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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ちょっと暗がりな異世界

奇跡の成り上がりなどいなかった

作者: 宇和マチカ

お読み頂き有難う御座います。

ヒロインが陰険貴族おじさんに引き取られる? お話です。

 王都にて。

 とある村で、奇妙な孤児が見つかったらしい、と噂になっていた。


 瀕死の親類を瞬く間に救われたとか、排水に悩む土地をあっという間に乾かしただとか。

 何処にでも生えている草で、洗髪剤を作っただとか。

 未だ幼く、学問を学んだこともないのに。

 まるで、長年生きた賢者のように知恵を使いこなす 


 間もなく。噂になった子供は領主に引き取られ、養女となった。

 だが、平和だった領主の館は悲劇に見舞われ続けた。彼女が館に引き取られてから……更に奇妙な事が起こり続ける。


 偶然避暑に来ていた、物静かな伯爵令嬢が毒物を摂取して倒れたとか。

 王都から領地へ戻る途中の前元帥閣下が、宿に立ち寄った際に誤って転落しただとか。

 冬祭りの観光に訪れていた、8歳の侯爵令息の連れ去りを見つけ出しただとか。


 事件は必ず奇跡のような手段で解決させられた。

 全て、孤児であった娘によって。


 王都でも評判となり、縁談が舞うように届けられた。

 しかし、領主はその申し出を断り続ける。孤児を救ったのは間違いだった、と王都で愚痴を溢したこともある。

 世間の声に押されて引き取ったものの、領主は彼女を気味悪がり傍に置きたくはなかったらしい。貴族としての手続きも完了していないそうだ。


「お母様は、あたしを憎んでるのよ。お父様があたしを気に入って可愛がられたから、嫉妬に狂って醜く怒るんだよ」


 名もなき孤児……ザラリーと名を変えた養女は、各地を回って勝手な言い分を言い触らす。

 領主に擦り寄ろうとしたが、一度も可愛がられたことなど無いのに。

 言い分を丸ごと信じたものも有り、ザラリーと距離を取るものも居た。


 そして、『奇跡』の評判を聞きつけた下級貴族の青年スミシーンが、領地を訪れる。

 彼は、主家筋からザラリーの調査をするよう命じられたのだ。


「あの娘の本質は悪行のみです」


 未亡人となった女性に、窶れた顔に影が差す。彼女の夫は、彼が訪れる3ヶ月前に亡くなっていた。

 しかも、全身が真っ白になるという、奇妙な死に方で。

 スミシーンは、領主の変死についても調べるよう任務を受けていた。


「悪行、のみ? とは……」

「文字通り、人を陥れて悦に入る。救いの手を差し伸べて賛辞の言葉を強要する、そのような罪深い行いを繰り返す。それがあの孤児の本質です」


 淡々と、青い顔で未亡人は語る。


「どうしてそうお思いなのですか?」

「アレに遭えばお分かりになるとは思いますが、アレは、自分を褒めない者を無闇矢鱈に貶します」


 彼女に着いておいでなさい、と未亡人が付けてくれた侍女に導かれ、スミシーンは中庭にいた。

 耳を澄ませて御覧なさいませ、と言われたので耳に神経を集中させる。


「アンタ、何で言うことを聞かないの!?」

「やめて! そんなもの食べたくないよ!」

「何なのよアンタ、何回やっても変な結果ばっかり! こうなったら……」


 小さな子供の口に毒々しい菓子を無理矢理押し込もうとしている、悪魔のような形相の娘が其処にいた。思わずスミシーンが割って入ろうとすると、無表情な侍女に首を振って止められる。


「安心なさってください、あの菓子はすり替えられた安全なものです」

「すり替え……。安全でないものを子供に無理矢理食べさせようとしたことがあるのですか?」

「私達が気付くまでは、幾度となく。戻りましょう」


 子供がザラリーを振り切り、無事窓へよじ登って逃げたのを見届け、侍女はスミシーンを屋内へと促した。スミシーンの口の中はカラカラに乾いている。

 何時の間に消えたのか、ザラリーも居なかった。しかし、この一瞬で何処へ行ったのだろう。奥は行き止まりらしいのだが。


「……何故あのような娘を生かせておくのですか?」

「信奉者がいるのかしら。棄てても閉じ込めても助けに来る、悪魔でもいるのかしら。

 処理しても、次の日には必ず現れるのです」


 未亡人は茶を勧め、悲しげな顔でアレの除去の為にありとあらゆる事を試したと溢した。その度にケロリとして戻ってくるのだと。


「アレは……。自分が人を救っていくと、幸せになれると信じているようなのです」

「それ自体は、良いことですが……アレは……」


 悍ましい顔で怒鳴っていたザラリーの顔が思い出され、スミシーンはゾッとする。しかし、雇い主の求めていた者なのかもしれない、とよろけた体を立て直す。


「アレは先程ご覧になったように、他人の危機を人為的に起こし、救おうとします」

「じ、人為的……?」

「ええ。おかしいとは思われませんでした? 物識らぬ素人の小娘に、毒に倒れたご令嬢の解毒が出来ると思いで?」

「毒……ジポン伯爵令嬢の件ですか」


 しかし、報告書を読むにあの娘は迷いなく解毒の手順を取っていたらしい。

 医者が舌を巻くような鮮やかさで。

 まるでこれから起こることを知り尽くしていたかのように、この地方では滅多に採れない植物の毒を、治してみせたと。


「アレの住む村に、医業の担い手はおりませんでした。親を亡くしてから育ててやった者も、学のない者ばかり」

「隠者などは……」

「限られた季節でしか歩いて行くことも出来ない山の外れには、いたようですが……。変わり者で、住まいをよく移していたようです」


 夏以外は道を閉ざす、急峻な山に根ざした隠者の事は噂になっていた。確かに幼子が訪ねて行けるような距離ではない。


「それに隠居されたとはいえ。

 軍人であらせられた閣下が、頑丈な柵の有るご自宅の2階のバルコニーから音もなく落とされるのかしら。そして、あの場にはアレが居たのです」

「……確かに」


 隠居の地に近くの風光明媚な丘を選んだ、救国の将軍。彼の事故の時には植え込みに落ちた傷を、服の上から見抜き鮮やかに手当てしていたらしい。

 本人は何故落ちたのか、どうやって傷を付けたのか。痛みで混乱していて、不思議がっていたというのに。


「そして、貴族の幼いご子息が供も付けずに夜道を歩けるのかしら」


 無理矢理暗がりに連れ込まれた、と子供は語っている。

 細いが、固い手だったと。そして、夜まで離しては貰えず脅されたと言っていた。

 知らぬ間に現れたのだ。恐ろしいことこの上がない。


「最早アレを養う気は有りません。

 養女の手続きは解消しましたが……それでも、何かに使えるのですか? 貴方様の雇い主様は」


 領主未亡人の言葉に、スミシーンは頷く。


「おじさん! 王都から来たんでしょ? ね、あたしには不思議な力があるの!」


 此処に来た目的は、領主未亡人にしか明かしていないのに、馴れ馴れしくザラリーは近寄ってきた。


「……君、王都で人を助ける気はあるかい?」


 スミシーンの雇い主は、頭脳明晰な高貴なる貴族だった。だが、少々癖のある人格で五十路近いのだが、一度も結婚をしていない。


「次は、おじさんの養子になるの?」

「いや、私の養子ではなく……。もっと高貴な方の役に立って貰う」


 一も二も無く、ザラリーは頷いた。

 それはギラギラと欲望に満ちており、雇い主の喜びそうな顔だった。この、貴族の席に一時期いたというのにマナーの欠片もない娘に小難しい知識があるとはとても思えない。

 精々見てきたことを真似る程度だろう。


 洗髪剤も、解毒薬も、人助けも。

 天才的な頭脳を持つ雇い主からしたら、何の価値もないだろう。彼が作り出して既に世に出回っている物も多数ある。


「繰り返せるんだよねえ、僕。だから、分かるんだよねえ」


 繰り返せる、とは何なのか。今思い出しても、スミシーンに雇い主の言うことは理解出来ない。


「戻れる回数って、限度があるんだよ。だから、継ぎ足したいんだよなあ」

「それはどうやって行うのでしょう?」

「ジャンプ出来る人間から、奪えば良いんじゃないかな? と思ってるんだよ」


 このザラリーが、雇い主の役に立つかは分からない。

 だが、スミシーンは凡人で忠誠心の高い男だった。


「王都で、あたしのキラキラしたラブロマンスが始まる……! その為に人助けしてきたんだから!」


 この娘が雇い主の本当に欲しいものを持っているのかは分からない。

 だが、娘は望むものを手に入れる事は出来ない。もう、何処へ知識を得に、人を嵌めに戻ることも出来ない。

 そして、雇い主はこの領地に恩が売れる。

 それだけは確かだった。




目をつけられたらアウトな上位互換って居ますよね。

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