5 修験者の髑髏
玲七郎は完全に目を閉じ、心を落ち着かせようと努めながら、闇鴉に催促した。
「勿体ぶるな。早く言え」
「へへっ、わかってまさあ。旦那も気がついたと思いやすが、山頂の辺りに、えげつない霊気の塊みてえのがあって、迂闊に近づけやせん。見通しも利かねえんですが、一瞬だけ、チラリと山吹色の光が見えたんでさあ」
「山吹色ってことは、金色か?」
「そうでさあ。ありゃ、間違えなく、お財宝ですぜ。それも、半端な量じゃねえ」
「埋蔵金、だな」
「大当たり、とござぁい。正にそうでしょうな。その周りを、ドス黒い欲望が渦巻いてやす。お財宝を巡って、随分と酷いことをしたんでしょう。恨みつらみで凝り固まってますな。下手に近づくと、取り込まれますぜ」
「まあ、そんなことだと思ったさ。だが、引き受けた以上、やらなきゃなんねえ」
闇鴉は、へへっと皮肉っぽく笑った。
「あっしの力を当てにしてるんなら、とても無理ですぜ」
「それもわかってる。少し時間をくれ」
玲七郎は、試しに目を開けてみたが、まだ沁みるらしく、顔を顰めた。再び目を閉じ、その場に座り込んだ。
ゆっくり息を吸って臍下丹田に溜め、その倍以上の時間をかけて息を吐く。これを何度も繰り返した。
と、不意にパーッと霊眼が開いた。三百六十度の周囲が観えてくる。山道を歩く危険性を考え、一応、現界にセットした。問題は、この状態を如何に保つか、である。
呼吸法を続けながら、右手を突き出し、「のづち丸!」と唱えると、ズボッと太い蛇のような黒い塊が出現した。轟々(ごうごう)と音を立てながら周辺の邪気を吸い込んでいる。
「先に行け!」
玲七郎が命じると、吸い込み続けながら、クネクネと蛇行して先導して行く。
玲七郎は左手の五本の指をパッと開き、「火焔狐!」と叫んだ。ボッと丸い炎の塊が現れ、みるみる膨らんで狐のような姿になった。
「後ろからついて来い!」
上空から闇鴉が、「で、あっしが上を護る、ってこってすな」と揶揄うように言う。
玲七郎は、目を閉じたまま上を向き、「黙って仕事しろ! こっちは今の状態を保つのに必死なんだぞ!」と叱咤した。
と、前方から、人の声が聞こえて来た。抑揚をつけて何事か唱えている。どうやら、「六根清浄! 六根清浄!」と言っているようだ。
玲七郎がそちらに意識を振り向けると、白装束の人物が見えた。箱のような笈を背負い、手には錫杖を持っている。所謂、修験者の恰好である。
しかし、それが修験者でないことは、いや、人間ですらないことは、その顔を見れば明らかだった。顔面の肉がなく、薄汚れた象牙色の骨が剥き出しの髑髏であった。よく見れば、錫杖を持った手も骨だけである。
「出たな!」
玲七郎の呟きが聞こえたのか、胴が太短い黒蛇のようなのづち丸がパックリ口を開け、轟々と霊気を吸いながら髑髏に近づいた。
と、髑髏は持っている錫杖を槍のように構えた。
「喝!」
そう叫ぶと、のづち丸目掛けて投擲した。
錫杖は、弧を描いて宙を飛び、過たずのづち丸の口から胴を貫いた。
のづち丸の体がボワッと膨らんで霧状になり、雲散霧消してしまうと、その場に錫杖だけが残った。
髑髏は「六根清浄、六根清浄」と唱えながら近づき、錫杖を拾い上げると、剣のように構えた。
玲七郎は「くそっ!」と罵ったが、その途端、視界が不明瞭になったため、慌てて呼吸法を行った。
落ち着く間もなく、玲七郎は目を瞑ったまま扇子を取り出すと、刀の柄のように握った。
「斬霊剣!」
今は霊眼で観ているため、扇子の先からビューッとオレンジ色に光る刀身が出現するのがハッキリ見える。
その時には、髑髏は玲七郎の間合い近くまで来ていた。
「闘!」
気合と共に、上段から錫杖を振り下ろして来る。
「くうっ!」
玲七郎は、それを斬霊剣で受けて凌いだ。
目の前に迫った髑髏の顔から、強烈な腐敗臭がする。思わず、玲七郎は顔を背けた。
すると、髑髏は玲七郎の耳元で、「未熟者め」と囁いた。
「何だと!」
激高した瞬間、玲七郎の霊眼が閉じ、何も観えなくなってしまった。