寺内町立高校演劇部は古都を白く染める
序幕
私が歩く小路に、季節違いの白。
雪が、この寺内町を、透き通る白に染めている。
その雪をバックグラウンドへと変えて、私は雪の上を歩いた。
積もらない淡い雪にシャリ、シャリと、脚の進むたび、靴が小さく音を響かせる。
周りには、私一人しかいない。
当たり前だ。私は、高校生活最後の舞台に向かっている途中なのだ。
シャリ、とまた一歩、足を踏み出す。ふと後ろを振り返ると、歩いた軌跡だけがほのかに描かれていた。
空はというと、雲ひとつない快晴。その雲の白の代わりに、雪のそれが煌き、夏の空となんとも言えぬグラデーションを織り成した。
6月7日。世間では初夏と呼ばれるのだろう。
風も、うっすらと髪をなびかせた。もう時季なのか、少し生暖かかった。
【和泉 穂波】「ヒロインと恋仲のキスシーンを目撃して吃驚、絶句。ここで舞台が約10秒暗転するから、その間に裏方に移動。」
【和泉 穂波】「...そしてここで私の台詞。音楽のカットインが入ったら、溜め込んだ息を一気に―――」
【和泉 穂波】「信じてたのに!ねえ、やっぱり私を拒むんでしょう!?どうせ―――」
【和泉 穂波】「...なんか、違うなあ。」
舞台の、幕引きのシーンであった。
今日、私たち寺内町立高校演劇部が演じる舞台の、である。
私は、もう何度も何度も使い込んだボロボロの台本の、手汗の所為でかすれた文字を読む。
【和泉 穂波】「ここのシーンは、前半で嫉妬心を全開に大声で叫ぶようにすること。後半には目頭に涙をため、いかにも何かありげな感じに、か。」
部長曰く感情の変化を表現するこのシーンは、私の台詞内では最も難しいという。
そのおかげで、何十回、何百回、もしくは何千回、このシーンを練習したことか。
それを思うと、駆け抜けた去年、夏季全国演劇コンクール。そして冬季全国コンクール、その懐旧の思い出が回顧された。
―――今日、6月7日。この日を境に自分の演劇ライフは終わるのか。
できることは全てやった。夏季コンクールには、悲しい思いをした。数少ない部員どうしで、その悲しみを分かち合い。あるときは嬉しみを噛み締め合い。
または対立し合い、認め合い、己を向上させ合い。オフの日には共に遊び、また、共に学んだりもした。
だから正直に、演劇部を引退してしまうのは嫌だった。
でも―――きっと大丈夫。
今日の舞台で自分の今までをぶつけて、燃えて、灰になって。
感動か、悔しさからか分からないけど、恐らく涙して。
そして、心の灰が風に飛ばされても、自分の中から演劇というものが消えるわけじゃない。
今までの日常の輪廻に、受験勉強という、うんざりする項目が追加されるだけだ。
そんなことを心の中で呟いている自分に気付いた。少し飛んでいたらしい意識を戻した。
黒のセーラー服の裾をのばした手にある台本と、もう一度対峙する。
【和泉 穂波】「...信じてたのに――ー!!...ねぇ、やっぱり、わ、私を、拒むんでしょう。――ーあぁ!」
人間は、ひとつの事に集中すると、他が疎かになってしまいがちだ。私の場合、どうしても噛んでしまう。
あんなに練習したのに...舞台はもう数時間後なのに、こんな調子で本当に大丈夫なのだろうか。
ひどく落ち込んだ、そして、なんとも言えないプレッシャーを感じた。
演劇とは、誰か一人の失敗で、例えば私がセリフを忘れたりしたら、たったそれだけで、今まで積み重ねてきた全てが失われるのだ。
それに、私は先輩だ。6人というなんとも少数なこの演劇部で、たった二人の三年生なのだ。
失敗しては面子がたたない。後輩と合わせる顔もない。なにより、最後の最後で失敗なんて、私が許さないだろう。
...プルルルルル
突如として、電話。
学校指定のスクールバックから、携帯電話を取り出す。ディスプレイに表示された文字は、『東雲 要』。
この演劇部の部長であり、顧問でもある、根っからの演劇馬鹿である。
...どうせ、寝坊してないかとか、体調はどうだとか、そんなこと、つまり演劇に万全で臨めるかどうかの確認だ。
いつもの事である。この演劇馬鹿の心配性は、コンクールの前日の夜と、当日に、もはや業務連絡とさえ言える電話をいれてくるのだ。
そして私はいつもなら通話ボタンを押して、すぐ切る。
一瞬、どうしようかと迷い、顔を上げ、空を仰いだ。
そこには、やはり雲一つないセルリアンブルーに、淡く、儚く光る白。
その周りには、さっきまでの商店街とはうって変わって、なんとも古めかしい、それ故に風格の漂う木造建築があった。
古都、大阪府富田林市寺内町。
町一帯に古風の町家が残り、現在では国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
ふと足を止めて、ついのさっきまで気づかなかったその幽玄な景色に見入ってしまった。
―――古都寺内町の木造建築に、空の青、赫の太陽に、白の雪。
考えれば考えるほど、不思議なコントラストだった。
...決めた。
私は携帯電話の通話ボタンを押す。
そして、コンマ数秒で、終了ボタンを続けておした。
いつも通りに、変わることなく。
この最後のコンクールには特別な思い入れがあった。だから、だからこそ、普段と変わらぬ自分で行こう。そう決めた。
目を凝らすと、目の前には会場が目に入った。
小さくも、大きくもない、昔の会合にでも使われてそうな、小さなコンクール会場。
さっきからコンクールと言っているが、対戦相手などはいない。
賞状はあっても、表彰はない。これから始めるのは、そんな演劇だ。
ただ...と、心の中で私は続ける。
この先に、仲間が待っている。私がいないと始まらない演劇が待っている。
その仲間の、だれ一人欠けることの許されない、私たちの、私たちだけの舞台が待っている。
思えば、今までは努力と雌伏の連続だった。だからこそ、これは今までの自分の集大成なのだ。
さあ――行こう。
私たちが降らせた、古都寺内町だけに降る雪を止ませに。
冬の、あの演劇から止まってしまった時間を巻き戻しに。
初めまして、rycleと言います。
初投稿ですm(_ _)m
突然ですが、この物語の詳細などを一緒に考えてくれる人を募集させていただきます。
まずはメールにて連絡をとりたいと思っています。
興味がありましたら、メールをお送りいたしましたらこの物語の仮設定などをお伝え致します。
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