1 臆病な依頼主
千之助という少年と別れた後、玲七郎は山の麓の細い道を歩いていた。
「ちっ、子供相手に、イキがっちまったな」
玲七郎は先程の自分の行為を少し羞じていた。
先日、大物を退治するため、傀儡師と協力したまでは良かったが、途中で出張って来た自分の父親から、技の未熟さを指摘された。自分がモタついたことが、傀儡師の生命を危うくしたのだとまで言われた。
「チクショウめ!」
父親以上に、不甲斐ない自分に腹が立っていた。
そのため、普段なら断るであろう、ボランティアの仕事を引き受けてしまった。依頼主は玲七郎の同級生で、今は地方の役場に勤めている男だった。
「すまん。上司に掛け合ったが、そんなことに予算は出せないの一点張りで」
約束した喫茶店で会うなり、相手は頭を下げた。安い吊るしの背広のあちこちが摩り切れており、靴も落とし切れない泥が付いている。
とりあえず席に着き、店員にコーヒーを頼んだ玲七郎は、おしぼりで神経質に手を拭きながら、片頬だけで笑った。
「いいさ、後藤。今回は最悪ボランティアでもいいって言ったろ」
「本当にすまん。今度何かで埋め合わせするよ」
「いいって。気にすんな。それより、早く内容を説明してくれ」
「おお、そうだな」
あれはもう三ヶ月ぐらい前になると思う。うちの村で管理してる山林で、たて続けに不審者の目撃情報があった。うーん、不審者というか、甲冑を着た変な人間がいる、というんだが。
あそこは元々落武者伝説のあるところで、目撃は真昼間だから、当然、悪戯だと思われた。そこで、役場の職員数名と村の駐在さんで張り込むことになった。
最初の二日は何事もなく、これはもう逃げたんじゃないかということで、人数を減らして、三日目はぼくと駐在さんの二人で見張っていた。
その時、熊笹がガサガサ音を立て、誰かが走り去る気配がした。ぼくが止める間もなく、駐在さんが追いかけた。そのまま二時間待っても戻って来ず、予め聞いていた携帯電話にも応答がないため、役場の仲間を呼んで捜索したが、その日は見つからなかった。
翌朝、フラフラと駐在所に現れたところを同僚の警官に保護された。だが、いわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の状態で、そのまま入院してしまった。
それ以来、怖がって誰も現場に近づかない。ぼくだってそうなんだが、上司から調査を命じられてしまった。ほら、もうすぐ年度が変わるだろ。残った予算で、あそこを整地したいらしい。公園を作る計画だってさ。そんなことしても、利用者がいないよ。
「まあ、そういう訳で、誰かの悪戯なら、すぐに知らせてくれ。警察と一緒に急行する。だが、そうでなければ」
「わかってるさ。任せておけ」
安請け合いかとも思ったが、単純な怨霊なら、小一時間で処理する自信はある。
一応、後藤は案内しようかと言ったが、行きたくない気持ちがありありだったから、断わった。道順だけ確認して、喫茶店から真っ直ぐにこちらに向かったのである。
ほぼ一本道だから、迷うこともない。
だが、道を進むにつれ、玲七郎は今迄感じたことのないようなザワつきを覚えた。
「なんなんだ、この感じは」
自分でも、独り言が多くなっていると思った。
道は次第に細くなり、曲がりくねり、両側の草木が枯れているのが目につくようになった。
さらに、道の縁に、徐々に石垣の残骸のような石が増えてきた。
「砦と言うより、こりゃ城だな」
と、道の途中に人影が見えて、さすがに玲七郎もギクリとした。
が、相手が誰かわかると、ホッとすると同時に腹が立ってきた。
「おい、脅かすんじゃねえぞ。学校に行ったんじゃねえのか、おまえ。ええと、千之助だっけ?」
確かに、先程別れたばかりの、千之助という少年のようだった。
玲七郎が苦笑して近づくと、千之助の目がクルリと裏返り、白眼になった。その状態で、薄く口を開き、老人のような嗄れた声を出した。
「われらの、眠りを妨げること、勿れ」
玲七郎は、全身の肌が粟立つのを感じた。