平凡な僕には非凡な妹と弟がいるんだけどさ
そこまで長くはないです。
皆さんこんにちは。
僕の名前は御手洗草司です。
この春から高校三年生になりました。
つい昨日始業式を終え、今日から早速通常授業が始まる。
僕は毎日6時に起きて朝ご飯を作るんだけど、今日からはそれに加えてお弁当まで作らないといけない。
まぁ好きでやってるから良いんだけどね。
カリカリに焼いたトーストにバターを乗せる。
バターが溶けて芳醇な香りが広がった。
更に半熟の目玉焼きとハムを散りばめたサラダを盛り付け、最後に昨夜作っておいたコンソメスープを卓上に置いた。
うん、我ながらなかなか良い出来だね。
……もう7時か。
冷める前にあの子達を起こさないと。
同居人二人の寝室に向かおうとすると、ちょうど片方の部屋から眠そうな顔で少女が出てきた。
「ふぅわぁ…ねむ………あ、おはようございます兄さん……」
「おはようハナ。朝ご飯できてるから、一度顔を洗っておいで。」
「はぁーい……」
寝ぼけ眼でトテトテと洗面所へ向かう彼女は、僕の妹である蘆家花だ。
ハナは僕の二つ下の高校一年生。
僕と同じ高校にこの春入学し、先日の入学式では新入生代表まで務めていた。
おまけに中高生に大人気の現役モデルでもある。
ハーフである母さん譲りの艶やかな栗毛。
パッチリとした青みがかった瞳。
実年齢より大人っぽい丹精な容貌は、起き抜けはいつも幼く見える。
でもそこが可愛い。
僕の自慢の妹だよ。
さて、もう一人はまだ夢の中だろうし、起こしに行こう。
ハナの部屋の隣、叩き慣れた扉をコンコンとノックする。
中から声は聞こえてこない。
やっぱり寝てる。
いつもの事だし、開けちゃえ。
ガチャッ
「おーいミノルー、そろそろ起きてー。」
布団に包まったそれがうぅ…と呻き声を上げた。
「あと1時間………」
「いや、ミノルが遅刻しても良いなら僕は構わないけどね………朝ご飯冷めちゃうよー。」
「朝ご飯っ!!」
朝ご飯というフレーズに反応してバッと勢い良く起き上がる。
ハナと同じ鮮やかな栗毛。
艶やかな髪質のハナと違いサラッサラの髪質だが、今は寝癖でエクスプロージョンしていた。
「はい、おはよう。顔洗っておいで。ハナはもう起きてるよ。」
「兄さんおはようっ!わかった!」
ドタバタと洗面所へ向かう少年。
彼は僕の弟でありハナの双子の弟でもある蘆家実だ。
ハナに似て大人びた顔立ちをしているけど、家族の前では幼い言動を見せる事も多い。
見た目は誰もが認める美少年である事は間違いない。
ハナに負けず劣らず自慢の弟だね。
ちなみにミノルはお茶の間で大人気の現役俳優だったりする。
同じクォーターなのにどうして僕と弟妹はこれほど違うんだろうね。
別に良いんだけどね、うん。
ちなみに僕は黒髪黒目のザ・日本人だ。
顔の造形自体はやや西洋の血を感じるが、眠そうな目とぽやーっとした雰囲気が"パッとしない"印象をもたらしている、らしい。
仕方ないじゃないか、生まれつきなんだから。
別に眠たい訳でも注意散漫に考え事をしている訳でもない。
僕は素でこんな顔なんだ。
雰囲気?そんなもんどうやって変えろっていうんだ。
ただ表情の変化が薄いだけで"何考えてるかわからない奴"扱いしやがって。
僕だって怒る時は怒るんだぜ。
………あれ、最後に怒ったのっていつだっけ?
ミノルが僕の寝顔を盗撮した時?
いや、ハナが僕の下着を洗濯機から盗んだ時か?
うーん、どれも大して怒った記憶がない。
………よし、この話はここで終わろう。
とにかくお腹を空かせた弟妹が泣く前に朝ご飯を食べるとしよう、そうしよう。
「兄さーん!」
リビングから聞こえる僕を呼ぶ声。
それに応えるようにスタスタと部屋を後にした。
ハナとミノルが生まれたのは、僕がまだ2歳の頃だった……はず。
その頃の記憶なんてないんだけどね。
ともかく、二人は我が御手洗家の次男と長女として産まれてきた。
僕達の父さんは大手芸能会社の敏腕プロデューサー。
若い時から数々のスターを生み出したとして業界では名の知れた人物らしいよ。
そして母さんは日本が誇るハリウッドスター。
世界的な注目を浴びる大女優である。
昔から母の出演作品は山ほど観てきた。
けど、そんな両親から産まれたとは思えないほど平凡な僕には"面白いね"くらいしか感想が浮かばないんだよね。
平凡な僕と違ってハナとミノルはしっかりと両親の才能を受け継いでいた。
西洋人の父を持つハーフ美女である母さんの容姿、更にミノルはアクロバティックなアクションを軽々こなす母さんの運動能力を継承し、ハナは父さんの明晰な頭脳を継承した。
僕?僕は父さんの薄い表情と母さんの適当さを受け継いだよ。
これぞ逆出涸らし。
後から生まれてくる弟妹に才能を残しておいてあげるなんて、僕は兄の鑑だね。
そう考える事で僕は長年自らを保ってきた。
今では欠片も嫉妬しない怠惰な人間の出来上がり。
話を戻そうか。
父さんも母さんも忙しい人達だったけど、それなりに幸せな家庭だったよ。
それが崩れ始めたのは僕が小学校四年生の時だったと思う。
父さんと母さんが喧嘩をする事が多くなったんだ。
まだまだ子どもだった僕には原因は分からなかったけど、漠然とした危機感はあった。
父さんも母さんも仕事に打ち込む時間が増えていき、ついには僕達の食事は時おり卓上に置かれる万札に変わった。
「これでご飯食べておいて。貴方はお兄ちゃんなんだから、二人の面倒をしっかり見るのよ。」
それだけ言って出て行く時の母さんの表情は今でも思い出せない。
でも、僕がすべき事はしっかりと理解してた。
だって万札持って呆然とする僕を、可愛い弟と妹が不安そうに見てたんだもの。
どうにかしなきゃって思うよね。
たぶんこれが、僕が本当の意味で"お兄ちゃん"としての自覚を持った瞬間。
最初はファストフードや出来合いのお弁当なんかを買って三人で食べてた。
父さんも母さんも不十分しない程度のお金を置いて行くものだから、そんな生活でもお金には困らなかった。
でも、幼い二人がたまに泣きそうな顔でむしゃむしゃ食べているのが嫌だったんだ。
だから料理を始めた。
道具自体はあれこれ揃っていたから、材料を買ってきて作るだけ。
初心者向けの本を買って試行錯誤した。
最初は酷いもんだったよ。
ご飯はぐちゃぐちゃ、卵焼きは焦げて真っ黒、野菜は不揃いでボロボロ。
でも二人は笑って食べてくれた。
不出来な兄が作ったお世辞にも美味しいとは言えない料理を。
美味しい美味しいって言いながら。
そんな訳ないだろ。
美味しい訳ないじゃん。
無理すんなよ。
何度言っても二人は満足そうに笑う。
それからは料理以外にも家事全般をするようになった。
ハナとミノルも幼いながらに手伝おうとしたが、意外な事に二人には家事の才能はないようだった。
二人にできない事が僕にはできる。
ますます家事が好きになった。
中学生に上がった頃には一通りの家事は習慣化していた。
この頃には母さんはほぼ家には帰って来ず、父さんが週に何度か訪れる程度であった。
そして俺が中学二年生だった年の夏、両親は離婚した。
呆気ない終わりだったよ。
珍しく両親が揃ったと思ったら、離婚するっていうんだもの。
そして俺は父さんに、弟と妹は母さんに引き取られる事になった。
僕は反対だったし二人は僕以上に猛反発した。
だけど子どもは所詮子どもでしかない。
早々に諦めた僕は母さんに条件を出して二人を説得した。
その条件とは、母さんがちゃんと二人の面倒を見ること。
もし育児放棄でもしようものならどこにいても探し出して二人を連れて行くと強く訴えた。
母さんが条件を飲んだ事で僕が二人を説得し、離別が決定した。
ハナとミノルは母さんと共にそのままの家で暮らす。
二人は母の旧姓である蘆家の子になった。
そして僕は父さんと共に引っ越した。
父さんは母さんと別れて精神的な余裕ができたようだった。
以前より頻繁に家に帰ってくるようになったし、僕と話す機会も増えていった。
僕が高校受験に合格した時も、珍しく破顔して喜んでくれた。
しかしその直後、父さんの転勤が決まった。
関西圏の出身者で組まれた新アイドルグループ。
会社としても関西圏への強力な一手としてかなり力をいれているらしいそのグループのプロデューサーとして、経験も実績も名誉もある父さんに一任されることとなった。
父さんは渋っていたけどね。
自分で言うのもなんだけど、折角仲良くなれた息子と離れるのが嫌だったんじゃないかな。
でも父さんが仕事好きなのも知っていたから、僕が後押しして父さんの転勤が決定した。
高校は既に決まってるから僕はついていけない。
いや、編入なりなんなりするのが普通なのかもしれないけど、僕は一人暮らしするのを選んだ。
家事は得意だしお金を浪費するような趣味もない。
父さんもそこらへんは何も心配してなかった。
かくして、僕は高校一年の春からはれて一人暮らしの身となったんだ。
それから二年、今では主婦顔負けの家政力とプロ並みの料理の技量を身につけたと自負している。
……ちょっと言いすぎたかもしれない。
けど許してね、他に誇れるものがないんだ。
ともあれ、僕は高校三年目も変わりなく平凡に過ぎゆくものだと思っていた。
だが事態は一変する。
ハナとミノルが僕の通っている高校に入学したからだ。
二人があの学校を受験しているのさえ知らなかった。
僕か高校生になった時点で、母さんに僕と同じ高校に行きたいと伝えていたらしいが、母さんがそれを許可するとは思えなかった。
僕と母さんの仲は良好とは言い難いから。
ハナとミノルに聞いたところ、やっぱり最初は反対されたみたい。
しかし二人があまりに強く願うものだから、母さんはある課題を出した。
その課題をクリアすれば好きにして良い、と言われたんだって。
その課題とは、二人ともが芸能人として一定の成功をおさめること。
しかも、母さんの名は使わずに。
母さんは自慢の息子と娘に、自分と同じ芸能の世界へ来て欲しかったんだろうね。
正直かなり厳しい課題だと感じたが二人は難なくクリアしていた。
ハナは大手三社の雑誌の表紙を飾り、15歳にしてカリスマモデル"HANAKO"として活躍している。
ミノルは初ドラマで主演を飾り、数々の話題作に出演し高い評価を得ている。
二人が芸能界入りしてあっという間に有名になっていったのは知っていたし、ハナが載ってる雑誌やミノルの出演作は僕も見ていたけど。
まさかそれが僕と同じ高校に通いたいが為、なんて考えもしなかった。
二人が僕の知らない凄い人になってるみたいで寂しい気もしていたが、久し振りに会ってみればなんてことなかった。
ハナもミノルも昔のまま、こんな僕を慕ってくれる可愛い弟妹のままだったんだ。
二人は高校に通う事だけでなく僕と同居する事まで母さんに認めさせていた。
その条件は芸能人としての質を落とさないこと。
まぁこの二人なら大丈夫だろう。
だってハナとミノルは、僕の自慢で、最愛の弟妹だからね。
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【妹:花視点】
皆様こんにちは。
私は愛するソージ兄さんの妹、花です。
この春から高校一年生になったばかりですが、現役のモデルとしても活動しております。
自分で言うのもなんですが、私は美少女です。
これは過信でも自惚れでもなく、純然たる事実です。
兄さんも私を可愛いと言ってくれました。兄さんラブ。
これまで幾度も異性からの告白を受けました。
しかし私は告白された数だけ謝罪を繰り返しました。
この身も心も既に愛する兄さんに捧げたもの。
他の男性を愛することなどできませんし、するつもりもありません。兄さん愛してる。
兄さんは私にとっての全てです。
兄さんだけがいれば私は他に何もいりません。
私の本当の家族は兄さんだけです。
……あ、特別にミノルは入れてやっても良いです。爪先くらいは。
兄さんは昔から優しくて頼りになる人でした。
常にぼんやりしてて眠そうで人畜無害が服を着て歩いているような人です。兄さん可愛い。
しかしそんな見た目からは想像もできない程、実はフットワークも軽いし頼りになるんです。
私とミノルが小学校二年生の頃、お父さんとお母さんの仲が悪くなりました。
お父さんは毎日朝早くから夜遅くまで仕事に出るようになり、お母さんは帰ってこない日が徐々に増えていきました。
ミノルは泣きそうな顔をしていました。
たぶん私もそんな顔をしていたのだろうと思います。
でも、何もできない、何もわからない私達を導いてくれたのが兄さんでした。兄さんかっこいい。
兄さんは私達がひもじい思いをしないようにちゃんとご飯を買ってきてくれて、学校の用意も手伝ってくれました。
それでもたまに私達が手作りのご飯が食べたくて、でも言えなくて涙を我慢していると、ある日から兄さんは料理を始めました。
最初は失敗ばかりしていましたが、それでも私にとっては何より素敵なご馳走でした。
私もミノルもその頃から兄さん兄さんって後を追うようになりました。
私が兄さんを"兄以上"として見るようになったのは、小学校三年生の頃でした。
学校での勉強も進み、皆が自分の名前を漢字で書くようになると、誰かが気付いてしまったのです。
私達の名字、"御手洗"がトイレを表す言葉でもあるという事に。
職員用トイレに御手洗いと書かれているのを見たのでしょう。
その日から私の渾名は"トイレの花子ちゃん"になりました。
たぶんちょっとしたからかいのつもりだったのでしょう。
三年生くらいになると男女の意識的な区別もついてきますし、男の子は可愛い女の子に意地悪をしたくなるものらしいですから。
でも私は便所の妖怪扱いされるのが悔しくて仕方ありませんでした。
ショックで学校を休むようになりました。
そんな私を兄さんが救ってくれたのです。
それも、とても兄さんらしいやり方でした。
いじめっ子を懲らしめた?違います。
兄さんはそんな野蛮な事はしません。
気にする事はないと慰めた?違います。
兄さんはそんなありきたりな事言いません。
正解は、"トイレの花子さんが出てくる漫画やアニメやドラマ等をひたすら私に観せ、いかにトイレの花子さんが魅力的な存在であるかを褒め称える"でした。
兄さんは私と一緒に学校をサボり、ただひたすらトイレの花子さんは綺麗だとか可愛いとかかっこいいとかイカしてるとか言葉の限りを尽くして褒めちぎりました。
そして私は見事に調きょ………洗脳され、トイレの花子さんと呼ばれる事を誇りに思うようになりました。
ちなみに兄さんにならいくらでも調教して欲しいです。ドSな兄さんも素敵。
それからも私は兄さんに度々助けられ、兄としても男性としても愛するようになったのでした。
モデルになったのも兄さんの為。
自分を磨いてより綺麗になろうとするのも兄さんの為。
モデルを辞めても兄さんを養っていけるように勉学にも励んでいます。
兄さんの使い古した下着を集めるのだって兄さんの………いえ、それは私の為でした。
勘違いしないで下さい、変態ではありません。
ただ嗅いで被って噛んで舐めて悦に浸るだけです。
そう簡単に手に入るものではないので大切に使っています。
兄さんのお下着様もきっとご満悦でしょう。
本当は脱いだばかりの下着をいただきたいのですが、兄さんはぼんやりしているように見えて異常に警戒心が高いのです。
まるで野生の猫のようです。
……猫の兄さん…………じゅるり。
話がそれましたが私が何を言いたいかというと。
兄さんは私の自慢で、最愛の兄だという事です。
あとできれば脱ぎたてホヤホヤのおパンツ様を私にお恵み下さい。兄さん大好き。
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【弟:実視点】
皆さんこんちは。
俺は尊敬するソージ兄さんの弟、実だ。
俺は兄さんを心から尊敬している。
いや、むしろ崇拝している。
自分で言うのもなんだが俺は美少年だ。
お茶の間では王子様系イケメンなんて言われてる。
客観的に見ても我ながらイケメンだと思う。
そう見えるように努力もしている。
容姿に惹かれた身の程知らずの雌共から告白された事は何度もあるが、勿論その数だけ振っている。
俺は兄さん以外の奴に靡くつもりはねぇ。
兄さんさえいてくれたら後は何もいらねぇ。
兄さんだけが俺にとっての家族なんだ。
……まぁ、ハナだけなら入れてやらんこともない。毛先くらいなら。
兄さんは昔から俺にとっての理想で、困った時にはいつだって助けてくれるスーパーヒーローだった。
親父とお袋が俺らを見捨てた時も、兄さんだけが俺らを見ていてくれた。
兄さんは自分の色んなものを犠牲にして、俺らの為に必死こいて家事を覚えてくれた。
俺は自然と兄さんだけに甘えるようになった。
そんなこんなで兄さんにベッタリだった俺が、兄さんを神の如く崇めるようになったのは小学五年生の頃だった。
五年生にもなると心の成長の早い女子達は色気付いて恋に恋するようになる。
その矛先は昔からイケメンで運動も得意だった俺に向けられる事が多かった。
女子からはベタベタとくっつかれ、男子からは幼い嫉妬心で揶揄われる毎日。
俺はうんざりしていた。
だがそれだけならまだ良かったんだ。
男子とはそれなりに友達やれてたし、女子達も常にベタついてくる訳じゃなかったから。
ちょっと我慢してりゃ家に帰ってまた兄さんの旨い飯が食える。
それで良かった。
だが、俺に興味を持ったのは女子達だけじゃなかったんだ。
この頃の俺は"かわいい"から"かっこいい"へと移り変わる絶妙な境界線にいた。
西洋の血を感じる顔立ちもサラサラの栗毛も、あまり頭が良くないところも……そういう人達にとってはご馳走のようなものだったんだろうな。
その女は保健室の先生だった。
年寄りではないが若いとも言えない、中年手前の先生で生徒達の評判は概ね良かったと思う。
俺も別に嫌いじゃなかった。
その日、放課後の校庭で遊んでいた俺は膝を怪我して保健室へ向かった。
放課後の保健室なんて初めてだったから不思議と緊張していたのを覚えている。
保健室に入って先生に事情を説明すると、すぐに治療を始めてくれた。
先生はやけに丁寧に治療しつつ、あれこれと質問をしてきた。
保健室には誰かと一緒に来たのか、途中で他の先生とかに会ったか、今日はこの後誰かが迎えに来たりするのか。
そんな事を聞かれて、不思議に思いつつも答えていった。
そして俺が誰にも会わず一人で来て、誰も迎えに来ないとわかると、先生はカーテンを全部閉じて扉の鍵もしめた。
未知の恐怖が俺を襲った。
体が強張り、背筋が凍るのを感じた。
立ち上がって保健室を出ようとする俺を先生がベッドに押し倒した。
混乱と恐怖で悲鳴を上げる事すらできなかった。
鼻息荒く身体中を弄られ、頬を舐められた。
服を脱がされ、ザラザラした頬を俺の胸に擦り付けてきた。
下まで脱がされ、身に纏うのはあと下着だけとなったところで、扉をノックする音が聞こえた。
先生が緊張に身を固くするのがわかった。
俺はその時ついに体が動かせるようになり、先生を押し除けて必死に走った。
震える手で鍵を開け、扉を開ける。
そこにいたのは別の学年の男性教師。
顔だけは知っているその先生は俺の姿を見て驚き、奥にいる衣服をはだけた保健教師を見て息を呑んだ。
保健教師はどこかへと連れて行かれ、俺は事情聴取をされた。
先生が家に電話し、兄さんが学校まで迎えに来てくれた。
中学の学ランに身を包んだ兄さんは息を切らしながら俺の前に現れ、震える俺をきつく抱きしめた。
あれほど怖くても出なかった涙が、堰を切ったように溢れ出した。
その後、俺は家の外へ出られなくなった。
女性が怖くて仕方がないんだ。
女を見るだけで体が震え、近くを通れば吐き気に襲われた。
そんな俺を、兄さんが救ってくれたんだ。
それも、すげぇ兄さんらしいやり方で。
ある日、兄さんは俺に一つのDVDを見せた。
タイトルは『白裂神直伝!枕を使わない女の扱い方〜男なら女を支配しろ〜』だ。
歴史に名を残す伝説のNo.1ホスト白崎神が女の扱い方を伝授するという内容だった。
白崎神は数えきれない程の女を落としつつも、決して恨まれる事も襲われる事もなかったという。
兄さんはこのDVDを何度も俺に見せた。
興味ない顔で繰り返し一緒に見てくれた。
兄さんは俺を強くも弱くもしなかった。
ただ"上手くやれ"と言われた気がした。
俺は兄さんの期待に応える為に女の扱い方を必死に学んだ。
気付けば女と接するのは平気になっていた。
内心では近寄るだけで怖気が走るし、どんな美人でも雌扱いしてるがな。
それも外面には出さず、キラキラの王子様キャラを装っている。
これが一番女を扱いやすいからな。
兄さんがいなければ、俺は今でも部屋に閉じこもっていたかもしれない。
兄さんが俺を変えてくれた。
兄さんこそが俺の全てになった。
兄さんは俺にとって神にも等しい。
だから一日三回は兄さんのいる方向を拝んでいるし十回は兄さんの写真を眺めている。
もちろん盗撮写真だ。
兄さんは頼んでもなかなか正面から撮らせてくれない。
兄さんの写真なら何千枚あっても足りないというのに。
まぁ結局何が言いたいのかというと。
兄さんは俺の自慢で、最愛の兄だって事だ。
あと正面からの写真を撮らせて欲しい。
ほんのり笑顔ならなおポイント高い。
ーーーーーーーーーー
【兄:草司視点】
ハナとミノルと共に三人で登校する。
ハナは俺の手を握っており、ミノルは斜め後ろをキープして付いてくる。
華やかな二人は周りの視線を釘付けにしていた。
「……ハナ、高校生にもなって手を繋いで登校ってのはどうなんだろ?」
「何かおかしなところでもありますか、兄さん?」
「おかしいっていうかさ……普通はしないんじゃない?」
「まぁ兄さんったら…ヨソはヨソ、ウチはウチ、ですよ!」
人差し指を僕の唇に当ててメッとするハナ。
解せぬ。
「いや、兄さんの言う通りだ。ハナ、その手を離して5m程離れるんだ。」
家にいる時より丁寧な口調。
ミノルお得意の王子様キャラだ。
「あらやだミノルったら…そんなに離れたら兄さんと一緒に登校できないじゃない。ねぇ、兄さん?」
「え、あぁ…うん。」
「兄さんとは俺が一緒にいるから大丈夫だよ。ハナは気にせず一人で行くと良い。」
「それは兄さんが可哀想だわ!ミノルみたいな常に自分を偽ってる紛い者と一緒にいると、兄さんの品位が問われるもの。」
「それはどうかな。俺はむしろハナみたいな放送コードぶっちぎりの変質者と共に歩いている方が、兄さんの品格に影響すると思うけどね。」
「……愚弟め。」
「……駄姉が。」
「は?」
「あ?」
君たち仲良いね。
あと言っておくけどお兄ちゃんには品位も品格もないよ。
あるのは顰蹙だけ。泣きそう。
「あー、えっと……そうだ!ミノルももうちょっと前に出てきたらどうかな?いつもいつも後ろから付いてくるのも辛いだろ?」
「兄さん、そんなに俺を気遣ってくれるなんて……くっ……でも駄目なんだ。俺は兄さんの影になりたいんだ。影のように……踏んで欲しい。」
意味わかんね。
「あらミノル、兄さんの言葉を理解し損ねてはいけないわ。兄さんはミノルに、そのまま進んで先に行けと言っているのよ。間違っても隣に並ぶなんて真似はしてはいけないわ。兄さんの隣は私だもの。それと……兄さんに踏まれるのも……私よ。」
意味わかんね。
何で無駄にキリッとしてるの?
そんな意味で言ったんじゃないよ。
あと踏まないよ、二人とも。
「おや、まだいたのかハナ。陰が薄すぎてわからなかったよ。この間の雑誌でも他のモデルに埋もれて死んでいたし。少しは目立つ術でも勉強したらどうかな?」
「そういうミノルこそ、もっとお芝居を真剣に学んだ方が良いんじゃないかしら?この間のドラマ、役作りも甘いしセリフは棒読み、サボテンでも立ててた方がマシなんじゃない?」
「揺れ動く感情の波の繊細さはハナにはわからないだろうね。頭からっぽでもできるモデルなんてしてるくらいだし。」
「自分だけが目立てば良いと思ってるナルシストにはモデルの仕事は高尚すぎて理解できないのかしらね?一生鏡でも見ていなさい。」
「……三流モデル。」
「……大根役者。」
「あぁん?」
「なに、やるの?」
やらないでね。
ていうかやっぱり仲良いよね。
ちゃんとお互いの活動見てるんだから。
でも折角ならその仲の良さをもっと表に出して欲しいんだよ僕は。
「二人とも、もうちょっと仲良くしてよ。姉弟でしょ?」
「そうですね。こんなのでも一応は弟です。」
「まぁ、血の繋がりだけなら姉だと言えなくもないけどね。」
「はぁ?」
「なんだよ?」
「はいはいそこまでだよー。……ハナは僕の妹だよね?」
「勿論です!私が兄さんの妹でなければ、この世に妹は存在しません!」
いや、それは意味わかんないけど。
「うんうんそうだね。で、ミノルは僕の弟だよね?」
「当たり前だよ。僕は兄さんの弟である為に生きているんだから。」
たぶんだけどそれは違うと思う。
「うんうんそうだね。なら、やっぱり二人は姉弟だよ。だって二人とも、僕の自慢の妹と弟なんだから。」
「あぅ……に、兄さん……」
「兄さん………ぐっ………」
二人は胸を押さえて呻き出す。
やがてどちらともなく顔を合わせた。
「み、ミノル…さっきは悪かったわ。」
「い、いや…俺の方こそすまなかった、ハナ。」
二人は恥ずかしげに謝った。
僕は満足げに頷く。
「うん、やっぱり兄弟姉妹は仲良くないとね。」
ぽろっと零した言葉に二人が食いつく。
「に、兄さん!なら私はもっと兄さんと仲良くなりたいです!つ、つつつきましては今晩、閨を共に………」
「お、俺も兄さんと仲良くなりたい!そうだ!たまには兄弟水入らずで夜通しゲームでも………」
あーだこーだそーだなんだ。
「二人はほんとに元気だねぇ。慕ってくれるのは兄として嬉しいけどね。僕も好きだし。」
「こ、これが相思相愛…!?兄さん、愛しています!!」
「今のは俺に言ったんだ!そうだよね、兄さん!?」
「はいはい、二人とも大好きだよー。」
これは、平凡な兄と非凡な弟妹の物語。
こちら連載中です。
宜しければご一読いただけると嬉しいです。
『出会い系でやっちまった相手が先生だった』
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