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取り敢えず勇者(仮)

取り敢えず勇者(仮)VS雪山

作者: 黒永竜矢
掲載日:2026/11/01


「おお、勇者よ、死んでしまうとは情けない」

 

 俺の体が入った棺桶の前で教会の神父が嘆いていた。そう勇者こと俺は死んでしまったのだ。


 季節外れの暑さが続いていたある日、魔王討伐という名目の旅の途中であった俺は国王からの伝令によって、急ぎ王都に帰還するように命を受けた。


 取り急ぎ転移魔法で王都に戻り、王城の門兵に登城の目的を告げると、ほどなく大臣補佐官が出迎えてくれた。

 補佐官の先導で謁見の間へと向かう。窓は全て開け放たれていたが、風通しの悪い城内には熱が籠っていて、補佐官は滝のように汗を流している。俺はと言えば鎧の内側を低温魔法で冷やしているので、そこそこ快適ではあった。


「ところで補佐官殿、あの方たちは何ですか?」

 窓際に座りこんだ人を指差した。

 指差した人以外にも、数枚おきの窓際にローブを着込んだ人が座りこみ、壁に背を預けて、荒く息をしていた。


 補佐官は周りをキョロキョロと見渡してから口元を手で隠して耳打ちしてきた。

「国王陛下のご命令により、風魔法で城内に風を送り込んでいる魔導士たちです」

「風をって朝からずっとですか?」

 小声で問い返した。

「いえ、ここ数日ずっとです」

「数日って魔力が持たないですよね」

 実際、座りこんでいる魔導士は魔力を自身の限界以上に使い、体に影響が出ている状態だった。


 城兵たちが小声で会話する二人の横を通り、魔導士の元へ駆け寄って行った。城兵の1人が手にした瓶を魔導士の口へ当てがい、中の液体を一気に飲ませた。

「あれは、魔道強壮剤?」

 俺の言葉に補佐官が小さく頷いた。


 魔道強壮剤を飲んだ魔導士は城兵に抱えられながら起き上がると魔法の詠唱を始めた。


 魔道強壮剤は飲めば魔力をある程度回復できる。しかし、魔力の源は体力と気力。魔力を限界まで使い果たし、体に影響が出始めた状態での使用を続ければ、精神に異常を来しかねない。


「アハハハ、我が起こしたささやかな風が世界の裏側では暴風となり全てのものを薙ぎ倒すのだぁ。アハハハハハ」

 風魔法で城内へ風を送り込んでいる魔導士は濃い隈を作り、虚ろな視線で叫んでいる。

 

(駄目だ、既に精神を病んでいる)


 

 謁見の間に通され、玉座の正面で片膝をついて王の来るのを待った。数段高くなった玉座の下では大臣が、この暑さにも関わらず、きっちりと正装を着込み、立っている。


(流石は大貴族、「暑さにも負けず」ってやつか)


「国王陛下、おなりー」

 侍従の声が謁見の間に響き渡り頭を下げる。


「面を上げよ」

 大臣の言葉を合図に顔を上げて玉座を見上げた次の瞬間、思わず「ひひぃぃ」と叫びそうになるのをぐっと堪えた。


 玉座に座った王は膝丈の短いズボンを履いていた。上着に袖はなく、肩口が引きちぎったようにボロボロになっている。足、腕、ついでにだらしない腹と臍を出した姿には多少の野生味を感じるが、大貴族達を纏める国王としての威厳は全く感じられない。


 だが俺が悲鳴を上げそうになったのは王の姿を見たからではない。王の横に立った妃の顔を見たからだ。何番目かはわからないが王の横に立っているので多分、妃のうちの1人だろう。


 厚めに塗られた化粧が汗で溶け出し、妃の顔にいくつも筋を作っていた。特に恐ろしいのは紅が溶け出した口元、紫、黒色が溶け出した目元。夜中、薄暗いところで出会ったら失禁できる自信がある。化粧をした女の人は顔に汗をかかないと聞いたことがあるが、限界があるらしい。


「貴様、涼しい顔をしておるな」

 王がそう言って此方をギロリと睨みつけた。


(第一声がそれかいっ!お前は相変わらず暑苦しい顔してるけどな!)

 などと内心毒づきながら恭しく頭を上げる。

「魔族軍と戦いながら、灼熱の砂漠や極寒の永久氷土などを旅して来ましたので、多少の暑さ寒さには耐性がございます」


「ほう、それは頼もしいな」

 王が口角を歪めた。

(あれ?なんか嫌な予感)


「実はな、妃が氷菓子を食べたいと申しておってな」

「どのような氷菓子をご所望でしょうか?」

「かき氷じゃ」


(なんだ、かき氷か。なら水を低温魔法で凍らせれば簡単簡単)この王族は何時も無理難題ふっかけてくるから考え過ぎちゃった。さっさと氷作って旅に戻ろう♪


「かしこまりました。お水をご用意いただければ直ぐに魔法で氷をご用意いたします」

 そう言った途端、王は歪んだ口角を真一文字に戻し、眉間に皺を寄せて俺を睨みつけた。


「貴様、このわしを舐めているのか?」

「へっ?」

 思わず声が出てしまった。

「わしの国の魔導士は氷も作れないと思っているのか?」

 侍従たちが大きなたらいを持って来て王の足元に置くと水差しで水を注ぎ入れた。その中には、大きさも形も不揃いの氷が混ざっていた。

 王はその中に足を突っ込んだ。


「わしの配下にも氷菓子の氷を作ったり、足を冷やすくらいの氷を作れる者はおるのだ。今もじゃんじゃん作らせておる。そんなくだらないことで貴様を呼び戻したりはせぬ」


「申し訳ございません。では私は何をすれば良いのでしょうか?」

(はあ、早く帰りたい)


「妃はな『北方山脈』の山頂にある、太古より存在する永久氷塊で作った、かき氷を食したいと言っておるのだ」

(くだらねぇ)


「その一度も溶けたことのない氷ーー」

 化粧が溶け始めている妃が話し始めた。

「ーーそれは鳥の羽のように軽くフワフワしていて、口に入れれば悠久の歴史が口の中に広がるそうですわ」

(何年凍ってようが、氷は水と同じ、ほぼ無味無臭だと思うが……つまり今回の命令は……)


「北方山脈の頂にある永久氷塊を持って参れ」

(やっぱり)

「かしこまりました」

 そう言って頭を下げると、王はピチャピチャと足音を立てて謁見の間を後にし、妃もその後に続いて行った。


「ふう」と息を漏らして大臣が立襟に指を入れて首元を緩めた。

「皆も、少し姿勢を楽にしろ。この暑さで気を張っていては直ぐにバテるぞ」

 流石は上司への忖度と部下への気遣いを併せ持つ男、一代で大臣にまで登り詰めただけはある。

 その大臣が俺の目の前まで歩いて来た。

「勇者よ、面倒をかけるが、氷の件宜しく頼む」


(本当にっ!面倒ですっ!)とは口に出さず、

「国王陛下のご用命です。喜んで行って参ります」と言って頭を下げた。


「うむ、頼りにしておるぞ」

 そう言って大臣はぐうっと顔を近づけてきて声を殺して耳打ちしてきた。


「実はな、先程の氷水な、国中から呼び集めた魔導士たちが作っている」

 王は足を冷やす氷や氷菓子の氷をじゃんじゃん作らせていると言っていた。しかし低温魔法は扱いが難しい上に使い手もそんなに多くはなかったはず。


「最前線からもですか?」

 大臣が小さく頷いた。

(国王は今魔王軍との戦争中だと言うことをご存知なのだろうか?)


「なのでな、お主には一刻も早く氷塊を取ってきてもらって、早く前線への支援に行ってもらいたいのだ」


 つまり

1・魔王討伐と言う名目の旅を一旦中止する。

2・北方山脈の山頂から永久氷塊を取ってくる。

3・魔導士が抜けた各地の前線が魔王軍に押し込まれないように支援に向かう。

と言うことらしい。

(2と3は完全に王族の我儘のせいじゃねぇか)


 正直、王族の我儘に付き合うのは面倒臭くはあるものの、北方山脈の麓の村には行ったことがあるから転移魔法で一瞬だし、あの辺は強い魔族も魔獣も居ないから楽勝だと思っていた。なので麓の村にある温泉で2、3日のんびり過ごそうと思っていたのに、3があるのでそう言う訳にもいかなくなってしまった。


「はあぁ」

 思わず深いため息が漏れてしまった。

「かしこまりました。極力急いで戻ってまいります」

 立ち上がり謁見の間を後にする。

「城門まで送ろう」

 そう言って大臣が付いて来た。

(珍しいな。流石に罪悪感とかあるのかな?)


「あぁはっはっはっ。暴風よ全てを薙ぎ倒せー」

 窓際で勇ましい事を言いながら微風を送っている魔導士たちの横を抜けて中庭に出た。


 中庭には2段水盤式の噴水が1m程の高さに水を噴き上げている。見た目は涼し気だが体感気温には全く影響してないようだ。俺は冷やした鎧のおかげでそこそこ快適だが、横の大臣や中庭にいる人たちは暑さに顔を歪めている。


 噴き上げた水が噴水の足元に溜まり池になっている。そこへ近づき手をかざした。

「勇者よ、何をしてるのだ?」

 訝しむ大臣の問いには答えず手のひらに魔力を込める。直径1m程の池の水は瞬く間に凍った。そこへ吹き上がった水が落ちてきて、氷の表面を流れ池の囲いを超えて溢れ出た。

 魔力を込め続けて溢れ出た水も凍らせていく。そこへ落ちて流れてくる水も凍らせていく。みるみるうちに噴水は直径1.5m、高さ1m程の氷の山になった。


「おおっ!」と大臣をはじめ中庭にいた人たちから歓声が上がった。


「閣下、気休め程度でしょうが、外の空気をただ城内に取り入れるよりは、この氷の周りで冷やされた空気を城内に送る方が幾許かは温度も下がるのではないでしょうか」

 魔法で起こした微風を大臣に向けた。


「おっおおぉ」

 恍惚の雄叫びを上げる大臣の顔から汗が引いていく。

「これならば、魔導士を効率的に配置すれば、風を担当する魔導士を半分……いや3分の1まで減らせるのではないか?」

(そうそう余った魔導士は前線に送り返して、少しでも俺の負担が楽になるようにして下さい)


「余剰の魔導士を休養にして3交代制で運用すれば魔導士たちの負担もかなり軽減されるな」

「へっ?」

(俺の負担軽減は?)

「勇者よ礼を言うぞ!おいっ、文官と魔導士たちを集めて直ぐに協議しろ」

 大臣は後ろにいた補佐官たちに嬉々として指示を出している。

(どうやら大臣の忖度と気遣いに勇者は含まれていないらしい)

 大臣に指示を受けた補佐官たちが城内へ駆け出して行ったとき、一人だけ城外へ駆けて行った補佐官がいたことに俺は気づいていなかった。



 目論みが外れてトボトボと城門を潜った。

 王城前広場では城門を少し遠巻きにするように人集りができていた。


「おお出て来たぞ」

「大臣と一緒にいるぞ」

「隣の鎧の人が勇者様か」


 どうやら勇者が出て来ると聞いて集まった野次馬らしい。あまり衆目に晒されるのは好きではないので、早々に立ち去ろう。


「では行って参ります」

 振り返り見送ってくれた大臣に会釈して転移魔法を唱えようとしたとき大臣が王城前広場を指差した。


「勇者よ、あれは無理なのか?」

 大臣が指差した方向には野次馬達がいた。そして野次馬達の後ろには、王城前広場の象徴の噴水があった。しかも城の中庭のものより3倍は大きい。『無理なのか?』とは『凍らせられないのか?』と言うことだろう。

(無理です!いや出来るけどあんなでかい噴水凍らせて俺に何のメリットがあるんだ?)


「あっいや……」

『出来るけど、やりたくないです』とは言えずに口ごもってしまう。

「やはり無理なのか?」


「なんだなんだこっちを指差しているぞ」

「何か揉めているのか?」


 野次馬達がガヤガヤし始めた。

「先程、勇者様が城内の噴水を魔法で凍らせて大きな氷塊を作ったそうだ。大臣様はこの噴水も凍らせてくれるように頼んでいるのではないか」

 野次馬の中から棒読みで大きな声が響いた。

(何故、ほんの数分前の城内の出来事を貴様が知っている)

 訝しんで声の主の方を見れば、案の定大臣補佐官が群衆の中に紛れていた。

(謀ったな大臣!)


「そんなことができるのか?」

「この暑さだ、広場の噴水も凍らせてくれたら助かるな」

「勇者様、頼むぜ俺らにも涼を分けてくれよー」

「氷がたくさんあれば暑さで倒れた病人達の治療にも使えるの」


 野次馬達から此方に向けられる視線が期待に満ちて、声が希望でドンドン大きくなっていった。


「どうだ勇者よ、あの噴水も凍らせることが可能であるなら、あのものたちの期待にこたえてはくれんか?」

 ここで断る勇気を勇者である俺は持ち合わせてはいなかった。


「はあぁぁああ」と嘆息したいのをグッと堪えて笑顔を大臣に向ける。

「勿論でございます。民の為に尽くすのも勇者の使命、喜んでお引き受けいたします」

 

(どうせやるなら、格好よく決めよう)

 そう思って颯爽と噴水に向かって歩を進めた。俺が近づくと人集りが割れて噴水までの花道になった。


 池に手を翳すと今までザワザワしていた群衆がスッと静かになった。手のひらに魔力を込める。瞬く間とはいかないが水が徐々に凍り始めると静かだった群衆の中から声を殺した驚嘆と感嘆が上がった。

 氷の表面を水が流れて池から溢れ出し円状に広がっていく。溢れ出した水を凍らせながら、自分の足が凍結に巻き込まれないように一歩ずつ後ろに下がると群衆も一歩ずつ後ろに下がった。

 氷の上に落ちてきた水を凍らせ、その上に落ちてきた水をまた凍らせる。それを繰り返していくうち小高い氷の丘が完成した。

 魔力を込めるのをやめて手を下ろすと、作業の終わりを悟った群衆から大きな歓声が上がった。

 大臣がパチンと指を鳴らすといつの間にか控えていた魔導士たちが氷の周りに陣取り風魔法の詠唱を始めた。氷の周りの冷気が微風に運ばれ群衆たちの間をすり抜けると心地良さそうにあちこちから吐息が漏れた。


「勇者よ、感謝するぞ」

 今は大臣からの感謝より、(女性の)群衆からの「キャー勇者様素敵っ♡」「勇者様ありがとう♡」な感謝が欲しい。衆目に晒されるのは好きではないが、それは欲しいっ!


 チラリと群衆の方に視線を向けるが人々は恍惚の表情で風を受けていて、その涼をもたらした者に目を向ける者は一人もいなかった。


「では、永久氷塊の方も頼んだぞ」

「はい……」


 魔法を唱えて北方山脈の麓の村へと転移した。


 北方山脈の麓は、まだ雪こそ降っていないものの少し肌寒い。高温魔法で金属鎧を少し温めた。村には知った顔もいるので挨拶して行こうかとも思ったが、山頂に登ってさえしまえば転移魔法で後から何回でも行ける。


 山頂に登ってから一旦、村に戻り、少しゆっくりしてから氷塊を取って帰れば良い。


 そう思って山脈へと向かった。


 山脈は絶壁等はなく急な坂の連続といった感じだ。それを3分の1ほど登るとチラホラと雪が地面を覆い始めていた。

 さらに登って行くと気温はさらに下がり、金属鎧を再び温めた。歩を進めて行くと風が吹き始め雪も混じり始めた。さっき温めたばかりの金属鎧を薄く霜が覆い始めて、再度魔法で温めたがすぐ冷めて霜がかかった。


 流石は永久氷塊を作る雪山、冷え込みは半端ではなかった。鎧を温めるのを諦めて魔法で寒さ耐性と風耐性を上げようとした。


「あれっ?」


 上手く魔法が行使できない。

 初歩的な火炎魔法を試してみようと手のひらに魔力を込めようとしたが、全く魔力が湧いてこない。


「これは……魔力切れ……?」

 本日使用した魔法を思い返す……までもない低温魔法の連続行使、しかも2回目はかなり大き目の氷の丘。

 目論みが外れ、(女性の)群衆からの黄色い声援を受けられず気落ちしていたとはいえ、魔力残量の事を完全に失念していたとは、我ながら情けない。


 魔力残量を失念した上に、安易な考えで雪山に登ってしまったが、それでも俺は勇者。

「伊達に魔王討伐と言う名目の旅をしている訳ではないのだよ」

 雪の混じった風が激しい吹雪に変わった雪山で、したり顔で独りごちて腰の雑囊に入った魔道強壮剤を取り出そうとした。


(これで魔力を回復させて、一旦麓の村に戻ろう)

「あれっ?」


 腕が上手く動かない。

 後ろに回そうとした自分の腕を見る。肩、肘、手首の鎧の可動部に雪が入り込み、さらにそれが押し固められ氷に変わっている。腕に力を込めて無理矢理可動部を動かそうとすれば、僅かに動いて隙間が出来るが、すぐに雪が入り込み益々可動部を硬く凍らせてしまう。


(勇者の腕力を持ってしても凍った金属鎧の関節は動かせないのか)


 凍った金属鎧に容赦なく体温を奪われていった。手足どころか全身の感覚が失われているのに疲労感だけは感じる。

 いつの間にか耳障りな吹雪の音が聞こえなくなっている。ぼやける視界に映っているのは白い風だった。


「ハッピーちゃん、疲れたろう。僕も疲れたんだ。なんだか、とても眠いんだ」


 なんで、こんな時にあのクソ犬のことを思い出したのかはわからない。

 だが俺はそう呟いてゆっくりと目を閉じた。




「おお、勇者よ、死んでしまうとは情けない」

 

 俺の体が入った棺桶の前で教会の神父が嘆いている。

(面目次第もございません。言い訳の言葉すら思いつきません)


 神父は長い祈りの言葉を唱え始めた。魔法の詠唱とは違う神の偉大さを讃える言葉、神への感謝を伝える言葉、神の慈悲を乞う言葉、勇者が如何に愚かか説明する言葉、勇者の彼女いない歴が年齢な報告。

(最後の2ついるの?神父が死者にムチ打って良いの?)


「彷徨える魂を今在るべき場所へ戻したまえ」

 そう神父が唱えた瞬間、棺の中の俺の体に急に力が漲ってきた。棺桶の蓋を内側から押し開け起き上がった。


「おお、勇者よ、死んでしまうとは情けない」

「それ、死んでる時に聞いたから。2回も言われると結構傷つくから……」

「あっそう。兎も角、『蘇生の祈り』も次は成功するとは限らんのだ、命は大切にな」

(俺は命を大切にしたいんだけど、王族とか大臣が俺を大切にしてくれないんだよね)


 神父に礼を言って教会を出た。

 今日は王都で一晩休んで、北方山脈には明日改めて行くことにする。

 教会は王城前広場の一画に建っている。そこから下町の外れにある宿屋へ向かう道中、聞こえてくる噂話は広場の氷の丘のことばかりだ。

 ただ「大臣が猛暑に苦しむ民の為に広場に氷の丘を作らせた」と言う話が殆どで「勇者」と言う言葉が全く聞こえてこなかった。ここは「勇者が猛暑に苦しむ民の為に広場に氷の丘を作った」ではないのか?

 さては大臣、意図的に噂を撒いたな。噂話で、あれだけの功績を自分の手柄にしてしまうとは、

「政治家って汚いっ!」


 

 一晩休んで魔力はほぼ回復した。宿屋を出て転移魔法で北方山脈の麓の村に転移した。

 村の入り口で村長さんに出会ったので挨拶をした。


「山に登るのですか。今の時期の山に登るのであれば特に念入りに準備をした方が良いですじゃ」

 そう言って村長さんは村の雑貨屋まで一緒に来てくれた。


 鎧の可動部に塗る凝固点の低い海獣の脂。

 可動部に雪や水分が入り込まないように詰める蜜蝋。

 可動部に直接、冷気があたるのを防ぐ為の毛皮のサポーター。

 防寒用の厚手のインナー。

 熱した石を厚手の布で巻いた懐炉。

 鎧に直接、冷気があたるのを防ぐ毛皮のマント。


 村長さんと店主さんのアドバイスで色々と買い込んだ。その場で試着してみると、暖房の効いた屋内では直ぐ汗ばんできた。


「最近は安易に雪山に登ろうとする馬鹿な冒険者も多いのに、勇者様は流石、用心深い。念入りな準備をなさいますね」

 雑貨屋の店主さんが俺の鎧に蜜蝋を塗り込めながら言った。

(昨日まで、その馬鹿の一人でした……)


「耳が痛いな、わしも若い頃はその馬鹿の一人で、あの山で死にかけたことがあったわい」

 そう言って村長さんが「がはは」と笑った。

(僕は死んでしまいました……)

 


 準備を万端に整えて北方山脈に再挑戦した。

 結果あっさり山頂へと辿り着いてしまった。懐炉や防寒着のおかげで、寒さを感じることもなく、途中吹雪に吹かれたが鎧の可動部が凍りつくこともなかった。むしろ脂を塗り直してもらったおかげか、以前よりも関節部が動かしやすくなったくらいだった。


(何事も事前の準備って大事だね!)


 1m角に切り出した永久氷塊と共に麓の村へ転移魔法で移動した。

 流石にこれ程大きな永久氷塊は見たことがないらしく村人たちが物珍しそうに氷を囲んでいる。

「これ!国王陛下に献上する大切な品じゃベタベタ触るでない」

 村長が子供たちを遠ざけようとする。

「良いですよ、良いですよ。いっぱい触っちゃいましょう。なんなら上に乗っちゃいましょう」

 氷の周りではしゃいでいた子供たちを抱えて氷の上に乗せてやった。

 氷の上ではしゃぐ子供たちを見ていると、村の医者に話しかけられた。火傷や打身の治療や発熱時の解熱治療に氷を分けて欲しいとのことだった。冬の間に作った氷を氷室で保管していたが、やはり今年は暑さで溶けるのが早くもう残りが少ないらしい。


「良いですよ!」

 二つ返事で了承した。転移魔法で簡単に往復出来るので氷室がいっぱいになるまで取って来て詰め込んだら村中から感謝されてその晩は宴会まで開いてくれた。

 宴会の最中村人が入れ替わり立ち替わり俺のところへやって来ては礼を言っていく。


「勇者様、ありがとう」

「大したことはしてないよ」


「勇者殿、感謝致します」

「治療のお役に立てたなら嬉しいです」


「勇者様、村を代表してお礼を申し上げます」

「村の人には良くして頂いてますから」


「ゆうしゃさまー、あたしがおおきくなったら、およめさんにして」

「ありがとう」

 女の子の頭を撫でていると目から大粒の水が溢れてきた。


「ゆ、勇者様っ、どうなさったのですか?」

 村長さんが慌てて駆け寄ってきた。

「何かをして、お礼を言われるって良いものだなと思ったらつい……」

「何かと思ったら、そんなこと当たり前じゃないですか。勇者様は大袈裟だなぁ」

 村長さんの言葉に村人たちが一斉に此方を見て微笑んでいた。

(それが当たり前ではない人もいるんですよ。特に俺の周りには)


 翌日、村人たちに見送られながら俺は魔法を詠唱し転移した。



 城門前に転移した。王城前広場には少し小さくなったものの氷の丘がまだ残っていて、その周りで人々が涼をとっていた。


 門兵に登城の目的を告げて暫く待つと大臣が出迎えてくれた。この前は補佐官に出迎えさせていたのに、俺に後ろ暗い事でもあるのかな等と邪推してしまう。


「勇者よ無事であったか。戻りが遅いので心配したぞ」

「ははっ。変わりございません。遅くなって申し訳ございませんでした」

(本当は死んでたんだけどね)


 謁見の間に通され王に拝謁すると低温魔法で冷やした箱の中から氷を取り出して献上した。


「おおっ!これが永久氷塊かっ!見るからに美しいのお」

「はい、本当に。この幾重にも重なった縞模様が永久氷塊の証。この縞の一本一本に歴史が刻まれているようですわ」

 王と妃が氷を見て感激している。

「さあ、早速料理長に言ってコレをかき氷にさせろっ!」

 そう言うと王は玉座から立ち上がり妃と共に謁見の間を後にした。


 流石に残された大臣も俺に何も言わずに謁見の間を出て行った王と妃に閉口してしまっている。

「勇者よ、そのなんと言うか、ご苦労であった。それで……」

 大臣が言いづらそうなので恭しく頭を下げた。

「心得ております。コレより最前線に赴き現地の支援を行います」

「そっ、そうか。宜しく頼む」


 城門を潜り王城前広場に出る。

 小さくなった氷の丘の麓で親に手を預けながら滑る子供、緩やかになった傾斜を滑り降りてはしゃぐ老若男女を眺めながら、


「まっこれはこれで良しとするか」


 そう呟いて魔法を詠唱し最前線へと転移した。


おしまい



 北方山脈の麓の村での宴会の最中、村長さんから面白い話を聞いた。永久氷塊の断面が幾重もの縞模様になっているのは、氷の上に新しい水が流れてきて、それが凍る。その上にまた新しい水が流れてきてまた凍るからなのだそうだ。

 最近似たようなやり方で氷を作ったから、あの氷の断面も縞模様になっているかと尋ねたら、村の医者が全く同じ水では縞模様にはならないと教えてくれた。雨の水、雪が溶けた水、夏の水、秋の水、春の水、色々な水が重なり合って縞模様を形成しているのだそうだ。


 翌日、村を後にした俺は王都には直接向かわず東方にある水上都市に向かった。王都ほどではないが大きな都市で、その中心には3段水盤の立派な噴水があった。

 市長さんに噴水を凍らせて良いか尋ねたら、二つ返事で是非やってくれと許可を頂いた。

 この水上都市の最大の魅力は都市に流れ込む3本の川、3日に1回は降る雨の量だ。

 王都でしたように、先ずは池の水を凍らせる。次に噴水の水を止めてもらい川の上流の方から転移魔法で運んできた水を氷の上に静かに流しながら凍らせる。

 次は別の川の水、その次はまた別の川の水、その次は溜池に溜めてあった雨水、次はまた噴水の水を流してもらう。

 それを何回も繰り返していくうち噴水は小高い氷の丘となった。

 その一部を切り出すと断面は見事に縞模様になっていた。


「何かお礼を」と言う市長さんに、「これだけ貰えれば大丈夫です」と言って遠慮した。


 都市を去るとき、沢山の人達が「ありがとう」と言って手を振ってくれていた。


 迂闊にも、またちょっとだけ泣いてしまった。


 瞼を擦りながら魔法を詠唱して王都へと向かった。


本当におしまい

最後までお読みいただきありがとうございます。


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