12 霊弾銃
「弾丸のない拳銃で、どうしようというのだ? ごっこ遊びなら、他所でやれよ」
猶も見下すような態度の後藤だったが、不安を押し殺すように表情が硬くなっていた。
銃をピタリと構えたまま、玲七郎は片頬だけで笑った。
「タマならあるさ。目に見えねえ霊弾だがな!」
玲七郎が念を籠めるように引鉄を引くと、弾丸の入っていないはずの拳銃からパーンという音が響き、目に見えない何かが銃口から飛び出した。
咄嗟にそれを避けようと前に出した後藤の手が、衝撃で後ろに持って行かれ、ボキッと肩の関節が外れるような音がした。ブランと下がった腕の先の掌には、黒い穴が開き、それがじわじわと拡がっている。痛みは感じていないようだが、悔しそうに「くそっ!」と言って、玲七郎を睨んだ。
霊弾の効果を確かめ、玲七郎はニヤリと笑った。
「さっき揶揄って斬霊剣を出した時、おめえは顔を背けやがった。何ともねえなら、黙って受け流して、知らん顔をしてりゃ良かったはずなのによ。ってことは、斬霊剣は効くんだと気がついた。だが、今のおめえには迂闊に近づけねえ。だから、刀一本分の念を弾丸にして撃ってるんだ。覚悟しやがれ!」
また、パーンと音がして、日本刀が刺さっていない右胸の方に、大きな黒い穴が開く。後藤は、体全体を折るようにして後退した。
「ふ、ふざけるな! こんなもので、ぼくが斃せるとでも……」
言い終える前に、さらに太腿に穴が開き、よろめいた。
だが、玲七郎の方の消耗も激しく、三発撃っただけですっかり息が上がり、肩で呼吸していた。
その時、「ああっ、ダメだ楡小路さん!」という塙の声がして、楡小路が山の方に駆け出した。玲七郎たちの対決に気を取られている隙を衝いて、塙の手を振り切ったようだ。
「埋蔵金は、わしのもんじゃ!」
叫びながら、全速力で山を駆け上がって行く。
相当のダメージを受けたはずの後藤だったが、「させるか!」と叫ぶと後を追い始めた。最早、普通には走れないらしく、四つん這いになって駆けて行く。
それに止めを刺そうと銃を構えていた玲七郎だったが、ガクッと膝をつき、その場に座り込んだ。
「と、とてもじゃねえが、身が持たねえ」
塙が走り寄り、「大丈夫か?」と、玲七郎を抱え起こした。
「自分でも情けねえ。効き目はあるんだが、こっちも命を削ってる。一発も無駄弾は撃てねえ。すまねえが、おれを連れて、あいつらを追いかけてくれねえか?」
「勿論だ。だが、もうかなり離されて、今どこにいるのかわからんぞ」
すると、上の方から、「あっしが誘導しますぜ」と声がした。
ギョッとしたように塙が見上げると、鴉が旋回している。
玲七郎は苦笑し、「こっちが少し有利になったと思って、戻って来やがった。駐在さん、心配すんな。おれの相棒だよ」と教えた。
それが聞こえたらしく、闇鴉が文句を言った。
「旦那、見損なっちゃ困りやすね。別に、あっしは逃げてませんよ。旦那の苦境を救おうと、援軍になりそうな爺さんを唆しに行っただけで」
「ふん、そんなこったろうと思ったぜ。まあ、いいや。ちゃっちゃと案内しな」
「合点承知!」
闇鴉の先導で、すぐに山道を駆け上がる二人の姿が見えてきた。いや、二人というより、最早二匹と言った方がよいかもしれない。楡小路はすっかり服がはだけて餓鬼そのものの姿となっており、追う後藤も四本足の獣に変化していたのだ。
塙の肩に掴まり、息も絶え絶えになりながらも、玲七郎は「待ちやがれ!」と叫んだ。
その声に気を取られたのか、先を行く楡小路が躓いて倒れた。
後ろから迫る後藤は、野獣そのものと化しており、大きく口を開くと、ズラリと何重にも生えた尖った歯が見えた。
「よせ、後藤! あれでも人間だぞ! おめえだって人間だろう!」
その言葉にハッとしたように、後藤が振り向いた瞬間。
「人間に戻りやがれ!」
玲七郎は最後の力を振り絞って、霊弾を撃った。
後藤の鮫のような口にポッカリと黒い穴が開き、同時に、全身からメラメラと炎が上がった。
「いいぞ火焔狐、中からそいつを焼き尽くせ!」
玲七郎を支えている塙が「そんなことして、大丈夫なのか?」と心配そうに尋ねたが、それに答える余裕もない。
だが、追っ手が燃えている間にと、楡小路が立ち上がって走りだした。
「くそっ、もう霊弾は無理だな」
玲七郎は辛うじて空中に五芒星を描くと、楡小路に向けてスッと押し出した。
「浄霊明星!」
そこまでが限界だった。玲七郎は崩れるように気を失っていた。