第54話 初めての感触
俺は、蜜柑とキスをした後、自室でPV映像の編集作業にあたっていた。
――全く集中することが出来ない……
こんなにも手がつかないのは、生まれて初めてだった。
あの馬場さんに振られた時でさえ、ここまで頭が真っ白にはならなかった。
まさか、蜜柑が好意を持っていたことなど、想像だにしていなかった。
……というか、俺はまだ返事も返していない。
また、後回しにしてしまった。
俺は、最低な男なのだろうか。
しかし、締切は明日に迫っている。
今は、とにかく動画を完成させなければならない。
せっかく撮影も編集も順調に進んでいる。
――返事は、動画が完成したらにしよう
俺の〈後回し癖〉が治ることはなかった。
◇
時刻は、午後5時。
「つばさ、3卓にブレンドお願いね」
「は、はーい……っ」
後半の勤務は、蜜柑と同じシフトだった。
〈あの出来事〉から、顔を合わせるのは、初めて。
時間にすると、5時間ほど経っているが、感覚としてはつい数分前のことのように思える。
意識するなと言われても、意識しないなんて不可能だ。
「つばさくーん? チキン南蛮出来上がってるよー?」
厨房から雫ちゃんが声をかけてきた。
「あれ……何卓だっけ……?」
「6卓だよ? どうしたの? 顔、赤いよ?」
いつもなら、どのテーブルが何を注文したかなんて完璧に把握できている。
しかし、今の俺は集中力が完全に欠落していた。
唇に残る、初めての感触……。
仕事中なのに、油断するとすぐに〈あの出来事〉が脳裏を支配する。
「つばさ。このカフェラテも忘れずにね」
「あ……ああ、分かった」
まずい……今の俺では、ウェイター業をまともにこなせる自信がない。
……というか、いつの間にか、蜜柑が俺のことを呼び捨てにしている。
その事実に、心臓がまた嫌な音を立てた。
「おーい、西城? なんかボケーっとしてるなぁ、俺も手伝ってやるよ」
声の主は、厨房で料理を続けていた田嶋先輩。
「先輩……ありがとうございます」
「はいよー、まずは裏で飲み物飲んで来な?」
田嶋先輩は、颯爽と店内に出向いた。
その頼もしい背中に、心の底から救われた気がした。
俺はお言葉に甘えて、ペットボトルの緑茶を一口飲み、深呼吸をする。
これ以上、みんなに迷惑をかけるわけにはいかない。
俺は気持ちをやっと切り替えられ、ウェイターの仕事に戻って行った。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
皆さんは、集中が続かないときは、何をしますか?
私は、15分仮眠したり、ちょっと体を動かしたりします。
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