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『夕焼けに遊ぶ』【3】友と見る夕焼け

この章では、美咲と五月が互いをより深く理解し合い、友情が「共有の体験」として形を持ち始める過程を描きました。鐘の音、阿弥陀仏の微笑、精進料理、夜空――すべてが二人の心をつなぎ、やがて夢の中での飛翔へと結実していきます。現実と夢が交差し、心の奥に刻まれる「共に過ごす時間の輝き」を表現しました。

【3】友と見る夕焼け

月と坂道を登っていた。二人ともリュックを背負い、時折振り返っては広がる田園風景を眺めた。

「のどかな風景は、時間がゆっくり流れるように感じるね」

「美咲が好きなの、わかる気がする」

杉木立が見えてきた。階段の前に立つと、美咲が声をかけた。

「よーい、ドン!」

二人は駆け上がり、振り返って景色を見渡した。

「美咲、この景色は落ち着くね」

「だろう。五月と一緒に見られて良かった」

鐘楼に登った美咲が手を振った。

「五月、一緒に鐘を突こう」

「勝手に突いて大丈夫?」

二人で綱を握り、力を込める。鐘の音は山々に響き、境内の木々までも震わせた。

「この音に乗って、飛んでいけたらいいね」

「本当に、そう思う」

鐘楼の横には美咲の母が立ち、にこにこと二人を見守っていた。

「五月さん、ようこそ万願寺へ」

「は、初めまして。森川五月です。よろしくお願いします」

阿弥陀仏の前で並んで座ると、美咲はいつものように手を合わせた。五月は仏の優しい眼差しをじっと見つめ、胸に手をあてて祈った。

「優しいお顔を見て、『絶対の幸せ』を授けてくださいと祈りました」

その言葉に、美咲の母は心から喜んだ。

やがて夕食の時間となり、精進料理が並んだ。

「こんなお料理、初めてです。美味しいです」

五月は箸の扱いも上手く、その姿に「どんな家庭で育ったのだろう」と思わせた。

食後はゲームではしゃぎ、鐘楼の横から星空を仰いだ。

「街の夜空とは全然違うね」

北斗七星しか知らなかった二人は、「星座の勉強をしないとね」と笑い合った。

その夜は客間で共に勉強し、布団に潜り込んだ。

「今夜、空を飛ぶ夢が見られたらいいね」

「おやすみ」

――夢の中。

美咲に呼ばれ、鐘楼の横に立つと、空には雲が帯のように重なり、階段のように天へと続いていた。夕陽はそれを茜色から金色へと染めている。

「こんな空を飛びたいね」

顔を見合わせ、両手を広げる。身体はふわりと浮き上がり、二人は金色の雲の中へ舞い上がった。

茜に染まる山々を見下ろす喜びに、自然と笑みがこぼれる。雲の中は光に包まれ、不思議な空間が広がっていた。

「なんて綺麗…」互いに目を合わせ、さらに高く昇る。

やがて金色は薄れ、青空がのぞき始めた。二人はゆっくり下降し、雲を抜けるたびに色合いが変わった。最後に現れたのは、銀色に輝く川の流れ。

「こんな世界があるんだね」

少し不安そうな五月が寺を指差すと、美咲は頷き、鐘楼へ戻った。境内に降り立つと、二人は手を取り合い、はしゃぎながら声をあげた。

「素晴らしい世界を体験できて嬉しい!」

やがて夕陽が沈むと、夢の世界も溶けていき、二人は眠りに落ちた。

翌朝、二人は互いの穏やかな寝顔を褒め合った。

「爽快な気持ちだね」

「昨夜のこと、覚えてる?」

「もちろん。きっといいことがあるよ」

午前中は里山を散策し、野の花を探した。美咲は得意のスケッチを十枚ほど描き、五月は感心して褒めた。昼食の後、二人は帰り支度をし、美咲の母に見送られて坂を下りた。

バスを待つ前に立ち寄った小さな祠には、古い石仏が五体並んでいた。

「道祖神と、お地蔵様が四体あるね」

「鎌倉時代は地蔵信仰が盛んだったよね」

「すごいね、五月」

「雑誌で読んだだけだよ」と笑い合った。

バスに揺られ、白峰駅に着くと、分かれ道で何度も振り返り手を振った。

――学校。

突然の小テストで、先日の勉強の成果がそのまま出題された。

二人は全問正解し、先生から名前を呼ばれて褒められる。

「これは、空を飛ぶ夢を見たおかげかもね」

そう思いながら、互いに笑顔を交わした。

やがて美咲は、五月に家族のことを尋ねる。五月は勇気を出して語り始めた。

「小樽の漁港で、ママは事故で亡くなったんだ。パパは遠洋漁業の船に乗っていて、私は祖母の家に来たの。おばあちゃんは病気がちで、何でも自分でやれって言われて…」

言葉には寂しさがにじんでいた。

「五月、私と似てるね。親近感がわいてきた」

薄暗い公園で、美咲は潤んだ五月の目を見て、強く守ってやりたいと思った。

「今日は美咲の家で夕飯を食べていきなよ」

「いいの?…ありがとう!」

五月は明るい笑顔を見せ、二人の友情はさらに深まっていった。


満願寺で過ごした一夜と、夢での飛翔体験は、二人にとってただの幻想ではなく、未来に向かう勇気と絆の象徴となりました。

また、五月が家庭の事情を打ち明け、美咲が受け止めたことで、友情は「優しい共感」として確かなものとなります。

読者の皆様には、思春期に芽生える友情の尊さ、そして一緒に夢を見ることの意味を感じ取っていただければ幸いです。


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