第1話 喫茶『alive』へいらっしゃいませ!
新学期が始まり、新しい環境にもようやく慣れ始めた4月下旬。
人々にとって、待ちに待った大型連休が始まっていた。
ゴールデンウィークで楽しい休日を過ごす中、つばさは、高熱を出してうなされていた。
「つばさー、まだ熱は下がらないのか?」
「あぁ……昨日よりは落ち着いてるけど、喉が痛くて……」
電話の相手は由宇希であった。
由宇希は、ゲーム配信をしており、ゴールデンウィークは、配信強化週間として活動している。
そのため、俺にも動画に出演して欲しいと休み前から言われていた。
かっこよく言うと〈出演オファー〉と言うやつだ。
「まぁ早く治して、オーバーウィッチしようぜ!」
オーバーウィッチは自身が魔法使いとなり、陣地を取り合うPvPのゲーム。
ゴールデンウィークはやり込もうと張り切っていが、熱はなかなか下がらず「早く元気になるよ」と伝え、電話を切った。
――あぁ……せっかくのゴールデンウィーク、ゲームも出来ず、新しいバイトも出来ず……今出来ることは寝るだけか……
そんな意気込みも実らず、体調が戻ったのは、ゴールデンウィーク最終日だった。
ゴールデンウィーク最終日、バイト初日
体調がようやく落ち着き、ゴールデンウィークをようやく楽しめる……と思いたいところだが、新しいバイト先での最初のシフトの日であった。
「今日からお世話になります。西城つばさです。初日早々、風邪をひいてご迷惑おかけしてしまい、ご迷惑おかけしました」
朝の開店前、新しいバイト先の喫茶店『alive』に出勤していた。
ゴールデンウィーク初日から、シフトが入っていたが、熱が出てしまい休んでいたのだ。
「よろしくね! 西城さん!」
明るい声で店長が挨拶に答える。
名前は『縁側光洋』。
年齢は30歳ぐらいで、前のバイト先の店長と雰囲気は似ているように見えた。
俺は前のバイトを辞め、金銭事情が厳しくなることを危惧し、新しいバイト先を探していた。
その時、ふと駅前に喫茶店を見つけた。
元々つばさは、喫茶店で働きたいと思っていた。
卒業まで2年、おそらく最後のバイトになるだろうから、やりたいバイトをしようと考え、時給は少し安めであったが、憧れだった喫茶店のバイトについた。
「わからないことあったら、私に聞いてね! 呼び方は西城くん、いやつばさくんでいいかな?」
「はい! 好きなように呼んでください」
黒髪をかきあげ、気さくに話しかける女性。
彼女の名前は『川昇美代』。
大学4年生である。
「俺にも聞いてくれ、一応バイトリーダーだから」
「はい! よろしくお願いします!」
パスタの下準備をしながら、あいさつをする男性。
彼の名前は『田嶋健太』。
川登と同じ大学に通う3年生である。
一通り挨拶を終え、仕事の説明を受けた。
すると、店長がコーヒーを淹れてくれた。
「西城さん。うちのコーヒーのんだことある?」
「はい! 1年前にお店に来たことあります」
「そっか、朝の賄いと思って、このコーヒー飲んでみて」
「は、はい……」
そういうと、店長はコーヒーを差し出した。
真っ黒なコーヒーを見つめる。
理由は簡単。ブラックコーヒーを飲めず、以前に来店した時も、カフェオレを飲んでいた。
「あれ? つばさくん? まさかブラック飲めないの?」
「そ、そんなことないですけど」
コーヒーへの躊躇姿をみて、川澄先輩はブラックを飲まないことを当てた。
「喫茶店の店員が、ブラック飲めないのはねぇ」
田嶋先輩も手を動かしながら、俺に詰めてくる。
「飲めますよ!」
川澄先輩と田嶋先輩の煽りに、答えるようにコーヒーを飲んだ。
ブラックコーヒーを飲むのは、幼少期に父にウーロン茶と間違えて飲まされた時以来だ。
――に、にがい……でも……
俺は、覚悟を決めた。苦みに耐えながら、飲み干す覚悟であったが、昔よりもブラックコーヒーが飲みやすい気がしていた。
――このコーヒー、あまり苦くない?
飲んでいたコーヒーを見つめながら、店長に質問をした。
「このコーヒー苦くないですね! 私、ブラック飲めないんですけど、すごく飲みやすいです」
「あぁ砂糖入れておいたからね」
店長はガムシロップをコーヒーに入れていたようだ。
店長は、苦いコーヒーを飲めないことを見抜いていたようだ。
「今日のコーヒーは、かなり出来が良い。この店を辞める時には、この渋みがわかるようになって欲しいな」
そういうと、店長は川昇先輩と田嶋先輩の分もコーヒーを淹れた。
「私たちは、ブラックで飲めるからねー」
微笑む川昇先輩と田嶋先輩を見て気づいた。
2人は、このコーヒーに砂糖が入っていることを知っていただろう。
「店長は好みを外さないからね。店長は、人の好みを外さないんだよ」
川澄先輩もバイト初日に同じことをされたようだ。この喫茶店では、新しいバイトにコーヒーを飲んでもらうことが、恒例行事らしい。そして、店長は人柄を見ただけで、その人の好みがわかるらしい。
説明を一通り終え、いよいよ喫茶店は開店した。開店と同時に『alive』は、ランチタイム。
必死にオーダーを取るが、スーパーでのバイト経験しかなく、飲食店で働くのは初めて。
オーダーとお店のメニューを覚えることが、最初の課題になりそうだ。
「はい、カルボナーラですね」
「すいません! 珈琲おかわりお願いします」
「お兄さん! カレーライスとカルボナーラ1つずつお願いします」
「おにーちゃん、からーげとすぱげちい、いっこずつおねがいします」
喫茶『alive』の名物は、カルボナーラ。このカルボナーラと店長が焙煎した珈琲のセットが、注文の4割を占める。
「4卓、カルボナーラ追加4つです」
「店長、アイスコーヒーとカフェラテ、お願いします」
厨房は田嶋先輩、マスターは店長、川昇先輩もウェイターと厨房の二刀流であり、俺はウェイター専属の布陣となっている。
喫茶店のバイトをする上で、オーダーを覚えられるかが懸念点であったが、案の定不安は的中してしまう。
「田嶋先輩……カルボナーラ2つでした」
「店長! 1択、珈琲追加でした!」
「店長! カフェラテじゃなくてカフェモカでした」
「店長!!……田嶋先輩!!……」
ランチタイムを終え、客足はひと段落する。
乱れている店内を、川昇先輩と一緒に整えていく。
満席だった店内も、今や1人もいない。
「つばさくん……」
「店長……」
「あなた、覚え意外と悪いのね! オーダーミス8件は、この喫茶店開業以来の新記録だよ!」
店長も驚くぐらいのオーダーミスを繰り返したが、川昇先輩がフォローしてくれたおかげで、滞りなくランチの時間を終えることができた。
俺は、ここまでウェイターとしての素質がないことに悲しみに暮れていた。
その姿を見て「どんまい! 新米!!」と川昇先輩は、笑顔で励ましてくれた。
「半年でオーダーミス記録を更新する人が出るなんてな」と話す田嶋先輩。
どうやら俺と同じぐらいミスを多発する人がいるらしい。
「その人と友達になれそうです。田嶋さん、その方は、何回ミスしたんですか?」
「さ、1日だったら最高3回ぐらいかな……」
その回数を聞いて、さらに落ち込んだ。
「つばさくんのオーダーミスは、初めてのウェイターの仕事だったから仕方ないよ。彼女は、半年も働いてる人の記録だから! 今でもウェイターとしては、半人前だからね」
「ウェイター? っということは、厨房として、働いてるんですか??」
「そうだよー! 今は、厨房で働いているよ。『alive』のレシピは、ほとんど彼女が考えたんだよ」
田嶋先輩は、もう1人の従業員の彼女のことを説明してくれた。
その彼女は、料理の専門学校に通っていた。
1年前、喫茶『alive』は、閑古鳥も泣くほどであり、店長は店じまいも覚悟していたようだ。
店長は最後の賭けとして、彼女に新メニューを考案してもらったようだ。
そして、その料理が雑誌にも取り上げられるぐらいの大ヒットとなり、無事にV字回復を成し得たのだ。
「つばさくん、そろそろあがって良いよ。あ、浦島さんに挨拶だけしてあがってね」
「はい、ありがとうございました」
店長は初バイトを終え、お疲れ様と労う。
あまり褒められる初日ではなかったが、次回取り返そうと決意する。
俺のシフトは14時までであり、浦島さんは14時からで、入れ替わりであった。
――ん? 浦島さん? どこかで……というか聞き覚えがあるな……
聞き覚えのある『浦島』という苗字。
――まさか、浦島雫じゃないよね……
「店長、雫ちゃんが来るってことは、健ちゃんはウェイター??」
――今、川昇先輩、雫ちゃんって言った??
まさか、新しいバイト先に……初恋の相手が、働いているとは。
唖然としているつばさを待たずに、喫茶店の扉の開ける鈴の音が店内に響いた。
「お疲れ様です」
俺は、鈴の音の先を恐る恐る覗く。
――し、雫ちゃんだ……
「新しいバイトさんですね! はじめまして、浦島雫と言います……って、あれ? つばさくん??」
見覚えのある髪型、聞き覚えのある声、愛嬌のある顔立ちが、俺の奥に眠る記憶を蘇らせた。
「久しぶりだね! 浦島さん……よろしくね……」
「今日からの新人さんって、つばさくんだったんだね! よろしくね!!」
雫との再会は、中学生以来である。
1年前に同窓会もあったが、俺は風邪を引いて寝込んでいた。
「あれー? 知り合いなのかー??」
「はい、美代先輩。つばさくんは中学の同級生です」
「あらーこんな偶然あるんだねぇ」
「はい、私もびっくりしました」
本当にこんな偶然があるんだって、驚きを隠さなかったが、好きだった雫と同じバイトが出来ることに、嬉しさ半分、緊張半分であった。
ーーおまけーー
喫茶『alive』人気料理ランキング
1位 カルボナーラ(店長考案)
2位 若鶏のチキン南蛮(浦島考案)
3位 からあげ定食(浦島考案)
4位 とりそぼろとたまごの親子丼(浦島考案)
5位 チキンスパゲッティ(浦島考案)
6位 照り焼きチキン(浦島考案)
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10位 カレーライス(店長考案)
「雫ちゃん……鳥料理好きなんだね……ってか、店長の料理全くランキングに入ってない!!」




