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約束から始まるイストリア  作者: 白昼夢
7/15

神子誕生祭~始まりの鐘~

いよいよ動き出しました。

ちゃんと更新していけるように頑張ります。

 シャインの機嫌がいつも通りに戻ったのは、結局誕生祭のメインイベントが始まる直前だった。というよりも、重要な儀式の前に怒っている余裕などなくなったのだろう。一旦ステージ裏に戻ったシャインは緊張した面持ちで呼吸を整えていた。茶褐色の肌は深紅のドレスを一層際立たせ、薄暗いステージ裏でもその存在を際立たせている。


 観客席からはシャインの名が口々に叫ばれ、その時を今か今かと待っている人々の姿をシャインはありありと想像できた。


「シャイン、大丈夫?」


 本人よりも緊張を隠せない様子で手を握ったクロウにシャインは苦笑を浮かべた。


「大丈夫よ。みんな、待っているもの」


 神子とは神と人の血を引く混血種。そして故に神と人の意志を繋ぐ唯一の存在でもある。ただの人が詩を紡いだところで、神に届くはずもない。だからこそ神子が神との対話を試みる「オラシオン」は奇蹟のようなものだ。


 星詠でも特別な儀式でしか行われないため、人々が目にするのは二十年ぶり。クロウだけでなくシャインも、実際にどのようなことが起こるのか具体的なイメージが湧いていなかった。


「……そうだね。シャインが考えた詩なら、きっと神が応えて下さるよ」


 クロウは幼馴染としてシャインを安心させる言葉を探したが、結局出て来たのは当たり障りのない言葉だけだった。しかしシャインは少しだけ肩の力を抜いて微笑んだ。


「ありがとう。ねぇ、クロウ。今日の夜、私の部屋に――」

「シャイン様、出番です」


 シャインが小声で全てを伝える前に、傍で控えていた騎士が声を掛けた。ステージの方で一際歓声が大きくなっている。アーネストが国民を煽り、場を整えたのだろう。シャインはそう考えて仕方なく肩をすくめると、縋りつくような目を向けるクロウから視線を逸らし、雑念を振り払った。



 ステージにシャインの足音が響くと、ざわついていた会場が一気に静寂に包まれる。震える足に叱咤激励しながらシャインは真ん中に立ち、一度裏手に顔を向ける。クロウは相変わらずシャインのことを見つめていた。


 クロウ、貴方にとって私はまだあの頃のまま?

 シャインは心の中でそう問いかけ、軽く息を吸うと観客に向き直った。



,   〈私たちの全てを捧げます ~その陽は恵をもたらす~〉

     さあ集え 母なる意志を受け継ぐ詩の欠片たち

     私は母なる貴方と繋がります 我らの神テオリアよ

     愛しき貴方に捧げます 愛・希望・喜び・慈しみ

     私の全てを捧げ 貴方を敬いましょう

     自然の恩恵に感謝します

     私たちの全てを捧げ 貴方を敬いましょう




 クロウはシャインが詠いだしたのを確認して初めてほっとした表情を見せた。詠う前にクロウに向けた微笑みから、彼女は大丈夫だと分かってはいたが、心配するのは止められない。


 この詩はシャインだけでなく歴代の神子が何人も詠い続けてきたオラシオンを元に創られている。最初の六行は最初の神子が創った詩を受け継いだもの。そしてその次からいよいよシャインの創作が始まる。


 伴奏など、シャインの歌声以外に楽器は存在しない。ただシャインが想ったままを紡ぐアカペラ。しかしクロウの――観客の耳はたしかに捉えていた。


 森の木々が、風が、大地に揺れる草花がシャインの声に応え、奏でていく音を。



     貴方は私たちの世界に 光を与えてくれました

     大いなる時の中で 一瞬の輝きを見せたその陽を追い求め

     私たちはここまで歩んできたのです


     光を求めなければ 絶望することなどない

     けれど

     未来を求めて 世界を目にしたくて

     私たちはただ その光に手を伸ばした


     空はどこまでも青く澄み渡り

     祝福を受けた私たちは 幸せに溢れ

     この世界は少しだけ輝きを増した


     貴方はいつも 私たちに微笑みかけてくれました

     貴方はいつも 私たちの傍にいてくれました

     罪深い私たちを 欲望にまみれた私たちを

     貴方はずっと赦し 救い続けていただのです


     海で波の音を聴いた 森で葉の揺れる音を聴いた

     澄んだ水 一面に咲く花

     どれもみな 私たちを慰めてくれた

     悲しい時も 嬉しい時も

     いつも傍に貴方はいました


     私は貴方に感謝を伝えるため 詠い続けましょう

     力ある限り 永遠に


     愛しいこの世界を守りたい

     私が望むのは貴方だけです

     貴方の温もりを感じる 貴方の声を感じる

     私は母なる貴方と繋がります

     さぁ


     澄み渡る青空よ どうか

     一面に咲く草花よ どうか

     もう一度だけ 光を見せてください



 あと六行の詩で終わる――そうシャインはほっと胸を撫で下ろした。


 創作部分は終了し、残るは定型詩のみ。ここまで上手くいけば失敗することはもうないだろう。


 耳を澄ませば聞こえてくる自然のハーモニーが、シャインの紡ぐ詩の効果を明白に表している。そう、シャインの詩は間違いなく神へと届いていると彼女は確信していた、



     私たちを見守り続けた貴方を讃えましょう

     我らの神 テオリアよ

     私たちの声を聴き そして応えて下さい

     全ての人々が笑顔になるために

     すべての人々が幸せに包まれるために

     どうか祝福を与えてください



 シャインが最後の言葉を紡ぎ終えた、その瞬間だった。


 光が、爆ぜた。


 ゴォォォン――。ゴォォォン――。


 遥か彼方から鳴り響くような鐘の音に、一瞬眩しさで目を閉じていた人々はゆっくりと瞼を開く。先ほどまで奏でられていた木々や草花の音色は消え、鐘の音も止んだ辺りは静寂に包まれていた。澄み渡る青空さえ輝かせる金色の光が一筋、シャインの背後に立つテオリア神の像を照らし出した。


「か、み――?」


 誰かがそう呟いた。金色の光はまるで天から続く一本の道を形成するかのように輝きを増す。その光の筋に沿って舞い降りてくるのは、一つの人影。誰かが呟いたように、それは神なのだとシャインは思った。シャインの紡いだ詩に応えて現れた、テオリア神なのだろうと。


 舞台袖から固唾を呑まずに見守っていたクロウもアーネストもロゼも、そう信じて疑わなかった。


 それほどまでに神々しい光景だったのだ。


 ゆらりとなびく腰までの金髪。透き通りそうなほど真っ白で細い手足。そして背中から一対の白い翼を生やした少女の姿は、まるでこの世のものとは思えない程美しく、人々の目を離さなかった。


 ゆっくりと舞い降りる少女は黄金の光の雨を降らせ。そして――ついにテオリア神の像の前に降り立った。


「なんて、きれ――」



ゴォォォン――。ゴォォォン――。


 シャインが感想を口から溢すよりも先に、再び鐘が鳴り始める。それは人々が翼を生やした少女を目に焼き付けようと身を乗り出す、ほんの一瞬前のことだった。



 世界が瞬きをするほんの短い間に灰色に染まった。

 黄金の光も、青空でさえ厚い雲に覆われて。

 目を開けていられない程の激しい突風。

 立っていられない程の大地の震動。



 世界はその時確かに、一度壊れたのではないだろうか。



 シャインが想わずそう考える程の異変に、人々は誰一人として悲鳴を上げる間もなく意識を後退させていった。




 どれくらいの時が経過したのだろう。シャインがゆっくりと目を開くと、前にはまるで地獄でも見たかのような光景が広がっていた。


 星詠のステージ前に倒れ伏す人々。その場にしゃがみこんだ護衛の騎士たち。灰色の厚い雲に覆われ、ぼんやりとした光しか入らなくなった空。そして大地に根付く草花は死に絶え、木々は全ての葉を落としている。


 唯一眩しい輝きを放っていたのは先ほど天から舞い降りた少女だったが、彼女ふわりとその場に崩れ落ち、周りから光が消えていく。


「……な、に?」


 シャインは恐る恐る声を絞り出した。身体に異変がないことを確認し、ステージの上で立ち上がる。観客たちも少しずつ目を覚まして身体を動かしているところを見ると、命に別状はないらしい。


 シャインは最初、これが夢ではないかと疑った。神を呼び寄せたオラシオンで疲れ、いつの間にか眠ってしまった自分が見た夢なのだと。けれどスター時を踏みしめる足の感覚に、そして肩を抱き寄せられたその感覚にこれが現実なのだと実感する。


 そしてシャインは悟った。天から舞い降りてきたのはテオリア神じゃない。

 白い翼を持った悪魔なのだ、と。


「シャイン様、ご無事ですか」


 シャインを抱き寄せたクロウに続き、数人の隊員がシャインを守るように周囲を固めた。そしてテオリア神の像の前で倒れ伏す少女のことも騎士たちが囲い込む――ただし騎士たちの剣の先は少女に向けられているが。


「私は大丈夫。クロウも無事?」

「はい、少しだけ意識が飛びましたが、裏手の騎士は全員無事です。シャイン様、これは一体?」

「…………」


 シャインが答えずにいると、敢えて大きな音を立ててアーネストがステージに上がった。そのままシャインからマイクを奪い取る。


「皆様、まずは落ち着いてください。騎士に一旦近くの屋内に避難できるよう誘導させますので、指示に従ってください。状況が確認され次第、皆さまに何が起こったのか情報をお伝えします。まずは落ち着いて!」


 目が覚めた人々がパニックを起こしかけた直前、アーネストの冷静な声で彼らは我に返った。ざわざわと不安そうに話はしているが、すぐに暴動に発展する様子はない。それを確認してようやくアーネストはクロウとシャインを振り返った。


「国民の安全は私の方で引き受けよう。そしてこの少女の保護も」

「……まるで何か起こるのが分かっていたかのように素早い対応ね」


 シャインは取り乱した様子を見せないアーネストに皮肉げにそう溢したが、アーネストは敢えてその言葉を聞き流した。いつにないほどの険しい顔に、シャインはようやく顔を引き締める。


「君たちの部隊が指揮をとって国民を避難させなさい。受け入れ可能な建物がなければ大聖堂を使用して構わない。まずは彼らにパニックを起こさせないこと。分かったね?」

「はい、我が王よ」


 シャインの周囲にいた騎士たちはアーネストの命令を聞くと、ステージ裏に走って行った。アーネストはそこで一息つき、クロウとシャインを呼び寄せる。


「シャイン様、貴方は天音の元へ行って、この現象の原因を聞いて来てください。クロウ隊長はシャイン様の護衛を」

「天音の、元に……それって――」

「はい、我が王よ」

「王! この少女が!」


 一斉に鎧が動いた音が聞こえ、三人は後ろを振り返った。剣先を向けた騎士たちは何も得物を持っていないか弱そうな少女を五人で囲んでいるにもかかわらず、不思議と威圧感を受けて一歩後退していた。緊張で冷たい汗を流す騎士たちの中で少女はピクリと翼を動かし、ゆっくりと身体を起こしていく。


「王、念のため離れてください」


 少女がどんな存在なのか。そもそもこの現象を引き起こした原因がこの少女にあるのか、それともシャインの奏でたオラシオンに何等かの問題があったのか。何も情報のない騎士たちにとって、普段の彼らなら無抵抗の少女に剣を向けるなど考えられなかっただろう。けれどステージ上にいた八人はたしかに感じ取っていた。



 この少女に眠る、得体の知れない力に。



 少女は床に座り込んだまま、目を開けた。蒼く青空を思わせる瞳がクロウを、アーネストを、そしてシャインを見つめ、何かを言いかけようと口を開いた後、まるで糸が切れたように崩れ落ちた。


「とにかくシャイン様、行きましょう」


 一旦騎士たちが剣を腰に納めたのをきっかけにクロウがシャインの手を引いて歩き出そうとするが、彼女の脚は不自然に床に着いたまま離れない。


「シャイン様?」


 不安そうに後ろを振り返ったクロウに映ったのは、ただ少女を見つめ、外部の音に反応する素振りを見せない幼馴染の姿だった。


「シャイン!」


 クロウは慌ててシャインを揺さぶり、そして彼女の意識を引き戻すためにもう一度叫ぶ。


「シャイン!」



だいぶ登場人物が出揃ってきました。

名前が出た人、姿だけ出た人など合わせると多いですね……笑。

実はまだ大きく物語に関わる予定の人が二人いるんですが、どうしたものでしょうか。

本当に群像劇を書けるのか不安ですが、もし気に入っていただければどうぞこれからもよろしくお願いします。

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