第29話 好きにする
俺と桃果ちゃんは、熱帯魚のエリアを抜け、様々な動物を見つつ、ペンギンやアザラシなどを見れるエリアに移動していた。
「ぺ、ペンギンだ……可愛い!」
今日は夏休みということもあって、人がとても多い。
ペンギンも人も、夏の暑さでみんな日陰にいる。
そのため、日向に当たってしまう、ガラスの前には人がいない。
桃果ちゃんは、暑さを我慢しながら、誰もいないガラスの前で、ペンギンを見つめる。
「桃果ちゃん、暑くない??」
「は、はい! 大丈夫です」
桃果ちゃんは、暑さにも負けずに笑顔でいる。
しかし、次の瞬間、暑さに我慢の限界が来たのか、俺の手を引っ張りながら、日陰に逃げて行った。
――やっぱり、暑かったのね
ただ安心して欲しいのは、ペンギンたちは、日陰の涼しいところで涼んでいる。
「桃果ちゃん、冷たいもの食べるか」
「は、はい……」
桃果ちゃんはやっとご飯を食べる気になってくれたようだ。
しかし、ちょっと暑さにやられてしまったのか、意識が朦朧としているように見えた。
「あっちのベンチで休むか」
「は、はい……」
俺は、奇跡的に空いていたベンチに桃果ちゃんを座らせ、自動販売機で水を買って渡した。
「あ、ありがとうございます」
桃果ちゃんが、ちょっと辛そうな顔で、お礼を言ってきた。
俺は、小さく頷き、隣で様子を見ることとした。
すると、館内にアナウンスが響いた。
「このあと14時から、A館にて、アシカのショーがあります。また今回は、特別ゲストとしまして、インフルエンサーのグミチョッパさんが司会進行いたします。」
このあと、アシカのショーがあるらしく、一面は少しずつ空いていく。
グミチョッパさんは、グミを紹介して、最近若者に絶大な支持のある、売れっ子インフルエンサーである。
桃果ちゃんも楽しみにしていたようだが、今は安静にしておくべきだろう。
「わ、私体弱くてごめんなさい、はしゃぎすぎました」
桃果ちゃんは、かなりはしゃいでいた。
熱帯魚エリアを超えた後も、カワウソやイルカショーなどを目をキラキラしながら見ていた。
「いや、桃果ちゃんは、本当に海の生き物好きなんだね」
「は、はい……好きなんです」
桃果ちゃんは、俯きながら、少し恥ずかしそうに返事をした。
そして、顔を上げ、話を続けた。
「つ、次来る時は、先輩じゃなくて、恋人としてきてくれませんか?」
「こ、恋人?」
「あの日の答えを知りたいんです」
桃果ちゃんは、何の前振りもなく、あの日の答えを求めてきた。
こちらから話すつもりであったが、まさか桃果ちゃんからその話をしてくるとは。
「わ、私……初めて人を好きになって、どう告白すれば良いのかわからなくて、迷いに迷っていたら、あのような形で伝えることになってしまったんです」
初めての告白が、あのような伝え方になったら、桃果ちゃんとしては、辛かったであろう。
告白は、ちゃんと目を見て伝えたいものである。
「桃果ちゃん、ごめんね……」
俺は、桃果ちゃんの思いには応えられない。
「そ、そんな……。に、西城さん……私のこと嫌いですか?」
桃果ちゃんが、目をしっかりと見て話してきた。
「桃果ちゃん、嫌いじゃないよ。桃果ちゃんの気持ちは本当に嬉しい。でも、今は恋人を作りたいって思えない」
「それは、あの女の子のこともあってですか?」
桃果ちゃんは、馬場さんのことを思い浮かべたのであろう。
「そう言うわけではない。今は、みんなであの喫茶店で働くことがすごく楽しくて……」
俺は、喫茶『alive』でみんなで楽しくバイトすることが、今の生きがいなことを桃果ちゃんに伝えた。
「そ、そうですか……でも、私のこと嫌いじゃないんですよね?」
「嫌いじゃないよ! 俺は嫌いな人と出掛けたりはしないよ」
桃果ちゃんは、俺が買ってきた水を飲み干した。
「な、ならいいです。私も好きなバイト先です。でも、いつか、そんなこと考えられないぐらい、西城さんが私に好きになるように、夢中にさせて見せます」
そういうと、桃果ちゃんは立ち上がり歩き出した。
目元を見ると、目が潤んでいた。
「西城さん、ご飯ご馳走してください。冷たいもの食べたいです」
「う、うん……食べに行こう」
俺も立ち上がり、2人でフードコートを目指すこととした。
「西城さん、今日ここを出るまで、手を繋いでください」
桃果ちゃんは立ち止まり、俺の目の前に手を出してきた。
「え? な、何を言ってるの?」
「せめて、今日だけでも、恋人気分を味わいたいんです。駄目ですか??」
俺は、せめて今日だけでも、桃果ちゃんの恋人として水族館を過ごそうと心に決めた。




