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約束から始まるイストリア  作者: 白昼夢
4/15

届かない貴方

すっかりと投稿に時間が空いてしまいました。

もう少し定期的に更新していきたいものです……。


 エスタンシア国を一望できる大きな窓を備えた部屋。政府機関星詠の建物の中でも特等席に位置する場所で、少女は人の目も気にせず服を着替え始める。もちろん彼女の部屋には誰もいないが、バルコニーにいた護衛が何かを察して視線を外へ逸らしたのに彼女は気づいていた。


 立場上、他人に着替えを手伝ってもらう機会は山ほどあるから彼女自身は気にしていない。むしろ普段は無理を言って身の回りのことを自分でやらせてもらっている状態だった。


「あと少しで五年、か」


 クロウがいた気配を追い求めるようにシャインはベッドを優しく撫でた。

 クロウと約束を交わしたのは、五年前のシャインの誕生日の前日だった。たしか星がきれいな夜だった、と今でも鮮明に思い出せる。その頃の二人はただの村の幼馴染で。だからこそ、いつも一緒で、結婚という未来は当たり前のことだと思っていた。少なくともシャインは、クロウとの未来を疑うことなど当時は一瞬もなかったのだ。


 けれどある日、それは一変した。


 誕生日に起きた、火事によって。


 それでも唯一の救いはクロウが約束を覚えていてくれたことだった。


 シャインが特別な存在であることが発覚し、星詠に連行されて神子となったあの夜も。

 シャインを追うためにクロウが星詠の門を叩いたあの日も。

 神子として国を守るため心身を捧げた時も。

 ずっとシャインの胸にはクロウとの約束があった。


 星詠の訓練は決して易しいものではないと聞いている。クロウが愚痴を溢さないだけで、シャインの前に現れるまでには半端ではない努力があた事だろう。彼がそこまでして傍にいようとしてくれる――彼だけが神子の重圧から救ってくれる。いつの間にかシャインの心はクロウへの想いで敷き詰められていた。


 身分違いの恋だと誰もが言うだろう。ただシャインにとっては身分などどうでも良かった。元々は同じ村で暮らした幼馴染なのだ。何にも奪わせたくない。


「……ほんと私って、嫉妬深い」


 クローゼットから紺色のワンピースを取り出し、ベッドに置く。クロウに指摘された以上、一応部屋の外に出る時には露出の少ない普段の服に着替えるつもりだった。と、ふと横にあった鏡に視線が移る。漆黒の髪に茶褐色の肌――シャインは自分の嫌いな容姿を見、思わず顔をしかめた。癖のある黒髪も、日に焼けたような茶褐色の肌もシャインにとってはコンプレックスでしかない。


 そしてもう一つ、背中に刻まれた運命も。


 鏡に映るのは、漆黒の髪が背中にかかったごく普通の姿――ではない。背中には髪ではない黒い何かが付着しているように見える。


 背中全体をキャンパスとしたように大きく刻み込まれた黒い文字。


 『2』


 それは人とは違う「混血種」という種族である存在が覚醒する時に背中に現れるという文字だった。

 どの時代にも必ず四人、神と人との混血である「混血種」が存在すると言う。詳細は何も判明していないが、混血種は神に祈りを捧げることで恩恵を与えられ、特別な力を行使できる。そして特別な存在である混血種のことを人が利用しない訳がなかった。いつからか混血種は星詠に管理され、監視下の元で一生を終えることになる。


 星詠に連れて来られた日、シャインはそう一通りの説明を受けた後、背中の文字を確認された。


 『2』


 それは身体に直接刻みこまれているように、何をしても消えなかった。どれだけ洗っても、どれだけ傷つけても、五年前のあのきれいな背中には決して戻らなかった。だから毎日のようにシャインは背中の文字に苦しめられることになった。忘れようとしても鏡を見る度に、着替えようとする度にコンプレックスを見せつけられる。


 『2』


 それは決して一番にはなれないことを表す呪いの文字。混血種の中でランク付けされた「番号制(ナンバーズ)」――1から順に強い能力に恵まれる残酷な制度の表れだった。

 あの日、シャインの背中に現れたのは幸か不幸か「2」だった。それはシャインが強い力の持ち主であると同時に、それよりも強い力を持つ存在がいることも示している。


「私は……決して貴方に敵わない。名前も、姿も、存在さえ分からない貴方に」


 護衛に聞こえないよう、小さな声でそう呟きシャインはおとなしく紺色のワンピースに腕を通した。


 「2」が現れたシャインにはこの国の形式的な統治者、神子の位が与えられた。一見すると名誉なことだが、それは「1」の文字を宿した混血種が見つからないからこそ手に入れた仮の称号であることにシャインは気づいていた。


 第一位の混血種は歴史上、ただの一度も表に現れたことはない。現在も星詠が把握しているのはシャイン、第三位、第四位だけだと聞いていた。その事実を知った頃、だろうか。シャインの心の中で恐怖が湧き上がってくるようになったのは。そして比例するように嫉妬くクロウを自分だけのものにしたいと願うようになった。


 必ずいるはずの、この世界で最も強大な力を持つ第一位。姿も知らない第一位はシャインを常に脅かしている。


「この背中に2という文字がある限り、私は一生貴方に届くことは出来ないのよ、混血種の第一位。私がどれだけ神子という地位に居ようとも、私は貴方にっ!」


 クロウの姿が脳裏にちらついて、シャインは思わずベッドに置いてあった枕を壁に投げつけた。幸い護衛は着替え中の彼女を視界に入れていなかったのか、音も出なかったこの行為に気づき駆けつけてくる心配はない。


 クロウは関係ない、と何度も言い聞かせたが、シャインの気持ちは収まらなかった。怖かったのだ、もし第一位が現れれば神子だけでなくクロウでさえ奪われてしまうのではないかと。絶対に勝てない存在に、今まで積み上げてきたものを全て奪われてしまうのではないかと。


 荒い息を吐いたシャインは、そこであることに気づいた。


 存在すら分からないからこそ、恐怖心が増幅するのだ。


「名も知らない貴方を見つけて見せるわ。混血種の第二位、シャイン・ディ・クルームの名において。そして私が上だって思い知らせてあげる。ここで努力してきたのは、他でもない私なんだから!」


 シャインは虚空に向けてそう言い放つと、ゆっくりと目を閉じて愛しい彼の姿を思い浮かべた。心を落ち着かせ、「普段のシャイン」の仮面を被る。


 クロウが愛してくれるのは、村で一緒に過ごしていた頃のただ純粋なシャイン。

 だからこそシャインは、真っ黒に染まった心を隠すため笑顔を貼り付ける。

 クロウに愛してもらう――それこそが、シャインの存在意義なのだから。

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