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約束から始まるイストリア  作者: 白昼夢
3/15

それは当たり前のように与えられた幸福だった

やっと主人公たちの登場です。

一応群像劇を目指しますが、この章から出てくる「クロウ」と「シャイン」はメインで書いていきたいところです。

三人称を書くのは初めてなので拙い所が多いとは思いますが、見守っていただけると嬉しいです。


 朝からすでに五回、大音量の目覚まし時計が鳴り響いている。ほぼ毎日同じように繰り返されるその日常に、青年は紺色の髪をかき上げため息を吐いた。身を包んだ白い鎧の首元には有事の際の識別のために「クロウ」と書かれた小さなプレートがぶら下がっている。訓練で鍛え上げられた体格は成人男性のそれに近いが、まだ顔立ちには幼さが残っていた。


「まったく、いい加減に起きてくださいよ……」


 廊下を掃除している女中たちは毎朝恒例の大音量に顔をしかめることもなく作業に没頭していた。むしろ青年の呟きに笑みを隠しているような気配さえある。


 六度目――つまり予定の時刻から三十分過ぎたことを示す時計の音が鳴り響いた瞬間、青年は大きな扉を数回ノックした。部屋の中からはバタバタという音が聞こえた後、目覚まし時計の音も鳴りやんだ。


「シャイン様、シャイン様、入りますよ!」


 否定の返事がないことを確認し、青年は腰から合鍵を取り出して扉を開けた。彼は朝から乙女の部屋に入るなんて、という指摘は一切受け付けない。自分の立場も考えずにいつまでも眠り込んでいるのが悪いのだと言い聞かせると、部屋の主もいつの間にかこの日常が当たり前のものだと受け入れるようになっていた。本来であれば彼が勝手に部屋へ入ってくるのを嫌がって早起きするようになるのが狙いだったが、こうなった以上彼は毎朝真面目に部屋の主を起こしに行っている。


「シャイン様、いったい何時だと思っているんですか!」

「七時半、かしら」


 くぐもった声が聞こえた辺りにはこんもりとベッドの上に毛布が盛り上がっている。


「シャイン様?」


 体調でも悪いのだろうか、と焦った声で駆け寄った青年がベッドに辿り着いた瞬間、勢いよく毛布の山から人影が飛び出してきた。


「おはよう、クロウ! ふふっ、びっくりしたかしら? 今日は少し早く目覚めたから驚かそうと待っていたの」

「シャイン様~?」


 鎧の固い部分が触れないように注意しながら青年――クロウは目の前に現れた細い手を掴んだ。早く目覚めたのなら起こしに来る必要なかったじゃないか、というクロウの訴えは声になる前に抑え込まれた。ベッドの上に座り込んでいる少女――シャインのいたずらっ子な瞳の前で、叱る気持ちすら失われたしまったのである。


 シャインはクロウの呆れた顔に悪びれた様子もなく笑って見せた。その姿だけ見れば、彼女が一国の重要人物だとは誰も想像もつかないだろう。けれどクロウは毎朝バルコニーに二人の護衛の気配を感じている。常に護衛の人物が周囲についていなければならない、それほどには彼女の地位は高い。


 エスタンシア国の神子、シャイン・ディ・クルーム。

 エスタンシア国の一介の騎士、クロウ。


 それが外から見たクロウとシャインの関係だった。


「ところでシャイン様、その服は一体何ですか!」


 見てはいけない物を見てしまったかのようにクロウはパッとシャインの手を離し、彼女から目を逸らした。部屋中に響くほどの大きな声だったが怒っているわけではないらしい。その証拠に彼の耳はほんのりと赤く染まっていた。


「この前街に行ったときにもらったのよ。絶対貴方に似合いますって」


 シャインははにかみながら視線を落とし、クロウのために身に着けた服を見た。胸の部分が大胆に開いた大人のデザイン。好きな人を振り向かせるにはどうしたら良いかと女中に尋ねたところ、紹介された店にはシャインの見たことがないデザインの服がたくさん並んでいた。とりあえず店員のおすすめを、と購入しクロウに披露しようとこの時を待っていたわけだが、シャインにはそのことをクロウには知らせるつもりはない。


「ええ、そうですね、確かにとてもよくお似合いで……って、そういうことじゃないんです! とにかくその恰好で部屋から出ちゃだめです。貴方は神子なんですからもう少し自覚を持ってください」


 狼狽えたところを見ると真面目なクロウにも効果はあったらしい。いや、真面目なクロウだからこそ、と言うべきか。シャインは自分の行為が「幼馴染」としてのクロウの顔を引き出しかけたことに気分を良くすると、毛布をその身に巻き付け、クロウが再び視線を戻すのを待った。


「久しぶりね、クロウ」

「一週間ぶりですね、シャイン様」


 クロウはようやくシャインの方を見、その場で床に膝をついた。神子に仕える騎士としては少々簡略されていたが、クロウは改まった挨拶をしてシャインを見上げた。


「今更堅苦しくしたって無駄よ」


 本来であれば気安くシャインの声を掛けて良い立場ではない。ましてや朝から部屋に入り込んで神子の手を掴むなど、クロウ以外の騎士ならば懲罰ものだ。けれどシャインにとってクロウだけは特別。幼馴染で、想い人。最初こそ反対されたものの、神子の機嫌を損ねる方が後々面倒だと気づいた上層部はクロウへの特別扱いを黙認している。そしてクロウも、幼馴染のシャインが孤独と重責につぶれないよう傍にいることを望み、今のような不思議な関係が出来上がっていた。


「一応護衛の目がありますので……」

「あら、それでも私がここにいる時は毎朝律儀に起こしに来てくれる貴方のことが好きよ」

「シャイン様、軽々しくそんなこと言わないでください」

「巫女だから言っちゃダメなの? 騎士だから言われちゃダメなの? ね、約束したじゃない。私の前では騎士のクロウじゃなくって幼馴染のクロウでいてって」


 もちろん、シャインは完全に幼馴染として接しろと命令しているわけではなかった。ただ敬語くらいは止めてほしいといつもお願いしているのだ。想い人に常に敬語で話しかけられるのは意外にストレスが溜まる。今、シャインの恋焦がれた想いがクロウに伝わっているかは別問題として。


「うん――分かったよ、シャイン」


 クロウは一瞬迷いを見せたが、久しぶりに顔を合わせられたシャインのことを気遣ったのだろう、無意識に入っていた肩の力を抜いた。


 シャインがここ「星詠」に帰って来たのはつい昨日の夜だった。一週間国中を回り結界を強化していたのだ。城を模した政府機関「星詠」に行列を連れて帰って来た頃にはすでに日は落ちていた。そんなハードスケジュールな彼女には来週、さらに大きなイベントが控えている。


 神子誕生祭。


 国中から神子の誕生を祝う日。平たく言うならシャインの誕生日だった。


「ね、私頼んでおいたのよ。クロウと一緒にいられるように。ちゃんと叶いそうなの」


 護衛に聞かれないためか囁くような声で告げられた内容にクロウはすぐにピンときた。前々からシャインは誕生祭に何とかクロウを近くに置こうと駄々をこねていたのだ。一週間神子としての仕事を果たしながらもすっと上層部に働きかけていたらしい。もっとも上層部、とは言っても神子であるシャインの上にはエスタンシア国の王とその相談役くらいしかいないが。


「また無理を言ったんだろう?」

「だって不安なの……。今年もたくさんの人が見に来るんでしょう? クロウといれば何も怖くないもの!」


 一介の騎士であるクロウ一人でシャインの護衛が完全に務まるなんてことは二人とも考えていなかった。ただそれでもシャインがクロウを傍に置こうとするのは主に精神的な支柱として、だ。神子誕生祭は国中から神子を一目見ようと大勢の人々が押し寄せる。その前でスピーチやら祭典やら笑顔を振り撒かなければいけないのだから、神子の中でもかなり辛い仕事に入るだろう。その場に一人でも心を赦せる存在がいれば、という願いだった。


 それが分かったからこそ、クロウは何も言い返せず黙り込んでしまう。


 シャインは無意識に目を伏せたクロウの頭を撫で、微笑んだ。


「覚えてる、クロウ? 私ね、今度の誕生日で十八になるの」

「うん、もちろん覚えているよ」

「私、待ってるからね」

「うん」

「夜、バルコニーで。あの日のように星の下で、貴方の答えを聞きたいの」

「分かった」


 クロウの返事が冷たく聞こえるのは恥ずかしさの裏返しだろうか。シャインはそんな様子に馴れているかのように、彼の冷たい態度を気にせずベッドから軽やかに降り立った。


 あの日。


 一度たりともクロウはあの日のシャインの言葉を忘れたことはなかった。もしかしたら子供の遊びのまま終わってしまったかもしれない、その誓い。けれどクロウとシャインはずっと胸の中で大事に仕舞ってきた。


『結婚しましょう、クロウ』

『まだ早いよ。この国では十八歳にならないと結婚なんて出来ないんだよ』

『じゃあクロウの方が一年先に結婚出来るの?』

『その時に大事な人がいたら、ね』

『私のこと、好きなくせに強がらないの。ねぇ、じゃあ私が十八になったら、さっきの答えを聞かせてね』

『あと五年……覚えて居られたらね』


 月日が過ぎ去るのは早いものだ、とクロウは心の中で苦笑した。あの日は遠い未来に思えたことが、あと少しで叶うなんて。


「十八になるんだったら、もっと神子としての自覚を持たないとね。朝は毎回自分で起きられた方が良いんじゃないかな」


「あら、毎朝クロウに起こしてもらえるからこのままで良いわ」


「いや、そういう問題じゃなくて」


「ふふっ、分かってるわ。私はちゃんと貴方が気に入る私になってみせるから」


 シャインは最後に意味深な言葉を呟くと、着替えるから外に出て頂戴、とクロウを部屋の外に追い出した。名残惜しそうに閉まる扉を見ていたクロウからベッドの上に視線を移す。一人で起きられるようになるには目覚まし時計を変えた方が良いかもしれない、とシャインは本気で悩んでいた。

登場人物が多くなってきたら人物紹介を作りたいと思います。

まずは全員を出すまでに時間が掛かりそうです……。


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