過去と現在と未来
明日は僕たちの卒業式です。その卒業式で辛い思いなんかしたくない。楽しかったと笑顔で手を振りたいと思います。
僕らは今日、この高校を卒業した。僕は県外の大学に進学が決まっていて、そこでの新たな大学生活が始まる。
みんなとこうして会えるのもおそらく今日で最後だ。体育館から退場した僕らはそれぞれの場所へと散らばって行く。それぞれが祝福され、周囲は笑い声で満たされていた――
歩けば歩くほどに校舎から離れていき、気がつけば卒業祝いの品を大量に抱えて帰り道の坂を上っていた。その間にどれだけの思い出が蘇ったか計り知れない。寂しさと孤独感に苛まれ、どれだけ磨り減っただろうか。喪失感と空虚感で形容し難い胸の締め付けに襲われる。
今までの日常が全て過去になる。そして、それを思い出すたびにこの苦しみも思い出すのだろう。ならば、過去を振り返らずに前だけを向いて行こうと心に決めようとした瞬間だった。
「ねぇ、見てあれ! めっちゃ綺麗!」
僕の足元から伸びる影の延長線上にいる女子生徒が叫ぶ。彼女たちが興奮して僕の背後を指差すものだから気になって仕方がなかった。そうして、興味に負けて後ろを振り返ってみる。
そこには、珍しく赤さの薄れた夕日が誇らしげにこちらへ向いていた。それはいつの日かの朝日を彷彿させるものであった。
クラスで眺めた朝日。写真では本当の姿を現さず、記憶の中だけに存在し続ける。大きく綺麗な丸に薄く白を含んだ橙っぽい赤。視界に映り込む海の輝きを忘れてしまうほどに吸い込まれていく。これが初日の出だったらニュースに取り上げられるほどの立派な朝日であったのだ。
あの朝日は僕にとって特別なもの。仲間たちと笑いあった日々と日常が詰まっている。あの朝日が無ければ、今の僕はここにいなかっただろう。今まで歩いてきた道のりこそが新しい僕を作る土台となる。
未来から目を逸らすなんてしない。現在から逃げるようなこともしない。それから、過去を仕舞い込んだりもしない。痛みの分だけ過去が好きなのだ。それを大切に、いつまでも、いつまでても覚えておく。
僕の中に生きるこの思い出こそ、過去であり、現在であり、未来の僕なのだ。