7 招魔の外法
「騙したな!」
玲七郎は気色ばんで、斬霊剣を出そうとしたが、金縛りのように体が言うことをきかない。
ぬらりはフフンと笑った。
「だから、『言霊縛り』をかけるって言ったじゃないか。それに、別に騙してないよ。おいらが言ったお財宝に目が眩んだ人間こそ、あんたの同級生のこの男だよ」
「何! どういうことだ!」
「まあ、そこの切り株に座って話そう」
「しかし、体が。ん? 動くか。まあ、いいだろう」
後藤という男は渓流釣りが趣味で、よくこの山に来ていたよ。連休の時などはキャンプを張って、泊まり込みで楽しんでいた。
あまり川を荒らされると困るから、おいらは村の古老に化けて近づき、それとなく監視していた。
何回かそうして会ううちに次第に打ち解け、おいらが古い言い伝えなどを教え、後藤は自分の身の上や友だちのことなどを話してくれた。あんたのことも、そうやって聞いたのさ。
後藤が、いつ埋蔵金を見つけたのかはわからない。
なんとなく、おいらを避けて何かコソコソやっているな、とは思ったがね。
しばらくして、この山に落武者の亡霊が出るという噂が広まった。てっきり鼬のやつの仕業だと思ったが、どうもやつの縄張りと違う。
そこで、現場近くで張り込んでいると、古い甲冑を身に着けた後藤を見つけた。おかしいと思って後を尾けたが、山頂近くで見失った。
と、不意に背後から首を絞められ、「埋蔵金は誰にも渡さん!」と脅された。とても普通の人間の力じゃない。何かに取り憑かれているようだった。
こんなことで殺されてはつまらないと思って、おいらは正体を見せ、人間のお財宝なんかに興味はないと伝えたよ。
すると、「この山に人間が近づかないよう、ぼくに協力しろ」と言われた。一旦は断ったが、「それなら上役に、この山を切り開いて公園にするよう勧めるぞ」と言われた。役場に勤めているとは聞いていたが、そういう部署とは知らなかった。そこで、鼬やお婆や法師に協力してもらうことにしたんだ。
効き目はあったよ。いや、あり過ぎた。
役場も放って置けなくなり、駐在所と協力して解明に乗り出した。
後藤は自ら志願して担当者になったらしい。
人数が減るのを待ち、人のいい駐在と二人きりになると、うまく誘導して散々恐ろしい目に遭わせ、正気を失わせた。
そうなると、誰もが怖がって山に近づかない。
おいらは、やり過ぎだと後藤を諫めたが、全く耳を貸さない。
その頃にはもう、後藤は完全に怨霊の操り人形になっていた。
昔、お財宝を運んで来た足軽たちを騙して殺め、お財宝と一緒に埋めた侍大将と、それに協力した村人への怨み言を、まるで自分のことのように語るようになっていたよ。
おいらに後藤になりすますように言ったのは、実は、後藤本人だった。一時も埋蔵金から離れたくないから、代わりに役場に行ってくれと言われたんだよ。おいらの使命は、山を整地して公園を作る計画を阻止すること。それは、おいらの望みでもあったから、喜んで引き受けた。
その後、必要な知識を叩きこまれ、服も与えられた。
そうして後藤になりすまして暮らすうち、だんだんおいらはこの村と人間が好きになった。同時に、貧しい暮らしに同情した。
そこで、おいらはこう考えるようになった。あの埋蔵金が使えれば、必ずこの村は豊かになる、ってね。
おいらは後藤に、少しでもいいから分けてくれと頼んだ。
だが、後藤はとっくに人間の心を失っていた。けんもほろろに断ったばかりでなく、独学で身につけたという『招魔の外法』で魔物を召喚し、がっちり結界を張ってしまった。
それだけでなく、お山の霊気を高めて、妖怪どもを支配するようになった。あんたには信じられんだろうが、お婆や法師だって以前はもっと穏やかだったよ。
おいらは困り果て、以前聞いたことのある、後藤の同級生の陰陽師に連絡をした、という訳さ。
「これが真相だ。改めて頼むよ。力を貸してくれ」
玲七郎の胸中は複雑であった。倒すべき敵は友人なのだ。しかし、その前に確かめたいことがあった。
「後藤が呼び出したという、その魔物とは何だ?」
ぬらりは、憚るように周囲を見回し、小声で告げた。
「鵺だよ」