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お土産

作者: やまおか

 田舎に住む祖母から聞いた話です。

 今でこそ郊外にショッピングモールが建てられたこの町も、祖母が小さい頃はかなりの田舎だったそうです。買い物といえば商店街まで足を運ぶのが普通だったとか。

 今の祖母の家はただの広い家だけれど、昔は酒屋を営んでたそうです。子供の頃、祖母は親に頼まれてお使いに行かされていたこともあったとか。重たい酒瓶を持って歩くのは大変だったと言っていました。

 

 ある日、祖母はとある家へのお使いを頼まれました。祖母は嫌がりました。その家は町から離れた山の中だったので、帰るころにはもう友達と遊ぶ時間もなくなってしまいます。

 

 最初の頃はいやで仕方がなかったらしいです。こんな山の中にわざわざ住んでるやつなんて偏屈な人間だと思っていました。なにより山については色々な噂を聞いていたのも尻込みさせる原因でした。

 ですが、山の家に住む夫婦は祖母が来るとたいそう可愛がってくれました。その夫婦には子供ができなかったのもあるのでしょう。


「帰ったら、ご家族といっしょにどうぞ」


 お茶でもてなしてくれた後、帰りにはお菓子を持たせてくれたそうです。

 持ち帰れば確実に兄弟に取られてしまう。そう思った祖母は山のふもとまで降りると適当な石の上に腰掛けてお菓子の包みを開けました。山を眺めながら食べたお菓子はとてもおいしかったそうです。

 

 それからの祖母はお菓子目当てに山へのお使いを進んで引き受けました。山に向かうときは高い屋根のてっぺんを目指し、帰るときは山を後ろにして歩いて帰っていく。夫婦は帰るときに必ずお土産を渡してくれました。

 

 その日も山へのお使いの途中でしたが友人に声をかけられ、しばらくおしゃべりを楽しみました。気がつけば太陽の位置がだいぶ低くなっていました。祖母はお使いのことを思い出して急ぎましたが、山に着く頃には夕方になっていました。


「今の時間帰るのは危ない」


 夫婦は祖母に泊まっていくようにすすめました。家に電話しようとする夫婦を祖母は止めました。さぼっていたことがばれてしまえば、この家へのお使いを頼まれなくなると思ったからです。それに山の上の家といってもそれほど長い道ではないことを知っています。心配する夫婦に大丈夫だと強く言うと、それ以上は引きとめられませんでした。


「いいかい、山を降りるまでちゃんと持っているんだよ」


 帰りにはいつもどおりにお土産を渡されました。このときばかりは荷物になると思いましたが、断ってしまえば次に来たときはもらえないかもと受け取りました。


 日が落ちる前に山道を抜けようと祖母は急ぎました。でも、いつも通りの道を歩いているはずなのにどうにも胸騒ぎがしたそうです。森の中が静か過ぎたのです。横目に見える木々の間によどむ暗闇から何かが飛び出てくるのではと、早歩きだった歩調は小走りになっていきました。

 

 風も吹かず虫の声もないしんと静まり返った山道を進んでいると、道の先に人影が見えました。人がいたことにほっとすると同時に疑問も湧いてきました。この山道はあの夫婦の家以外にはつながっていません。

 それに『人』としてはその人影は大きすぎる気がしました。だけど町に通じる道はここしかないので、警戒しながら進むことにしました。


 近づくと自分の勘違いに気がつきました。そこにいたのは小学生の祖母よりさらに年下の女の子でした。どうしてこんな時間にこんな場所にという疑問のほかに、その格好が古臭い着物姿であることを不思議に思ったそうです。今の時代、若い子は洋服ばかりで、そんな格好をするのは老人ぐらいでしたから。

 

 祖母は少し警戒しながらもまずはあいさつをします。すると、女の子は待っていたというように満面の笑みで祖母のことをじっと見てきたそうです。きっとこの子は迷子で途方に暮れていたのだろうと思いました。

 

「この近くに住んでるの?」

 

 祖母の質問に女の子はうなずきました。どこの家の子なのだろうかと考えましたが、じきに日も暮れて山の中は真っ暗になってしまいます。放っておくわけにもいかず一緒に町に向かうことにしました。

 隣に立って歩き出そうとすると、女の子は何も言わずに急に祖母の手首をがしりとつかんできたそうです。その力は思いのほか強くてびっくりしましたが心細かったのだろうと我慢しました。


 片手にお菓子をつつんだ風呂敷を持ち、片手は女の子に掴まれながら山道を歩いていきました。静か過ぎる森の中では二人の足音が目立っていました。

 不安をまぎらわせようと女の子に話しかけました。だけど、女の子の答えに祖母は首をかしげました。住んでいる場所を聞けば、山の色んな場所を指差し。好きな食べ物を聞けば、山の果物や獣だと言うのです。

 変わった子だと思いながらとりあえず話を合わせてうなずいておきました。

 

 女の子の歩調に合わせて進んでいると、夕暮れだった空はすっかり黒々とした夜空になってしまいました。丸い月が山道を照らしてくれていたのは幸いでした。

 木々の隙間から差し込む光を頼りに山道を進んでいるせいか歩幅も短くなります。慎重に進んでいると女の子が握る力を強くしてきました。きっと不安なのだろうと思いましたが、さすがに痛みを感じ始めました。力を緩めるように言おうとしたところ、間の抜けた音がしました。それが腹の虫の音だと気がついて隣を見ると、女の子と目が合ったそうです。


「おなか、へったなぁ」

 

 彼女は祖母を見ながら口を開きました。暗いはずなのに赤々とした口内と、牙のように尖った歯がとても印象的だったそうです。

 そのとき感じたものは焦りだったのか恐怖だったのかわかりませんが、とにかくこの女の子をそのままにしておくのはまずい気がしたそうです。

 

「ちょっと待ってて、いいものがあるの」


「いいもの?」


 祖母が持っていた風呂敷を持ち上げて見せると、女の子はひくひくと鼻をかぎました。それまでずっと握っていた手を離してくれたので、自由になった両手で風呂敷包みを広げました。

 中にはあった四角い箱の蓋をあけるとふわりと甘い匂いが広がりました。

 

「これなあに?」

 

 祖母が差し出した箱の中身を見て女の子は不思議そうに首をかしげました。茶色い帽子をかぶった黄色いカステラをしげしげと眺めていました。

 

「おいしいよ」

 

 祖母にすすめられて指先でつまんだ一切れをぱくりと口にすると、その顔に笑みをうかべて「甘い」とうれしそうにつぶやきました。


「そうでしょ、カステラっていうのよ」


 はじめて自分が食べたときと同じ反応に祖母もうれしくなったそうです。自分も一切れ取ると口にひょいと放り込みました。なれない夜の山道で気を張っていたせいか、その甘さは心を落ち着けてくれました。


 二人でカステラの箱を挟んで座って、一切れ二切れと食べていくうちにカステラはあっという間になくなりました。女の子は空になった箱を残念そうに見ていた。


「おわり?」


「また今度食べさせてあげるよ」


「……まだ足りないけど、それならいいか」

 

 空箱を包んだ風呂敷をもって立ち上がりましたが、一旦休憩したせいか残りの山道がとても億劫に感じられました。


「もうちょっと時間かかりそうだね」


「だいじょうぶ、すぐだよ」


 女の子にまた手をつかまれましたが、それは最初と違って優しい手つきでした。歩きだした彼女はどんどん前を進んでいきました。それはまるで暗闇で目が見えているようだったそうです。

 じきに山道が終わりアスファルトで舗装された道が見えました。

 

「よかった、帰ってこられたみたい」

 

 街灯の明かりにほっとしていると、握っていた手がぱっと離れました。


「ねえ―――」


 女の子を送るために家の場所を聞こうと声をかけました。だけど、返事がありません。さっきまで手をつないでいたはずなのに。

 周囲を見回しましたが人影はどこにもありません。気がつけば、消えていた虫の音も戻ってきていました。

 

 その後、家に帰った祖母は帰りが遅いことを叱られました。女の子のことも話しました。仕事柄、町中の家にお邪魔する両親でしたが、そんな子のことは聞いたことがないと言われたそうです。

 

 狸に化かされたのか。あの山ではときどきそんな話が出てくるそうです。しかし、あの延々と続いているような暗い山道も、おいしいとカステラをほおばる女の子の笑顔も幻だったとは思えませんでした。

 でも、女の子のことを探すことはできませんでした。心配した親にあの家へのお使いは頼まれなくなり、それ以来女の子と会うことはありませんでした。


 大きくなった祖母がひさしぶりに山の家に住む夫婦に会うと大層喜んでくれたそうです。思い出話の合間に、山道で会った女の子のことを話してみたそうです。狸だったのだろうかと笑い話にするつもりでしたが、祖母の話を聞いた夫婦は奇妙な顔をしていました。


 訳を聞いてみると、祖母もまた同じ表情をしました。昔からこの山には鬼が住んでいる。何か食べ物を渡せば見逃してもらえるが、なにもなければ食べられてしまう。

 今時こんな話なんてと思いながらも、祖母が帰るときにはいつも菓子をもたせていたのだと。


 

 祖母の話を思い出したのは、目の前の女の子がきっかけだった。赤みがかった髪に透き通るような白い肌、今時めずらしい着物姿をした女の子だった。祖母の話に出てきた子に似ている気がした。


 夏休みだからと祖母の家に連れて来られたはいいが暇を持て余していた。散歩の途中、見かけた山道に入ると彼女が待っていた。

 待っていたという表現はおかしいだろう。彼女とは初対面なはずなのだから。だけど、うれしそうにこちらに駆け寄ると腕を握ってきた。子供とは思えない強い力に驚いていると、口を開いた。


「おなか、へったなぁ」


 そう言って開いた口の中は血のように真っ赤で、尖った犬歯が特徴的だった。


 そういえば山に行くと言ったとき、祖母は風呂敷包みを渡そうとしてきた。だけど荷物になると断った。

 

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