古代ローマ詩『カエサル讃歌』
世界の神話伝説や歴史を題材にした詩、第7弾の舞台は古代ローマ。共和政の国ローマを帝国に変えた英雄カエサルの生涯を歌います。この詩を、『ローマ人の物語』シリーズの著者・塩野七生先生や、漫画『テルマエ・ロマエ』の作者ヤマザキマリ先生をはじめ、古代ローマを愛するすべての方々に捧げます。
いざ歌わん、ローマの偉大な英雄カエサルの 波乱に満ちた生涯を。
時は紀元前1世紀。ユリウス=カエサル若かりし頃、ローマは内乱により荒れたりけり。
マリウス率いる平民派、スッラが束ねる閥族派、二つの派閥が熾烈な争い繰り広げ、ローマの誇り、父祖の遺風も忘れられ、心荒みし民はただ 麺麭と見世物求めるばかり。
老いたるマリウス亡くなりて、冷酷なる独裁官、非情なるスッラも世を去りし後、終らぬ内乱収めんと、三人の英傑 手を結びたり。
海賊討伐で名を上げし 大将軍ポンペイウス。
剣奴スパルタクスの乱鎮めたる 大富豪クラッスス。
誰もが心惹かれる魅力もて 民の支持集めしカエサルなり。
おおカエサルよ、他者の追随許さぬ御身の人気、その所以は容姿にあらず、人柄にあり。
冷徹なる独裁者スッラに睨まれようと我を通し、海の悪党、海賊に捕らわれようと恐れない、大胆不敵な自信家ながら、家計は借金まみれで火の車。おまけに好色、人妻に手を出すはげ頭。
されど口を開けば弁舌さわやか、機知に富み、文を書けば筆先より「来た、見た、勝った!」の三言のごとく 無駄なき名文流れ出す。
しかも敵を笑って許す寛容さ、民への気前のよさを合わせ持ち、たとえ借金踏み倒されるとも、たとえ妻を寝取られるとも、不思議と憎めぬ人たらし。
その人柄ゆえにカエサルよ、御身はポンペイウスとクラッスス、犬猿の仲たる二人の心、見事動かし、手を組ませたり。
かくて始まりし三頭政治。されど他の2人に比べ富もなく、武勲も乏しきカエサルは、北の大地ガリアへと 軍勢率いて遠征し、功を立てんともくろみたり。
カエサル祖国を離れ、異邦において数多の苦難に見舞われながら、天賦の才なる弁舌活かし、語りかけたり、兵どもに。
当代一の雄弁家 キケロも舌を巻きたるカエサルの、実に巧みな話しぶり。そは流れる水のごとく 滔々として淀みなく、自在に緩急、抑揚つけて、時に激しく、時に穏やかに、兵一人一人に語りかけ、叱咤激励、鼓舞したり。
かくてローマの兵たちを 奮い立たせたカエサルは、名高きアレシアの戦いにて、ついに敵将ウェルキンゲトリクス、ガリアの首領を降伏せしめ、北の大地を属州となす。
勝利を収めしカエサルは、帰路に就きたり、意気揚々と。故郷ローマに凱旋し、絹の国の錦を飾るため。
されど、折しもローマでは、クラッススが戦に斃れ、残るポンペイウスと、カエサル嫌う貴族たち――元老院が手を結び、英雄追い落とさんと謀りたり。
ガリアとローマ本土の境界線、ルビコン川を前にして、馬上のカエサル、水面を見つめ、渡るべきか、渡らぬべきかと逡巡す。
苦悩の末に 心を決めしカエサルは、兵たち前に目を見開き「賽は投げられた!」と叫びたり。
かくて一線越えたるカエサルは、ポンペイウスを遁走せしめ、元老院を抑え込み、無比なる権力手に入れたり。
されど古今東西問わず、奢れる者は久しからず、盛者必衰は世の理。
終身独裁官となり、王者のごとく振る舞うカエサルに 共和政の支持者ら反発し、ついに彼らの凶刃カエサルに、突き立てられたり、二十度余り!
上衣を朱に染めたるカエサルは、刺客の一人に目を留めて、
「ブルトゥス、息子よ――お前もか」
そうつぶやいて、息絶えぬ。
されど、おお、カエサルよ。祖国を救わんとする御身の遺志は、新たな英雄オクタウィアヌス――ローマの初代皇帝アウグストゥスに受け継がれ、ついに内乱の時代は終わりたり。
おお、カエサルよ、カエサルよ。御身、果て無く権力求める野心家ながら、祖国を想い、その未来 憂う心に偽りはなし。
ゆえにカエサル、御身は死後なお多くの人に慕われて、ユピテル、ユノー、ミネルウァら、ローマの数多まします神々の 仲間入りを果たしたり。
さらば、ローマの英傑カエサルよ。
時が流れ、この世に再び混乱訪れしとき、果たして現ることあらんや、今一度――御身のごとき英雄が。