第5話 美味しいと言えなくて
俺は、中学3年生に進級し、バレー部の部長となっていた。
部長と言っても、俺に実力がある訳ではなく、多数決で押し付けられたものであった。
浦島さんも、関東大会に出場するほどの実力をつけ、バドミントン部長となっていた。
「つばさくん、ここの曜日なんだけど、大会近いからバド部に体育館優先権もらっても良い?」
「うーん、浦島さん、ここはうちも大会近いんだよね、反面ずつじゃ厳しいかな」
部長の仕事は大変だが、唯一の楽しみがある。
体育館を使う部活として、永遠の課題。体育館をどの部活が、どれだけ使うかで争うことだ。
体育館を使う部活は、男子バレー部、女子バレー部、女子バドミントン部、男子バドミントン部、女子バレー部、男子バレー部……たくさんある。
その体育館の奪い合いの中で、浦島さんと話す機会は多くなる。
クラスでも話すが、席も近くないので、あまり話す機会はない。
つまり自然と〈話すチャンス〉が生まれる。
俺たちの学校は、大会近い部活が、体育館を使える優先権制度がある。
ただ、大会は被ることが多いので、優先権制度は、合ってないようなものだ。
夕方になり、部活が終わる時間。
帰宅準備をしていると、体育館の扉の方から、浦島さんの声が聞こえた。
「つばさくん、明日部活ある?」
「あるけど、どうしたの?」
「……つばさくん、明日お昼弁当作るから、食べてくれない?」
「ん? 急にどうしたの??」
俺は、突然の浦島さんからの提案に動揺を隠さなかった。
まさか、好きな人からお昼を誘われ、しかも手作り弁当でもある。
「い、いいよ……食べたい! 雫ちゃんのお弁当食べてみたい」
「し、雫ちゃんって……」
俺は、動揺のあまり、浦島さんを雫ちゃんと呼んでしまった。
女の子を下の名前で呼んだのは、小学生以来の快挙であった。
「雫でもいいけど、とにかく! 明日お弁当持ってくるから食べてね」
そう言うと雫ちゃんは、帰路についた。
この数分を俺は家に帰って思い出した。
俺は、浦島さんのことを〈雫ちゃん〉と呼んだ。
俺は、浦島さんから〈弁当〉のお誘いを受けた。
――ありえない、これが1日で起きたのだ。
――こ、これは告白チャンスなのか?
俺は、千載一遇のチャンスと思った。
クラスにいても、浦島さんを意識してしまう。
俺は表情に出やすいらしく、林間学校が終わってから、他のクラスメイトにも、俺が浦島さんを意識していることは伝わってしまっている。
俺は、隠し事が苦手なようだ。
このままだと、本人に気が付かれるのも時間の問題だ。
――想いを伝えるのは今しかない
俺は、決意を固めた。
――気持ちを伝えよう
◇
次の日、お昼を迎えた。
朝ごはんは少し少なめに食べたためか、午前練習は、なかなか身にならなかった。
体育館の扉の方を見ると、雫ちゃんが待っていた。
「つばさくん、こっちだよ! こっち」
雫ちゃんは、手を振りペコペコ招き入れる。
――かわいい
と思いながらも、冷静さを保ち、雫ちゃんの元に向かう。
夏に向けて、気温が少しずつ上昇する6月初旬。
向かった先は、俺たちのクラスの3年1組の教室であった。
お互いの緊張していることが、ピリピリと伝わってくる。
「つ、つばさくん、これ」
「あ、ありがとう」
雫ちゃんは、おかずとおにぎりが入っている2段のお弁当箱を開けた。
大きさは、ピクニックでも行くのかと思うくらいの大きさであった。
「この唐揚げを食べて欲しくて」
雫ちゃんは、真っ先に唐揚げを指差し、翼の口に運ぼうとする。
結構強引であったため、一度離れた。
「ご、ごめん、強引だったね」
「い、いや、急だから驚いちゃって」
「私、好きな人がいて、その人にお弁当作りたいと思ってて」
「な、なるほどね」
俺は、頭が真っ白になった。
好きな人と言ったのか?
なんと、雫ちゃんには、好きな人がいたのだ。
俺は衝撃の事実に目が点になったが、初めて作ってもらったお弁当の唐揚げを食べた。
「私の作った唐揚げ、美味しかった??」
雫ちゃんが作った唐揚げは、今まで食べた唐揚げと比べても、どの唐揚げよりも美味しかった。
だけど、素直に美味しいと言えなかった。
「ちょっと味が濃いかな」
――ピッタリな味付け
「衣の油が切れていない」
――ちょっと冷えてるのにサクサク感もある
「もうちょっとかな」
――いや、完璧です
「ひ、酷い、そこまで言わなくていいじゃん」
俺と浦島さんは、喧嘩をしてしまったのであった。
素直に褒められなかった、自分に悲しい。
その後、俺は何度もしっかりと謝ったが、浦島さんとは、心の距離が開いていた。




