第3話 賄宴(まかうた)
夜も更け、昼間は賑わいを見せていた商店街も、シャッターが降り、静寂に包まれていた。
初日は失敗続きの、喫茶『alive』でバイト2日目であったが、がむしゃらにウェイターとして仕事をした結果、急成長を遂げ、店長にも褒められていた。
その結果を称え、喫茶『alive』の恒例行事の賄宴が開かれようとしていた。
料理ができるまでの時間、雫ちゃんを除く4人は、更衣室にあるボードゲームをしていた。
更衣室にボードゲームがある理由がようやく理解したつばさであった。
厨房からのいい匂いで、お腹を空かせていた。
ただ、このボードゲームを空腹を忘れるぐらい楽しんでいた。
「出来たわよー! 持っていくから、誰か手伝って」
ついに、料理の準備を進めていた雫ちゃんから、料理ができた合図が届く。
「待ってました!」と素早く立ち上がり、川昇と店長が、料理を運ぶのを手伝いに行く。
「俺も手伝います」と手伝いに行こうとするが、「つばさくんは今日の主役でしょ」と、川昇に止められる。
「つばさー、お前ボードゲーム下手だなぁ」
俺は、結局ボードゲームは最下位となった。
1位の田島先輩が「コツを教えてやろうか?」と煽ってくるが、「次は負けませんよ! もう覚えましたから」と言い返す。
数々の雫ちゃんの手料理が運ばれてくる。
その中には、お店の定番料理が多く並んでいた。
俺は、その手料理を見て、ひとつ疑問に思った。
「川昇先輩、あまり気づかなかったけど、『alive』の料理って鶏肉料理多いですね」
「そうだよ! 雫ちゃんは鶏肉が大好物で、考えた料理がほとんど鶏肉料理になったんだって」
雫ちゃんは鶏肉料理が大好物であった。
「中学の時から、私は鶏肉大好きだったよ! つばさくんとは、班が一緒になること多かったから、覚えていない?」
中学の昼ごはんは給食ではなく、お弁当を持参する形であった。
思い返してみると、雫ちゃんは唐揚げや、チキンライスなど鶏関係の料理が多かったような……と確信は持てなかった。
曖昧な返事で誤魔化すと「覚えてるわけないよね」と厨房に飲み物を取りに行った。
料理が並び、賄宴の準備も完了した。
店長が乾杯の音頭を取る。
「つばさくんの歓迎会も含めて、乾杯!」
「これって歓迎会も含めてるんですね」と俺は田嶋先輩に聞いたが、「あぁ歓迎会をすれば、お店辞めにくくなるでしょ?」と冗談混じりで、笑いながらつばさに言う。
「そんな冗談言うなし」
店長は笑いながら、田嶋先輩を注意する。
俺は、仲の良い田嶋先輩と店長。
2人はすごく仲が良いんだろうなと思った。
すると、隣に雫ちゃんが座って来た。
「つばさくん、これ食べてみて」
さっきまでは、隣には田嶋先輩が座っていたはずだが、まるで瞬間移動したかのように、雫ちゃんは隣に座っていた。
「うん、食べる」
俺は、唐揚げを口に運んだ。
その唐揚げは、衣がサクッと中はジューシーであり、テンプレートの感想がぴったりと当てはまる美味しさであった。
「この唐揚げ、美味しすぎる」
雫ちゃんに素直に感想を伝えた。
あまりの美味しさにほっぺが落ちそうであった。
すると、雫ちゃんは満足そうに言った。
「良かったー! これでリベンジは出来た」
「美味しい! ってリベンジ??」
「そう! 中学の時のこと覚えてない?」
俺は、中学の思い出を振り返るが、何も思い出せなかった。
雫ちゃんに「何かあったっけ?」と聞くと、雫ちゃんは不満そうに言い返した。
「私が作ったお弁当の唐揚げをあなた食べたけど、味が濃いだの、衣の油が切れていないだの、生焼けだの散々言われたのよ」
俺は、当時の自分に「なんでそんな酷いこと言ってるんだ」とツッコミたくなった。
「同時の私は、料理全く自信無くて、初めて作った唐揚げをあんな風に言われて、いつか見返そうと思ってたのよ」
雫ちゃんは、俺の辛口レビューにバネに料理の腕を上げていたようだ。
「つばさくん、最低だねー」
他の店のメンバーも聞いていた。
俺は、後ろを向いた雫ちゃんに対し、当時の無礼を謝る。
「なんちゃって、もう怒ってないよ」
雫ちゃんは振り返り、俺の目を見て、笑顔で続けた。
「つばさくんが、素直な意見を言ってくれたから、今の私がいると思うから」
俺は、その笑顔を見て思い出した。
遠いけど、ほのかに甘酸っぱく、ほろ苦い記憶。
なによりも忘れたい記憶。
◇
あれは、中学3年の時だった。
「……つばさくん、今度お弁当作るから、食べてみてくれない?」
「私、好きな人がいて、その人にお弁当を作りたいと思ってて」
「私が作った唐揚げ、美味しかった??」
「ひ、酷い、そこまで言わなくていいじゃん!」
俺はその日、雫ちゃんに好きな人がいることを知ったのであった。




