10 仮面の告白
玲七郎は、パッと立ち上がり、改めて後藤の顔を見た。先程泣いた時とは別人のように、自信に満ち溢れた表情をしている。
「おまえ、後藤じゃないな?」
「何を言ってる。ぼくだよ、後藤だよ」
そう言いながら、後藤はニヤニヤ笑っている。
玲七郎は扇子を取り出し、後藤の目の前で両手で握った。
すると、後藤はスッと顔を避けた。
「ほら見ろ。何で普通の人間に斬霊剣が見える。おかしいだろう?」
後藤は笑顔のまま、片手を出して見せた。肌の色が青黒く、ザラついている。と、グニャリと変形し、鱗の生えた蛇の頭になった。掌だった部分がパックリ開いた口になり、中から鋭い牙が覗いている。
「何のマネだ」玲七郎は眉を寄せた。
後藤が、もう片方の手でスッと蛇を撫でると、元の腕に戻った。
後藤は、得意げな顔で笑っている。
「誤解されると困ると思ってね」
「誤解?」
「斎条は、ぼくが鵺に取り憑かれたと思っているだろう?」
玲七郎は苦笑した。
「本人までそう言うなら、そうだろうな」
後藤は苛立ったように、激しく首を振った。
「冗談を言ってるんじゃないんだ。逆なんだ」
「逆、とは?」
「ぼくが鵺を支配してるんだよ」
玲七郎は片方の眉を上げて、「ほう」と笑った。
「じゃあ、さっきの泣きベソは何だったんだ?」
後藤は心から不思議そうに首を傾げた。
「ぼくにもわからないんだよ。時々ああいうふうになる。副作用かもしれない」
「副作用って、何か変な薬をヤッたのか?」
今度は後藤が苦笑した。
「ぼくは独学で召喚術を勉強したので、どうも、用語が適切じゃないみたいだね。説明するから、座ってくれないか。変なことはしないよ。約束する」
玲七郎は「変なことは、もうしてるじゃねえか」と文句を言いながらも、再び座った。その際、ちらりと上を見ると、闇鴉が一声鳴いて飛び去った。
「ふん、呆れてやがる」
「何か言ったか?」
「いや、何でもねえ。話をしてくれ」
ぼくは渓流釣りが好きで、村有林の視察を口実にして、よくこの山に登っていた。
勿論、落武者の伝説も知っていたが、ぼくは昔からそういうものが平気で、怪談とかも怖いと思ったことはないんだ。
さて、都会ほどではなくても、こんな田舎にもトラブルメーカーの住民がいる。この山の麓に住んでいる楡小路というおっさんもそうだった。
なんだ、知ってるのか。
ほう、餓鬼ねえ。あのおっさんらしい。
なら、話は早いな。
おっさんの家は、いわゆるゴミ屋敷になってて、周辺の住民からたくさん苦情が来ていた。本人にいくらゴミを捨てるように言っても、聞かない。じゃあ、それならそっちで処分してくれ、と言うんだ。仕方なくこちらでゴミを撤去しても、すぐにまた拾ってくるんで、手を焼いてる。
だけど、ぼくが作業をしてる時、そのゴミの中に古文書みたいなものがあったのさ。
斎条は知らないだろうが、ぼくは歴史好きで、自分で内容を調べてみた。どうやら、昔この山に埋蔵金を隠した件についてのようだった。
書かれていた単純な暗号のようなものを解読して、まんまと埋蔵金を発見したよ。
誰かに知らせたかって? 冗談じゃない。ぼくが一人で発見したんだぜ。当然、ぼくのものさ。
ところが、それ以来、落武者たちの怨霊に悩まされるようになったんだ。怖くはないんだが、煩わしい。眠れないし、食欲もなくなり、どんどん痩せて来た。
その時、別の古文書があったことを思い出した。最初はくだらないと思って、放って置いたんだが、魔物の召喚方法を書いたものだ。
駄目元でやってみたら、上手くいった。それも、最強クラスの妖怪、鵺だ。怨霊たちも手が出せなくなったよ。
だが、タイミングの悪いことに、同じ頃、村有林を伐採して総合運動公園を作ろうという計画が持ち上がった。
先行して、下調査が入ると聞いて、ぼくは焦った。鎧を着て脅かしたりしたが、却って大事になって、警察まで出動して来た。
その頃には、鵺の力でこの山の妖怪を殆ど支配していたから、駐在を狂わせることができた。
しかし、どうにかして埋蔵金を隠し通すために、ぼくの身代わりが必要になって、ぬらりを使うようにした。だけど、あいつは臆病で使いものにならない。
あいつが何て言ったか知らないが、斎条を呼ぶように言ったのは、ぼくなんだ。きみならこういうことに詳しいし、力もあるからね。
「斎条、頼む。ぼくに協力してくれ」
玲七郎は片頬だけで笑った。
「ぬらりは確かに臆病かもしれねえ。だが、大馬鹿野郎よりはマシさ」
「何だと!」
気色ばんだ後藤の顔が、グニャグニャと変形し始めた。