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88.あの日の誓い

 夜のファリパスト城。無数に並んだ窓のうち一つから、温かい光が漏れていた。


「……失礼するぞ、戦士長」


「ミハイルか、入っていいぞ」


 その光は戦士長室のものだった。デスクに座って作業をしていたクリスの前に、ミハイルが現れた。


「どうした? 何か用事か?」


「明日、ルカを世界樹まで連れていく。そのために一度城から離れるから、その許可を取りに来た」


「真面目かよ……そんなもん何時間でも行ってこい。つーか、俺に許可を取りに来ることでもねーよ」


「しかし、戦士長……」


「勤務時間外だ。戦士長じゃなくてクリスって呼べよ」


 ミハイルは数秒ためらったが、クリスの発言に間違いはないと判断し、仕方なくそうすることにした。


「で、こんな時間まで仕事か? 戻ってきたばかりで忙しいな」


「それはクリスも同じことだろう。それに、私の場合はただ仕事が溜めていただけだ」


 ミハイルは知っている。クリスは口先こそおどけているが、根は兵士の誰よりも真面目で、情熱的な男であるということを。


 彼のデスクに山積(さんせき)された書類の数が何よりの証拠だ。こんな時間まで残って、毎日仕事を処理しているなんて、ミハイルにはとても耐えられたものではない。


「何かできることがあれば手伝おうか? 大変だろう」


「いいや、こんなことで助けを借りるような俺じゃねーよ。心配すんな」


 クリスは書類にハンコを押し、ふうと息をつく。疲れた目を休めるため、窓を開けて遠くの街並みを見つめた。


 秋の夜の風は心地がいい。涼しいような、まだ暖かいような、絶妙な温度の風が吹いてくる。ぼうっと夜の街を眺めるクリスを、ミハイルは黙って見ていた。


「……こうしていると、思い出すな。昔お前と話したことを」


「ああ。あの日の約束は忘れもしない」



 10年以上前のことである。ミハイルとクリスは同期で王国の兵士となった。二人は訓練や日頃の勤務を通し、親交を深めていく。


この国の民を守れるような、偉大な兵士になろう。若き日の二人はそう誓い、互いに切磋琢磨(せっさたくま)を続けていた。


 しかし、平穏な日々は続かない。二人が兵士となった1年目に邪教徒たちがドグランズで蜂起(ほうき)をしたのだ。


 当然、兵士になったばかりの二人は何もすることができず、ただ拳を握るだけだった。


 泣き叫ぶ子供たち。地面に流れる血液。建物の下敷きになった人たち。


 どうして、自分たちは何もできないのだ。


 自分たちが掲げた理想は、絵空事でしかなかったのか――。


 無力感に打ちひしがれ、二人は迷った。邪教徒たちの蜂起が終わってもなお、二人の心が晴れることはなかった。


 自分たちは無力だ。強くなければ民を守ることはできない。愛する者も誰一人として守れない。


 二人はある日、誓った。


 必ず強くなろう。圧倒的な努力をしよう――と。


 そして、二度と悲しむ人が増えないようにしよう、と。



「思えば、ちゃんと戦士長になって夢を叶えたのはクリスだけだったな」


「まだ夢が叶ったわけじゃないさ。今の役職も過程に過ぎない。それに、ミハイルだってあの日から強くなっただろう?」


「……私たちは、若かったな」


「……ああ、若かった」


 街を眺めながら、感慨にふける。確かに、あの日の二人は若かった。情熱の炎はメラメラと燃え盛り、二人は肉体を焼かれるようにしてひたむきに理想に向かって努力を続けた。


 今になって、二人は若さを失った。烈火のような勢いも、昔に比べればない。


 しかし、二人の中の炎は静かに、それでも確かに燃え盛っていた。


「さーて。よし、目もだいぶ休まってきたし、作業再開っと!」


 クリスは窓をバタリと閉め、再び席に着いた。積まれた書類の一枚に目を通す。


「本当に手伝わなくていいのか?」


「ああ。帰る時間は決めてるから安心しろ。なんたって……」


 クリスは懐に手を突っ込み、何かを探し始める。ミハイルは嫌な予感を察知した。


「アンジェラが待ってるからなああああああ!!!」


 やはり、とミハイルは頭を抱える。クリスが掲げたのは、娘からもらった自分の似顔絵だ。


「ムフフフ……アンジェラ、もう少し待っててくれよ……パパが帰ってくるからな……」


「……クリスよ。娘が好きなのはわかるが、その、もう少しなんとかならないか?」


「ああん!? お前、アンジェラの可愛さがわからねえのかよ!? 目玉ついてんのか!?」


「いや、確かに可愛いのはわかるのだが……」


「ああん!? 何が可愛いだてめえ! アンジェラはパパと結婚するんだよ!!」


 始まった。ミハイルはため息をついた。クリスの娘に対する愛情はほとんど異常だ。


 娘というのは、そんなに可愛いものなのだろうか。ミハイルにはわからない。修羅(しゅら)のごとく努力を重ねていた男が、別の方向にその情熱をぶつけたと思えばこうなるのは必然な気もするが――それでも、限度というものがある。


「いいかミハイル! アンジェラはお前には渡さねえからな! アンジェラの花嫁姿を見るまで俺は死なねえって決めてるんだよ!」


「勝手にしてくれ……」


 付き合いきれないとばかりに、ミハイルはクリスに背を向け、廊下へと歩いていた。


 光が漏れる窓からは、クリスの怒号も一緒になって漏れ出していた。


ここまで読んでくださってありがとうございました!


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