の恋人のくせに、すっごく情けない。すぐ弱音は吐くし、小さい頃は泣き虫だったし。
どうして私は彼と恋仲になったんだろう。そう疑問に思うくらい情けない奴だ。
「次の収穫、徴兵までに間に合いそうにないな。新しいジャム、一緒につくりたかったんだけど……」
「うん、間に合わないのは知ってる。私がつくっとくから。大丈夫よ、新しく書いてたレシピを試せばいいんでしょ?」
一本。
どうして。どうして。どうして。
どうしてあんな情けなくて弱っちい彼が。あんな兵士に向かない奴が。
「……あのさ……あの……な……」
「…………」
「……俺……死にたくない……」
「……うん」
「いやだ……いきたくない……死にたく、ない……っ」
「……っ、うん、……知って……る……知ってるよぉ……!」
一本。
花瓶にさした守り名草は今日で百本になった。
彼が戦地に立ったその日から、一日一本ずつ。
「帰ってくるから待ってて欲しい」と。あいつがそう言うから、約束が守られるよう守り名草を摘み続けた。
部屋にジャムの匂いが漂う。
少し酸味が強い気がするけれど、あいつあの分量で間違いなかったのかしら?あいつが帰って来たら確かめないと。
部屋の空気を入れ換えたくて窓を開けた。途端、風と共に遠くから聞き慣れない鐘の音が聞こえてくる。
なんだろう?
不思議に思って耳をすませて。
玄関からの、ノックの音を拾った。
「……という事で、終戦の鐘の音は都市の外れにあるような小さな村々にも届いたのです。この鐘の音によって、国民は敗戦と戦争からの解放を悟ったのであります」
教師が黒板に年号を書いていく。ここはテストに出ますからね!と彼が言えば、教え子達は慌ててノートに書き込んだ。
生徒の一人が、ふと顔を上げて質問する。
「先生。最後の激戦区になった所って、生き残った人はいたんですか?おじいちゃんが、自分は行かなかったけど本当に酷い戦いだったって言ってたんですけど……」
「最後の激戦区は、貴女のお祖父様の仰る通り、酷い戦いでした。まともな武器も残っておらず、兵力の差も激しかった。生き残った方は、残念ながらいらっしゃいませんでした。遺体の回収すらままならない……というより、遺体が原型を残していないものばかりで、一人ひとりの身元がわからず遺族にも返しようがなかったそうです。兵士の遺体はまとめて共同墓地に……」
そこまで言って、教師は思い出したように「ああ」と声をあげた。
「教科書には載っていませんが。たった一人だけ、身元がわかって遺族の元へ帰った遺体があったそうです。正確には、恋人の元へ帰されたのだとか」
守り名草は、約束を守ってくれた。
あいつは、『生きて』帰るとは言わなかったのだから。
END
『この激戦区にて、生き残りは存在せず。
ただ一人の遺体が恋人のもとへ帰るのみ』
―――歴史書『※※※※』より抜粋