届かない君
途中まで作っていたデータが消えた悲しみで時間が空いてしまいました。定期的な投稿って難しいですね。
今回はシャインの対となるクロウのお話です。
バタンと音を立てて扉が閉まったのを確認してから、クロウは神子の部屋から伸びる広い通路を歩き出す。シャインを起こすことが毎朝の暗黙の業務になっているせいか、まだ次の仕事までには時間があった。
「もうすぐ神子誕生祭、ね」
村で一緒に過ごしていたあの日々がつい昨日のことのように感じられるのに、もうそんなに時間が経っていたのかと驚きを隠せなかった。シャインと交わした約束は今も鮮明に覚えている。
けれど。
五年という月日は本当に僕たちをあの日のままにしてくれていただろうか、とクロウは疑問に思う。
シャインは神子に、そしてクロウは神子を支える騎士となり。出来る限り二人は互いの傍に居ようと努力した。二人でいる時は身分関係さえも忘れた。それでも、この頃クロウはシャインの気持ちを一番に分かってあげられるとは自信をもって宣言できなくなっていた。
本当にシャインが僕のことを今も変わらず想ってくれているのか。そして僕は変わらずシャインを一番に想ってあげられるのか。
ふとした時に、そんな疑問が頭から離れない。
「昔は、もっと単純だったのにな」
「え、クロウって昔はもっと単純な人だったの? よく騙されずに生きてこれたねー」
ぽつりと口から漏れた言葉を、軽快な声に拾われた。クロウは一番聞かれたくない相手に聞かれてしまったと内心舌打ちをしたが、すぐに営業スマイルを作ると、声がした方向を振り向いた。
「あぁ、久しぶりだな、ケビン。生憎僕の人生の中で、君以上の詐欺師には出会わなかったんだよ。いや、逆に君のお陰でこんな風に成長出来たのかも。ありがとう、ケビン」
「うーん、たしかに僕のお陰かもしれないけど、その感謝は複雑だなぁ」
「詐欺師なのは認めるんだね……」
「まぁ? 本当のことだし?」
廊下の照明の光でさえ弾くほどの金髪に、金縁の眼鏡、嘘くさい笑顔。街で彼に出会ったら間違いなく面倒なことになる前に皆が視線を逸らすだろう。そんな姿で堂々と星詠の中を歩いていたケビンは、神子の寵愛を受けていると揶揄されるクロウにとって数少ない友人だった。
ちなみにケビンが詐欺師と呼ばれるようになったのは、年齢を偽って騎士のデータに登録しているという噂があったからだ。ちなみに登録年齢は二十五歳だが、ベテラン騎士によると、彼が星詠に居座っている年数とその年齢がどうにも合わないらしい。
「で? 何か悩み事でもあるのかい?」
にっこりと微笑んだケビンに見つめられるとクロウは弱い。どうせシャインについての悩みなんて他の騎士には話せないし、ここらで自分の気持ちを整理するためにも口にしておいた方が良いと考えたクロウはおずおずと口を開いた。
「……それが――」
「あーーーっと、その話長くなりそう?」
「へ? あ、まぁまぁ、かな」
「苦闘、君とすごく久ぶりの再会で感動的な場面だけど、ちょっとこれから仕事があるんだよね」
「えぇ? 今の下り、絶対悩みの内容聞いてくれるやつだったよね?」
「思わせぶりな態度でごめん、ごめん」
ケビンはそう言うや否か、片手で「ごめん」とポーズを作りながら走り去っていった。一人残されたクロウは今目の前で起きた茶番を再度理解しようとし、どこかでぷつんと何かが切れた音がして。
「この、詐欺師めーー!」
叫んでしまってからふと冷静になり、慌てて手で口を押える。
「……あいつ、いつもそうだ」
騎士団で隊長についているわけでもないのに、いつも多くの任務を受けているし、エスタンシア国の王、アーネストと仲が良いらしい。その癖お高くとまることなく騎士全員と付き合いが良い。
そして――年齢を偽っているという疑惑が出た時に、星詠側は何も対処を行わなかった。つまりケビンは元々嘘を吐いていない、もしくは嘘なんてちっぽけになるほどケビンが優秀な存在かのどちらか。
そんな、変な奴。
けれど彼はいつだって人の気持ちに敏感で、落ち込みかけていたクロウの心だってあっという間に変えてしまう。
「ま、いつまでも落ち込んでるわけにはいかないよね」
自室に戻り、鎧姿のままベッドに倒れ込む。こんな姿を見ればシャインがみっともないなんて文句を言いそうだったが、今は気にしない。
『ねぇ、クロウ。約束よ』
魅惑的な少女の口がそう言葉を紡いだ一週間後、運命を変える火事は起こった。
エスタンシア国内で火事が起こるというにはさほど珍しいことではない。料理にも、灯りにも、暖を取るためにも必ず火は使われる。だからクロウとシャインが直面したその火事だって、すぐに消火すれば全く問題のないものだった。
だけど。
当時、火のついた家にはその住人と、偶々訪れていたクロウの母、カレンがいた。住人は何とかその家から脱出したが、カレンの姿はいくら待っても見えない。村の人々で必死に川の水を運んだけれど、炎はまるで生き物のように家を呑みこみ、隣の家に燃え広がらないように止めるのが精一杯だった。
『クロウ、カレンさんまだあの家の中にいるの……? 本当はもうクロウの家に帰っていて、巻き込まれてないんじゃ――』
『分からない……。でもこれだけ騒ぎが起きてるのに、母さんが出てこないなんておかしいだろ?』
村の大人たちが消火活動に勤しむ中、クロウが見渡す限りカレンの姿はない。
『やっぱり中にいるんだ。シャインはここで待ってて。僕は母さんを助けに行くから』
クロウはその時、何も考えていなかった。こんなに燃えているならカレンが無事なはずない、とか。クロウが言ったところで何か出来るのか、とか。シャインがクロウの言うことを聞いてここでおとなしく待っているはずがない、とか。
思い返せば、そんなクロウの不注意が最後の引き金になったのだろう。
炎の壁を越え、扉を蹴って家の中に踏み込んだ時。
『クロウ! 駄目よ、戻って!』
今にも泣きだしそうな声がクロウの背後から聞こえて。シャインの手がクロウを止めようと必死に伸ばされる。けれどクロウは更に一歩、足を踏み出した。息が出来なくなるほどの熱風。それすらもクロウを止める障害にはならなかった。カレンは、父親の顔を見ることなく育ったクロウにとって大切な家族だったから。
『……?』
頭上からとてつもない熱風が迫りクロウは反射的に上を見た。記憶の最後にあるのは、崩れ落ちる屋根。
「シャイン、僕のせいで、君はこんな運命を辿ることになってしまった。だからどうか、僕のことを赦さないで。僕なんかに拘らないで、君の本当の気持ちに従って」
いつまでも悩んでいられない。シャインとの約束の時は、すぐ傍まで来ている。その決断が将来、シャインに後悔を与えないように、クロウは願う。
「僕は君に届かない――いや、届いてはいけないんだ。君がもし僕のことを愛し、赦してくれると言っても、僕はそれを赦せない。ただ君の傍にいる、それだけで十分なんだよ――」
クロウが屋根に押しつぶされる直前、シャインは覚醒した。彼女は混血種の力を使い、村人と僕を守ったのだ。焼け跡から見つかったカレンを除いて。
『クロウ、ごめんね。私がもう少し早くこの力に気づいていればカレンさんを助けられたのに。ごめんね。……私、行ってくる。もう、後悔なんてしたくないから』
神子の証が顕れたシャインのことをどこかで嗅ぎつけたのだろう、騎士団に連れて行かれる前、シャインはクロウにそう告げた。
シャインにこんな運命を課すくらいなら、カレンを助けようなんてしなければ良かった。どうせ間に合わなかったのだ。ただクロウの行動は、シャインを覚醒させることしか出来なかった。大切な存在をこの手から失うなんて、そんな結末しか生まなかった。
シャインの運命を変えてしまった自分に、もう愛する資格なんてないと思った。あの日の約束は守れないかもしれないと思った。
だからせめて、新たな約束で二人の関係を再び結び付けよう。
『シャイン、僕は騎士団に入るよ。君を守れるように、君の傍にいられるように。またもう一度君の隣に立つと約束する!』
あの日の約束を、シャインは覚えているだろうか。約束を、果たせているだろうか。
クロウは布団を被り、孤独な神子様に想いを馳せて一筋の涙をこぼした。
読んで下さり、ありがとうございました。
いよいよ次は神子誕生祭が始まり、舞台が動き始めます。
これからもよろしくお願いします。