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短編集ー文芸系

とろとろの同棲生活

「つーかれたー!」


 仕事終わり。帰宅して靴を脱ぎ捨て鞄を放り投げ、着替えもせずにソファに飛び込んだ。


「おーい、先風呂入れよ。そのまま転がると立てなくなるぞ」

「わーかってる、わかってるー」


 同棲中の彼氏に生返事をして、ぐったりとソファに身を沈める。駄目だ、もうここは沼だ。立てない。寝たい。


「風呂上がりにとろけるアイス買ってあるぞ」

「やった! 食べる!」


 がばりと身を起こした私に、彼氏はきっぱり告げた。


「風呂が先」

「ぐぅ……」


 不満げにしながらも、彼氏の方が圧倒的に正しい。お母さんか。

 私はしぶしぶ、気だるげな動きで準備をして、風呂に入った。


 面倒だからシャワーで済ませても良かったが、浴槽には既に湯が張ってあった。入浴剤は数種類から選べるように、脱衣所に並べて置いてある。


「気がきく男だよほんと」


 ありがたく、私は疲れが取れるしゅわしゅわしたタイプの入浴剤を湯に溶かし、その間に軽くシャワーを済ませる。

 薬剤が十分に溶けたところで、湯船に肩まで浸かった。


「あ~~」


 おっさんみたいなダミ声が出る。ずるりと体がすべって口まで湯船に浸かりそうになり、慌てて体を支える。危ない危ない。風呂で寝るイコール死。


 しっかり温まって、ぽかぽかした体でソファに座ると、彼氏がとろけるアイスを持ってきてくれた。


「ほい」

「わーい!」


 子どもみたいな喜び方をして、袋を開ける。これこれ。


「足は?」

「やってー」

「はいよ」


 ソファに腰掛けたまま足を前に差し出すと、彼氏がふくらはぎをマッサージしてくれる。力加減がちょうど良くて気持ちいい。


 私は彼氏に身を任せたまま、はむっととろけるアイスをほおばった。この独特の食感よ。


「おいひ~」


 とろりととろけるチョコレート。混ざり合う濃厚なバニラ。


 至れり尽くせり、まるでお姫様気分だ。

 しかしこれは今が()()()()()だからであって、実際の関係は持ちつ持たれつである。


 私と彼氏は業種が違うので、繁忙期が異なる。

 彼氏が忙しくて死んでいる時には、玄関でくたばった彼氏をなんとか部屋まで引っ張り込んだり、着替えさせたり。頭洗ったり爪切ったり、たまに介護かって気分になる。

 やれ固形物は食べたくないだの、胃に優しくてがっつりお腹に溜まるものがいいだの、野菜が取りたいけど甘いメニューがいいだの、ハンバーグは牛100%つなぎ無しじゃないと嫌だの、食べに行く時間がないから○○店の○○みたいなやつを作ってほしいだの、細々してキレそうな食事の用意を文句も言わずにこなして。

 スプーンも持てないと駄々をこねる大きな子どもに、口を開けさせて親鳥よろしく食べさせたりしてるのだ。やっぱり介護かな。


 一方的な献身でなく、きちんとリターンのある関係。自分がしてほしいから、相手にもする。

 これでなかなか、バランスの取れた関係なのである。だから長持ちしているのだろう。


「一口食べる?」

「サンキュ」


 足元の彼氏にとろけるアイスを差し出すと、口を開けて齧りついた。一口でか。ちょっと遠慮して。


「んま」

「でしょ」

「外側パリパリしたやつも好きだけど、これはこれでいいよな」

「パリパリは駄菓子みたいな気軽さが良くて、とろとろは特別感とか高級感が気分上がる」

「あーわかる」


 とろとろは特別だ。パーティーの時しかやらないチョコレートフォンデュ。女子会で盛り上がるラクレットチーズ。接待の時しか食べられない最高級ランクの肉。

 食べ物だけじゃない。洋服だって「とろみ素材」が人気なくらい、女の子はとろとろが好き。


 だからめいっぱい、とろとろに甘やかしてほしい。


「はいおしまい」

「ありがとー」


 これでつま先にキスでもしてくれたら、完璧王子なのに。なんて思ったが、実際されたら多分サムいのでそこまではいい。


 ソファの隣に腰掛けた彼氏に寄りかかって、残りのとろけるアイスを平らげる。

 口の中でとろとろ溶けて、後には甘い味と、甘い気持ちが残った。

最後まで読んでいただきありがとうございます。もし気に入っていただけましたら、是非★評価いただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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