昏き星のもとの手紙
このお話の中に真のタイトルが隠されています。たぶんすぐお分かりいただけるのでは? という初心者向けパズルとしてお楽しみください。
待っていると言ったのに、彼女は部屋にはいなかった。
男は部屋をぐるりと見渡してから、殺風景な部屋のまん中にある卓に気づいた。
そこには、銀の杯と手紙が一通。
ただ、大きな紙一枚に彼女の筆跡で、何かしたためてある。
「何だって……?」
男は、卓にあった杯をまず手に取り、匂いを嗅ぐ。上質の赤ワインだった。
喉が渇いていた男は一気に飲み干し、それから、ようやく杯の下に置かれていた紙を持ち上げる。
そこにはこう書かれていた。
『昏くらき星のもと、一足あしずつ歩むべし。
★ああ、杯を置いてまずこの手紙をよく読んだ方がいいわ。
★何も存在しないものは無いというこの万能なる空間に
★多分、あなたはいつまでも答えを見つけられずにさまよい続けるだろう。
★残り僅かな命を両掌てのひらの中に大切に囲いながら。でも
★ずっと気づいていなかったのよ、私が本当は何を求めていたのか。
★がっかりさせまいとして言わなかったのだけれども
★いつでもあなたの鈍感さにはうんざりさせられていたわ。
★これ以上待てない私をどうぞ許してちょうだい。
★つまりは、これが私からの最初で最後のラヴ・レター。それ
★を渇望し、熱愛する私はあと一歩で財宝に手が届く。そして
★あふれる愛は限り無き悦びをもって、その器を満たすだろう。
★いつの世も変わることなく、唯一絶対無比の価値をもつその器を。
★支配していたのはあなたではなく私。この空間を遥か上空
★天高くより見おろし、あなたの愚かなる生命いのちの尽き果てるその時を
★今かいまかと待ちわび、ただ一つ真に求めるものを待ち続ける私こそ世界の覇者。
★まさに今、時は来た。
★すべてを終わらせ、魂を天に還して至高の宝を愛する私に譲ってちょうだい』
読み終えた時、男はがくりと膝をついた。
「なぜ……」
声はかすれ、喉元にやった手がそのまま自らの首に食い込む。
手紙に添えられていたワインに毒が仕込まれていたのだ、男が気づいた時にはすでに手遅れだった。
「何を……譲れと……」
最後はすきま風の鳴るがごとき囁きのみ。
男は次の瞬間目をむいて前のめりに倒れ、そのまま息絶えた。
間もなく、その肉体はみるみるうちに干からび始め、粉となり、やがて、窓からの強い風に吹き荒らされ、四散してゆく。
そして最後に残されたものは、かつての頑強な肉体をしのばせる白骨だけだった。
女は部屋の片隅、カーテンの影からようやく姿をみせた。白い骨を足もとの方からざくざくと踏み拉しだきながら、彼女がずっと恋焦がれていた『それ』の元に寄り、ひざまづく。
「やはり、思っていた通り美しい……」
女はかつての恋人だったその頭蓋骨をそっと床から取り上げ、目の高さに捧げ持った。薔薇色に輝く唇に浮かぶのは、妖しいまでの微笑み。
「そして、やはり思っていた通りあなたは愚かだった……私は警告したのに、はっきりと」
虚空をみつめる眼窩の間に、彼女はそっとその美しい唇を寄せた。
「昏き星のもと、一足ずつ、そう……手紙でも言ってあげたのに」
了