プロローグ後編 失恋は人生の起承転結「起」である
「ごめんなさい……私、彼氏いるの」
「ずっと一緒にいようね! ダーリン」
◇
春の足音が聞こえる3月下旬。
俺は、勇気を出し、人生で初めて告白をした。
しかし、まさか……初めての告白相手が、彼氏持ちだったとは……。
私の名前は『西城つばさ(にししろつばさ)』。
映像系の専門学校に通うごく普通の学生。
季節はすっかり春になり、道端には桜も咲いている。失恋を忘れるぐらい、雲ひとつない快晴だった。
「つばさくん! 相変わらず眠そうな顔してるね~」
通勤ラッシュがひと段落し、ちょっと空き始めた駅のホーム。
電車から降りたのと同時に、耳につけていたイヤホンを外した。
出口へ向かっていると、背後から、聞き覚えのある女の子の声が聞こえた。
「おぉ、蜜柑! おはよう! しっかり進級できたのか」
「当たり前でしょ! 赤点ギリギリだったけど……」
彼女の名前は『木ノ下蜜柑』。同じ専門学校に通う高校からの友達。
とにかく明るい性格をしていて、天真爛漫の女の子である。蜜柑は、高校までは黒髪ショートのいかにも清楚という見た目だったが、専門学校に入ってから、髪色がオレンジ色に変わり、見た目がすっかり「みかん」のようになっていた。
「つばさくん? 今年もよろしくね」
「よろしくなー」
みかんはあいさつは手を抜かない。両親から「どんなふうに成長しても、あいさつだけはちゃんとしなさい」と口が酸っぱくなるくらい言われていたそうだ。
「そ、そういえば」
「ん? どうした??」
「うんん、何でもない! 私先に行くねー」
「おう、気をつけてな」
歯切れの悪い会話となったが、蜜柑は足取り軽く階段を駆け下りていった。「走って降りたら危ないぞー」と声を掛けようとしたが、もうすでに姿はなかった。
学校に着き、真っ直ぐ自分の席に着いた。新学期といっても1クラスしかないため、クラス替えなどはない。いつもと変わらないメンバーが揃っていた。
「おはよう、西城」
席に着いたのと同時に、話しかけられた。
彼の名前は『飯山由宇希』。
専門学校から仲良くなった、クラスで一番信用しているやつ。ゲーム配信をしており、最近調子が良いらしい。
「おはよー由宇希。最近、配信の調子良いみたいじゃん」
由宇希の配信をよく見ている。
時々、人数合わせでも参加することもある。
「俺の配信は、どうでもよくて……」
由宇希は、話を遮るように話してきた。
この先、由宇希が話すことは察しがついた。
……告白の結果の事だろう。
俺は苦虫を噛み潰したような表情になった。
……俺は、2週間前に同じバイト先の女の子に告白をしていたのだ。
「その感じじゃ、まだ返事はもらえていないのか」
由宇希は、呆れた口調でつばさに話しかけた。
1学年の春休み、高校までは、謳歌出来なかった青春という2文字を堪能したく、終業式のバイト終わりに告白を決行したのだ。
「騙されていたよ……俺はね……」
「お前……100%いけるって言ってなかったか??」
あの時の俺は、どうにかしていた。
その自信はどこからきたのか不明だが、恥ずかしながら、この告白が100%成功すると豪語していたのだ。
振り返ると、振られる〈フラグ〉が綺麗に立っている。
由宇希は、すごく性格の良い。人を陥れようと言う気持ちはなく、とても素直なやつだ。
100%付き合えると話してフラれた話。俺がそれを聞いたら笑ってしまうだろう。
しかし、由宇希は違う。すごく心配そうに声をかけてくれた。
「本人に直接聞いたわけではないし、告白してからバイト1度も会っていないから」
「1度もって……お前避けられてるじゃん」
「まぁ、もうそこのバイトもやめたしな」
「え、やめたの! めっちゃ時給良くていいって言ってたじゃん」
「仕方ないだろ……」
告白した女の子は、バイトが1度も被らなかったが、それは当たり前の事であった。
告白した女の子は、高校を卒業……その後、早めの留学ということでフランスにホームステイをすることとなっていた。
そのことを知ったのは、1週間前のバイトの時であった。
1週間前の出来事であった。
◇
「店長…茜さんは、バイト辞めたんですか」
茜こと『馬場茜』。
俺が勇気を出して、告白した相手だ。告白する前までは、週2回は茜とシフトが被っていた。
2人はこのスーパーのオープニングスタッフであり、比較的仲は良かったと思う。
「あぁ~馬場さんね。今はフランスでホームステイをしているんじゃないかな」
「は? ほ、ホームステイ??」
「あれ、馬場さんから聞かなかった??」
店長は困惑した顔で話した。
しかし、その事実を知らなかった。
――え、ホームステイ? ってことは、青春を謳歌する予定だった俺の春休みは最初から詰んでいたってこと??
告白した時から、既に春休みの青春謳歌計画は、破綻していたのだ。
「つばさくん、馬場さんに告白したんだってね」
店長が、パソコンに映る売上表を見ながら話した。
店長は、20代後半ぐらい年齢の男性。歳が近いと親近感も沸くし、相談もしやすい人だ。
告白前には、趣味と言っていたタロット占いも実施してもらった。
――この数年が恋愛運MAXだね。きっとすぐにでも彼女が出来るよ
その時の店長の言葉を信じ、その次の日に告白をしたのだ。
意外と占いとか信じるタイプだったらしい。
ただ、距離感が近いと、上下関係も機能しなくなり、例え内緒話でも筒抜けになるケースもある。
「告白…しましたけど、茜さんから聞いたんですか?」
その場を逃げ出したくなった。
だが、シフトは始まったばかりであり、逃げ出すわけにもいかない。
冷静を装い店長に聞いた。
「聞いたっていうか…落ち着いて聞いてね。馬場さんはね…彼氏がいるんだよ」
「は? お、お付き合いしている人がいたってことですか?」
自分に衝撃が走った。
彼氏がいないことは、本人から聞いていたからだ。
――半年前
「つばさ先輩、話したいことがあるんだけど、良いかな」
茜に呼び出された。
そこはスーパーの冷凍庫の中であった。
冷凍庫の中は、マイナス20度近くであり、防寒服もあるが、茜に譲っていたため、鼻水も凍る寒さだ。
「先輩……」
冷凍庫に入ってしばらくすると、全身に温かい感覚が走った。
茜が突然、抱き着いてきたのだ。
茜と仲良く話していたが、好意をもったことはなかった。相手は高校3年生、下手したら大問題だ。
「ど、どうしたの? 急に……」
これまで女の子に抱きつかれたことなどなかった。
初めての出来事過ぎて頭が混乱した。
「先輩、実は好きな人に振られちゃったんです」
そういうと、俺から離れた。
茜が好きな人がいることは知っていた。
茜と仲良いバイトの後輩であったため、恋愛の相談を少し受けていた。
「そうなんだ……それは残念だったね」
恋愛相談を受けていた身としては、多少なりとも責任を感じた。
俺が経験が少ないなりにも、もっとアドバイスをすればよかったのかと。
傷ついている茜に対し、つばさは茜に質問した。
「前言ってた幼馴染の人?」
過去の相談内容を思い出しながら、間違えないように質問をしていく。
「幼馴染です」
茜はうつむき、俺の袖を摘まみながら、返答した。
「片思いのまま終わる人が多い中、しっかりと自分の想いを伝えられて、凄いと思うよ!」
「そ、それに告白されたら、その人意識するっていうし、まだ1打席目だよ」
俺と茜は野球が好きであり、業務中にも良く話していた。
それが今できる精一杯の励まし方と感じたからだ。
「先輩……」
「まだ、3打席残ってるよ! 最後の打席でホームラン打てばいいんだよ!」
必死に茜を励まそうとする。すると茜がクスっと笑った。
「先輩……それってあと2回は三振して来いってことですか」
「い、いや……2打席目に打とう! 打って途中交代しよう」
俺は、途中から自分が何を言っているか分からなくなった。それでも茜は笑ってくれていた。
「ありがとうございます。先輩……つばさ先輩」
笑顔で仕事に戻っていく茜。俺はその笑顔に惹かれてしまったのだ。その出来事から、俺は茜を意識し始めた。
ーー女心って難しい
「つまり、店長も茜さんから、彼氏について相談されていたとですか」
店長から事情を聞いた。どうやら、茜さんは2年付き合ってる彼氏と喧嘩をしていたようだ。その経過で、俺に乗り換えるかを店長に相談してきたようだ。
俺は、心の整理がつかず、初めての告白の結果がこんな悲惨なことになるとは思いもしなかった。
「買い物、食事にも誘って、快くOKしてくれたんですけどね」
俺は、初めて女性をデートにも誘っていた。
しかし、茜にとって、俺は都合の良い存在であり〈金面〉でしかない。
「まぁ、真砂くんも告白みたいだし」
「ま、まさごもですか?」
真砂とは、同じオープニングスタッフである。このスーパーで働き始めた。
そして、今年の初めにバイトを辞めていたのだ。
バイト先での恋愛は、フラれたら辞めるしかなくなるぐらい気まずくなる。俺も辞めるしかないかと悟ったが、居座ってやろうかとも考えた。
店長は馬場さんのSNSを翼に見せた。
「こ、これって」
ーーずっと一緒にいようね! ダーリン♡
そこには、茜とその彼氏が写ってるツーショットが投稿されていた。
店長は、俺がシフトの時にこの真実を話す予定だったらしい。
もう少し早く話してほしかったと店長に思った。
そして、店長は話を続けた。
「つばさくん、新たな出会いを探しなさい」
落ち込む俺の背中を叩いた。そして店長は続けた。
「本当に好きな人と付き合わないと後悔するよ」
茜に文句の一つでも言ってやりたくなったが……つばさは、自らのメッセージアプリを覗いた。「ごめんなさい……私、彼氏いるの。だから、友達としてしか見られない」
……つばさは、即ブロックした。
結局、スーパーのバイトを3月で辞めた。
ーーそして、月日は流れ5月
「5年ぶりだね……つばさくん……」
この失恋をきっかけに、忘れられない1年が今始まる。




