第15話 インスピレーション
雫ちゃんの料理教室から3日が経った。
俺は、その後も雫ちゃんとシフトが被る時に、少しずつではあるが、レシピを叩き込まれている。
しかし、店内にはバチバチとした空気も漂っていた。
そう、喫茶『alive』の料理番長〈浦島雫〉と新米料理人〈田嶋桃果〉による、店のレギュラーメニューをかけた、戦いが週末に控えていた。
期限までは残り3日。
雫ちゃんも家に帰ってから、メニューを考えているようである。
新しいメニューの候補は数個思いついたようだ。
対する桃果ちゃんも、休憩時間に〈最強レシピ10000選〉という、本を読んでいた。
その本を見た時は、そんなの醤油入れるか麺つゆ入れるかの違いしかない料理も載っているだろうと思ったが、発言は控えた。
ディナー前の夕方、落ち着いた店内。
そこで、俺は桃果ちゃんに声をかけた。
田嶋先輩から「妹、新メニュー悩んでるみたいだから、何かアドバイスを送ってあげて」と言われていたからである。
「桃果ちゃん? メニュー開発は順調?」
「は、はい……」
「何をテーマにするとか考えたの?」
「あ、えっとですね、この店は鶏肉の料理が多いので、その他の魚料理で対抗してみようかなと、思ってますけど、これで良いのかなって……」
――なるほど、それは良いアイディア
確かに、雫ちゃんが考えたメニューのレパートリーは鶏肉中心。
雫ちゃんの鶏肉料理は、すでに完成されていると言ってもおかしくはない。
ただ、魚料理であると、ひとつの懸念点がある。
「魚料理。すごくいいアイディアだと思うけど、予算とか、手間の問題とか出て来そうだね」
「そ、そうなんですよ」
店長の評価ポイントは以下で判断すると話していた。
1つ目、仕入れ値などの価格設定
2つ目、美味しさ
3つ目、手軽さ
4つ目、客の反応
である。
近くの精肉店と店長は、ビジネスパートナーであり、鶏肉を含む肉関係を安値で仕入れている。
その条件に魚料理で対抗するとなると、価格競争の面で勝てないかもしれない。
手軽さに関しては、料理人2人にメニューをいつまでも作ってもらうわけにはいかない。
そのため、魚料理に慣れていない、喫茶『alive』の厨房担当が、同じ味を再現できることも必要なのだ。
「な、なので、白身魚のムニエルとかにしようかなと思ってますが……」
白身魚のムニエルであれば、手間も余りかからないから、名案なのかもしれない。
だが、桃果の話は歯切れが悪い。
「何か問題でもあるの??」
「め、メニューの中に、白身魚のムニエルがひとつあっても、頼まれないんじゃないかなって」
俺は、そんなことはないとは思った。
多種類のジャンルのメニューがあった方が、お店としてはないかと思った。
ここで悩んでも仕方がない。
俺は、新しいインスピレーションを手に入れるために、桃果ちゃんにひとつ提案することにした。
「他の喫茶店はどんな料理を作っているか、調査しに行ってみる??」
俺も動画を作る時、詰まる時がある。
その時は散歩をしたり、動画サイトで色々な動画を見たりで、閃くための材料を手に入れていた。
「は、はい。それいいかもしれないです。西城さんは、明日の休日暇ですか??」
「午後からはシフトあるけど、午前中なら空いているよ!」
「そ、それなら、隣駅の喫茶店に行きたいです。最近出来たみたいなんです。」
「おっけー。なら明日の10時に駅前集合で」
新しい喫茶店に隣駅。これで新しい料理のインスピレーションが沸いてくれると良いが……。
◇
翌朝9時50分
天気は快晴。もう間も無く梅雨も終わるだろう。
俺は、少し早めに隣駅で待つことにした。
電車を降り改札に向かう。階段を登り、周りを見渡すと桃果ちゃんが、改札の前で待っていた。
「桃果ちゃん、おはよう」
「お、おはようございます」
「ごめんね、待たせちゃった?」
「い、いえ、遅刻が不安なんで、少し前から待ってるだけなので、問題ないです」
桃果ちゃんは、10分前から駅で待っていた。
もしかしたら、もう少し前から待っていたのかもしれない。
桃果ちゃんは職場ではないからなのか、いつもより落ち着いている様子であった。
「に、西城さん、今日はよろしくお願いします」
桃果ちゃんは、お手本のようなお辞儀をした。
俺も思わず、返してしまった。
「じゃあ、早速喫茶店行ってようか」
「は、はい……!」
俺は予め、喫茶店の場所などは確認しておいた。
――今日は暑いな……
梅雨とは何かを考えさせられるような強い日差し。
日除けの無いところは、なるべく歩かない方が良いなと考えながら喫茶店へ向かう。
桃果ちゃんも日傘を指している。
俺も指そうとカバンから日傘を取り出した。
「桃果ちゃんは、お兄さんと仲良いの?」
田嶋先輩からの桃果ちゃんへの矢印は、完全に愛情を感じる。
ただ、逆はどう思っているのか気になった。
「に、《《にいにい》》は、私のことすごく心配してくれるんです。わ、私があがり症で、バイト見つからないと言ったら、『alive』を紹介してくれたんです」
そうか、《《にいにい》》とは仲良いか。
確かに、田嶋先輩は面倒見は良さそう。
最初に桃果ちゃんを紹介した時の熱弁が、今でも鮮明に蘇る。
「に、にいにいは、違うんです。にいさんです……はい……」
あ、俺は全然違和感に気づいていなかった。
何故でしょうか。そう、小学生までは、妹の杏樹から、《《にいにい》》と呼ばれていたからだ。
最近は、恥ずかしくなったからなのか、呼ばれなくなったが……。
田嶋兄妹の関係性を確認していると、喫茶店に到着した。
――〈fish and coffee〉か……
名前を見ると、桃果ちゃんが参考にしたい理由がわかる。
俺たち2人は店内へ向かった。




