墓参り
三題噺もどき―ひゃくななじゅうろく。
お題:夕日・心待ちにする・握り返された手
セミの鳴き声が、鈴の音に変わる。
畑に飛び交うトンボがやけに目に付く。
彼らはようやく出会えた仲間たちと、その出会いを喜んでいるのか。上へ下へと、踊るように遠くへ進んでいく。
「……」
さすが田舎の風景というか。
絵に描いたような秋らしい景色が広がっている。しかしまぁ、日中はまだ暑いし。秋には程遠い気もしなくはないのだが。
それでも人間の体感なんてお構いなしに、景色は巡るし、季節は変わる。
「……」
目の前には、我が家の墓が建っている。
石の積まれたそれには、母方の性が刻まれている。すれ違いで誰か来たのか、すでに一本の線香がたっている。その独特な臭いを、風に混ぜ、運んでいく。
「……」
少し遅めの長期休み―夏休みをもらったので、たまにはと祖母の家を訪れたのだ。
ついでに、というか私としてはこちらが本命なのだが。私が幼い頃に亡くなった祖父の墓参りに来ていたのだ。
「……」
昼過ぎにこちらにたどり着いて。あれよあれよと、いつもの癖で親戚周りや祖母との会話を楽しんでいたら、夕方になってしまったのだ。
気づいたころには、周囲がすでに橙に染まりつつあった。
夕日が照らす田舎町。
ん。
まさに、秋という言葉が似合いそうで。なんだが、とてもいい。
「……」
ついでにと、渡された花を花瓶に入れ、私も線香をあげる。
チャッカマンで火を点け、緑の棒の先端が一瞬赤く染まる。次の瞬間には、灰と成り行き朽ちていく。先端からこぼれる煙は、鼻をつくような独特の匂いで、正直これは好きではない。
「……」
既に立っていた一本の横に、立てる。
そのまま、静かに目を閉じ、手を合わせる。
特に、何を思うわけでも、何を祈るわけでもない。
「……」
ただ目を閉じ、合わせるだけ。
それに意味があるのかは、知らない。幼い頃からそうしているから、その行動は嫌でも身に沁みつくし、それはもう落とせやしない。
「……」
ほんの数秒。
そうして、じっとして。
「……」
す―っと、目をあけ。
顔を上げる。
「……」
そのときふと。
幼かったあの頃を思い出した。
祖父が亡くなったあの日の事が、頭をよぎった。
「――」
幼かったあの頃。
まだ五歳かそこらの子供だった頃。
私はあの頃より、ずっと前から祖父の事が大好きだった。
事あるごとに祖父母の家に行き、その間中ずっと、祖父にべったりだった。
特にあの頃は、生まれたばかりの手のかかる妹もいて。母や祖母はそちらにつきっきり。私の相手をしてくれるのは、父と祖父の二人。父は、自分の実家の世話もあったから、家には祖父と私二人だけ。
そりゃ懐くだろうよ。従妹なんかもまだいなかったころだし。
「……」
祖父が亡くなったその日。
私は、母に連れられ、祖父の入院していた病院を訪れていた。
あの頃は入院している理由とか、容体がよくなかったのだとか、そんなの分かっていなかったから。
ただひたすらに、祖父にまた会えるのだと心待ちにしていた。
あんなことを話そう、こんなことを聞こう。なんでおじいちゃんだけ、ここに居るんだろう。前来たときはおうちにいたのに―。
そんなことばっかり。
「……」
だけどその日。
静かに息を引き取った。
少し遅れて病室に入った母と私は、その部屋の空気に固まってしまった。
幼いながらに、それはなんとなくわかった。
「……」
その直前まで、いつものように、抱いてくれとせがんでいたように思う。
けれど、病室に入った瞬間、ただ静かに
『おじいちゃんは?』
ただそれだけ。
静かに言った気がする。
「……」
母は私を、後ろに立っていた父に預け、外へと追いやった。
きっと、泣いている姿を見られたくなかったのだろう。
その後は、まぁ、いろいろ。
「……」
今はもう、ほとんどがおぼろげになっている。
祖父の声も。
遊んだことも。
あの優しい時間の事も。
―なくなる直前、弱弱しく握り返してくれた、あの手の事も。