スライムって最弱だよね?
「アイスジャベリン!」
俺は氷魔法を唱え、氷の槍を放った。
ガンッ!パリン!
あれ?氷の槍が効かない?それに槍が粉々に砕けただと!
では。
「アーススピア」
次は土魔法。
数本の土の針が地面から突き出る。
これはヤツを突き刺すためじゃなく。
そう。閉じこめる土の檻だ。
そして。
「ファイアーボール!」
ボワーッ!
ヤツの居るところから火柱が上がる。
しかし、俺が思っているよりも威力が凄い。
さっきの氷魔法も土魔法もだ。
やっぱり俺のレベルが上限でカンストしているから、なのか?しかし。
あれ?
全く効いてない。少しのダメージもないだと?
あれはスライムだよな。最弱の魔物…のはず。
青いプルンとした…
間違いない。ゲームで最初に出てくるスライムだ。
あっ!
『魔法攻撃無効』
そもそも魔法が効かないのか。
それじゃ。
俺はスッと剣を抜き構えた。
魔法が効かないなら剣による物理攻撃だ。
この剣は見た目は普通の剣だが、伝説級の剣。
エクスなんとかという聖剣のように”いかにも”という見た目ではない。
あんなゴテゴテと飾った明らかに強そうな剣で無双しても格好は良くない。むしろ格好悪い。
普通の武器や防具(に見える)で無双するから格好いいんだ。
狙いはギャップ萌えで、美少女ハーレムを作ってウハウハするつもりだ。
よし!
俺はスライムに向かって剣を振り抜くが。
ガキーン!
弾かれてしまった。
え?物理攻撃でもダメ?ダメなのか?
では。
俺は様々な技で剣を振った。
ガキッ! ガン! ギン!
ギンギンギンギンギンギンギン
ガンガンガンガンガンガンガン
はぁはぁ
ダメか。
しかしどうしてスライムはこんなに強いんだ?俺はレベルが上限でカンストしたチートなのに最弱のスライムに歯が立たない。
何故だ。
俺は普通の高校生だった。
成績も普通。運動も普通。これといった才能もない。
容姿も普通。
逆に秀才やイケメン、スポーツ万能な奴のことは好きじゃなかった。それどころか嫌悪していた。
頭が良い、容姿が良い、スポーツ万能というだけでチヤホヤされ、女子にモテる。
でも、俺はそんな奴らの事を格好が良いとは思わない。
あんなに露骨に自分の才を喧伝し、愉悦にひたっているなんて恥ずかしいとは思わないのか。
確かに俺はラノベなどが好きだ。
特に異世界転生ものが好きで、暇さえあれば読み耽っていた。
でも、オタクというほどでもないだろう。
「己の魂に宿る闇の呪縛を解き放し、我がその身に纏いこの世を混沌へと誘う」
などと気持ちの悪い事を言う奴らとは違うのだ。
そんな俺が学校の帰り道に、信号を無視したトラックにはねられ、気がつくと白い部屋に居た。
『異世界転生』
状況はすぐに理解した。
あまりにもテンプレすぎて驚いたが。
すると、これまたテンプレのように女神が現れて、この後どうするか聞かれた。
このまま普通に通常の輪廻の流れに乗って次の生を授かるのを待つか、特例として鳥や犬など、別の種族となって本能に従って自由に生きることを望むか。
え?
ここは、異世界に転生して与えられた能力でその世界で活躍する、っていう流れになるんじゃないのか?
これだけテンプレ満載の状況なのに、また同じ世界で、前世の記憶はない、だと?
ふざけるな!!
比較的温厚な俺でもこれには激怒した。
そんなの異世界に転生して、チートな能力を貰うのが当たり前だろ!
でも、イケメンで、強力だが豪華な装備。裕福な環境で育つなんて贅沢はいわない。
見た目は普通でも、力さえあれば自ずと欲しいものは手に入る。
そして、あらゆる魔法や技が使え、レベル上限でカンストしたチートで俺Tueeeで無双する。テンプレってこういうものだろ!
しかし、秀才やイケメン、スポーツ万能な奴らのことを羨ましいと思った事が全くない、というわけでもない。
それなりには憧れていたのだ。美少女にだってモテたいし。
俺は女神にそれらを熱弁した。
しかし、交渉は難航して話が全く進まなかった。
そして、俺はついにキレて。
「ええい、やかましい。お前は俺の言う事を聞いてあらゆる魔法や技が使え、レベルカンストくらいのチートを与えるべきだ、いや与えろ!」
と、暴言を吐いてしまった。
言い過ぎた、と後悔したが、女神は「分かりました」とアッサリ俺の言う事を受け入れた。
と、いうわけで、転生してチートな俺が異世界の平原を歩いていてスライムと遭遇した、のだが…
スライムは涼しい顔をして動かない。
あ、”スライムは最弱”というのは俺の思い込みで、実は強い?
でも、最強というわけでもないだろう。
しかたない。
奴の強さが分からない以上、俺の最強の技を使うべきだ。
倒した後に、また色々検証すればいい。とにかく現状打破が優先だ。
俺は心を静め、集中した。
「聖なる力を矛に宿し、内に秘めたる正義の源。解放せよ。悪を滅ぼす力を我に与え給え」
俺から眩い光を放つオーラが溢れ出し、剣がそのオーラに包まれる。
それは、魔王にダメージを与える事の出来る聖剣を持つことを許された者だけが使える、まさしく究極の奥義。
「神聖破邪魔滅斬!」
ゴワァァァァッ!!
聖なる力を纏った聖剣が眩い光と、凄まじい波動を放ちながらスライムを切り裂…
ガガガギィーーン!!
え。
ええ。
ええええええっ!!
無傷。
ありえない。
これは夢か?
魔王すら倒せる事が出来る技だぞ。
しかし、今まで全く動かなかったスライムも、流石に鬱陶しくなったのか、体をプルンと震わせて。俺に向かって来て…
───スライムって最弱だよね?───
バタン!
『GAME OVER』
◆
俺はまた白い部屋で女神と対面していた。
「どういう事だ!何なんだ、あのスライム」
女神は「何を言ってるの?」という顔をして。
「スライムよ」
当たり前の事を言う。
「だから、何で最弱のスライムがあんなに強いんだ?それとも最強とでもいうのか?」
「スライムは最弱よ、あの世界ではね」
は?何を言っているんだコイツ。
俺は頭にきた。もともと腹が立ってイライラしていたのに。
「そんなわけあるか!って…え、あの世界?」
あの世界?
「ええ、攻略難易度最高クラスのSランクの世界よ」
何!攻略難易度最高クラス?Sランク?
「どうしてそんな世界に?Sランクという事は他にもランクがあるのか?」
「ええ、あるわよ、攻略難易度最低クラスのFランクから高クラスのAランクまで」
俺は意味が分からなくなってきた。
「俺はレベルが上限でカンストしたチートじゃないのか?」
そう、レベルが上限でカンストしていたら、それ以上強くならない。でも最弱のスライムでさえ刃が立たないって、それではスライムすら倒せないじゃないか。
「そうよ」
「なら、俺はレベル上限でカンストしているのに、例え攻略難易度最高クラスのSランクとはいえ、最弱のスライムより弱いって矛盾してないか?」
女神は呆れた顔をして。
「レベルは最低の1からスタートして、徐々にレベルを上げて強くなるのが普通なのに、初めからレベル上限でカンストしてる事自体が異常なの。それを無理矢理レベル上限でカンストさせたから、おそらくだけど、攻略難易度中クラスのCランクの世界でのレベルになっているんじゃない?レベルってどのランクの世界でも同じじゃないのよ。例えば攻略難易度最高クラスSランクの世界のレベル1と攻略難易度最低クラスFランクのレベル1では違うの。違う世界のレベルをその世界に適用するなんて設定はそもそも無茶な事なだから、私でもどうなるか分からないのよ」
「それじゃあ他の出来るだけ適正なレベルの世界には行けないのか?」
「行けると思うわよ。例えば攻略難易度最低クラスのFランクの世界なら、もし攻略難易度中クラスのCランク並みじゃなくてもレベルが上限でカンストしているなら無敵でしょうね」
「そうしたら、どうしてその世界に転生させてくれなかったんだ?嫌がらせか?」
女神は「はぁ」と溜め息をつきながら。
「まったく、人間って強欲ね」
は?強欲?俺が?
「俺が何で強欲なんだ!イケメンでなくても豪華な装備も恵まれた環境も必要ないって言ったぞ!それのどこが強欲なんだ!!」
そう、俺は別に高望みしたわけじゃない。
「呆れた。本来なら普通は輪廻の流れに乗るのに、異世界で、あらゆる魔法や技が使え、レベル上限でカンストして俺Tueeeで無双して美少女ハーレムでヒャッハーって、これのどこが無欲なの?」
いや、ヒャッハーは言ってない、と言いたいところだが、そんな空気じゃない。
「うっ」
た、確かに。何も言えない。
しかしだ!
「じゃあ最初からそういえばいいだろ!わざわざ試すようなことしやがって!」
「あのね、あなた、あれだけ熱弁してたの忘れたの?」
「え、なにを?」
「自分の言った事さえ覚えていないのね」
えっと…そういえば…
「あなた、私に「らのべ」かなんだか知らないけど、『転生ってこいういうもんだ、あらゆる魔法や技が使え、レベル上限でカンストしたチートで無双、美少女ハーレムは必須、そんな事も知らないのか!』って、延々とそう言ったのよ。それはあなたの都合でしょう?本来とは違うのに」
「そ、それはそうだけど、だからといって」
「私だって暇じゃないのよ。それなのにあなた、私の言う事全く聞かなかったじゃない」
「し、しかし…」
でも、これは聞くべき、いや聞かないと。
「では、どうしてSランクなんて無茶な所に?」
「分からないの?呆れた。突然物凄く強い存在が現れたらその世界はどうなると思う?」
「は?」
「強い存在というは脅威だし、権力者は自分のものにしようと考えたり、魔物や動物などは本能で逃げて生態が変わったり、人間の領域に溢れたり。つまり、あなたがいるだけでその世界の環境などが壊れたり、変わってしまうの。だから影響のないSランクにしたの。スライムだってあなたが攻撃しない限り何もしなかったでしょう?大人しくしてたら問題ないわ」
そ、そういえば、スライムはのんびりそこにいただけだ。でも、それじゃぁ何も出来ない。
「な、なら影響のないようには出来…ないの…か…ですか?」
あ、女神が明らかに怒っている。ヤバい。
(女神は付き合いきれなくなって諦めた。色々と)
「はぁ〜どうしてそんな都合よくいくと思うの?物事には限度があるの。欲深い人は何を言ってもダメそうね。じゃあいいわ。あなたの言う都合に合わせて最弱のFランクに転生させてあげるわ。せいぜい何の苦労もなくヒャッハーしてきなさい。その世界の人達の環境や人生も好きにすれば?私は人間界にほとんど干渉出来ないからあなたが何とかしてね、これで満足?」
え?何とかって?いや、そこまでは。
「ま、せいぜい楽に生きて。あなただけ。ね」
なんかそれ、俺スゲーやな奴じゃん。
「さ、いくわよ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ」
「何?まだ要求があるの?どれだけ欲深いの。あなたならその世界を完全に滅ぼしそうね。でもその時はちゃんと責任は取ってね。強欲さん」
責任?何させられるんだ?地獄行きとか、か。とにかくマズい。
「い、いや違うんだ」
「何が違うの?」
「俺が言ってたのはそういうことじゃないんだ」
「は?私が間違っているの?」
「いや、ヒャッハーは言って…いや、そうじゃなくて」
「はぁ、私はあなたが言ってることがさっぱりわからないわ」
「す、スマン。じゃなくて。ああああ、もう、ごめんなさい」
「?」
「だから、俺が間違っていた。ごめんなさい」
「じゃあどうするの?」
女神は可哀想な人を見る目で俺を見ていた。
そんな目をしないで。
ごめん。
これは俺が悪かった。マジで。
転生って”こういうもの”だと思い込んでいた。
そりゃ強欲とか言われるよな。
ダメだな、俺は。
それじゃ進むべき道は決まっているな。
「普通でお願いします」
◆◇◆◇◆◇◆
───ここは天界───
女神の前には若い女性が佇んでいた。
今度は大人しそうな女子高生。この子なら大丈夫だ、と安堵する女神。
人はそれを、フラグと言う。
そして、女神はあの彼と同じように聞くと。
「転生といったら、乙女ゲームの世界の悪役令嬢に転生して、逆にヒロインや王子様を”ざまぁ”するのがテンプレでしょ!そんな事も知らないの?」
「…………………」
その後、女神は彼女から”転生とは”どういうものか、という事を延々と聞かされるハメになるのだった。
おわり