表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

三題噺もどき

墓参り

作者: 狐彪

三題噺もどき―ひゃくななじゅうろく。

 お題:夕日・心待ちにする・握り返された手



 セミの鳴き声が、鈴の音に変わる。

 畑に飛び交うトンボがやけに目に付く。

 彼らはようやく出会えた仲間たちと、その出会いを喜んでいるのか。上へ下へと、踊るように遠くへ進んでいく。

「……」

 さすが田舎の風景というか。

 絵に描いたような秋らしい景色が広がっている。しかしまぁ、日中はまだ暑いし。秋には程遠い気もしなくはないのだが。

 それでも人間の体感なんてお構いなしに、景色は巡るし、季節は変わる。

「……」

 目の前には、我が家の墓が建っている。

 石の積まれたそれには、母方の性が刻まれている。すれ違いで誰か来たのか、すでに一本の線香がたっている。その独特な臭いを、風に混ぜ、運んでいく。

「……」

 少し遅めの長期休み―夏休みをもらったので、たまにはと祖母の家を訪れたのだ。

 ついでに、というか私としてはこちらが本命なのだが。私が幼い頃に亡くなった祖父の墓参りに来ていたのだ。

「……」

 昼過ぎにこちらにたどり着いて。あれよあれよと、いつもの癖で親戚周りや祖母との会話を楽しんでいたら、夕方になってしまったのだ。

 気づいたころには、周囲がすでに橙に染まりつつあった。

 夕日が照らす田舎町。

 ん。

 まさに、秋という言葉が似合いそうで。なんだが、とてもいい。

「……」

 ついでにと、渡された花を花瓶に入れ、私も線香をあげる。

 チャッカマンで火を点け、緑の棒の先端が一瞬赤く染まる。次の瞬間には、灰と成り行き朽ちていく。先端からこぼれる煙は、鼻をつくような独特の匂いで、正直これは好きではない。

「……」

 既に立っていた一本の横に、立てる。

 そのまま、静かに目を閉じ、手を合わせる。

 特に、何を思うわけでも、何を祈るわけでもない。

「……」

 ただ目を閉じ、合わせるだけ。

 それに意味があるのかは、知らない。幼い頃からそうしているから、その行動は嫌でも身に沁みつくし、それはもう落とせやしない。

「……」

 ほんの数秒。

 そうして、じっとして。

「……」

 す―っと、目をあけ。

 顔を上げる。

「……」

 そのときふと。

 幼かったあの頃を思い出した。

 祖父が亡くなったあの日の事が、頭をよぎった。

「――」

 幼かったあの頃。

 まだ五歳かそこらの子供だった頃。

 私はあの頃より、ずっと前から祖父の事が大好きだった。

 事あるごとに祖父母の家に行き、その間中ずっと、祖父にべったりだった。

 特にあの頃は、生まれたばかりの手のかかる妹もいて。母や祖母はそちらにつきっきり。私の相手をしてくれるのは、父と祖父の二人。父は、自分の実家の世話もあったから、家には祖父と私二人だけ。

 そりゃ懐くだろうよ。従妹なんかもまだいなかったころだし。

「……」

 祖父が亡くなったその日。

 私は、母に連れられ、祖父の入院していた病院を訪れていた。

 あの頃は入院している理由とか、容体がよくなかったのだとか、そんなの分かっていなかったから。

 ただひたすらに、祖父にまた会えるのだと心待ちにしていた。

 あんなことを話そう、こんなことを聞こう。なんでおじいちゃんだけ、ここに居るんだろう。前来たときはおうちにいたのに―。

 そんなことばっかり。

「……」

 だけどその日。

 静かに息を引き取った。

 少し遅れて病室に入った母と私は、その部屋の空気に固まってしまった。

 幼いながらに、それはなんとなくわかった。

「……」

 その直前まで、いつものように、抱いてくれとせがんでいたように思う。

 けれど、病室に入った瞬間、ただ静かに

『おじいちゃんは?』

 ただそれだけ。

 静かに言った気がする。

「……」

 母は私を、後ろに立っていた父に預け、外へと追いやった。

 きっと、泣いている姿を見られたくなかったのだろう。

 その後は、まぁ、いろいろ。

「……」

 今はもう、ほとんどがおぼろげになっている。

 祖父の声も。

 遊んだことも。

 あの優しい時間の事も。

 ―なくなる直前、弱弱しく握り返してくれた、あの手の事も。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ