プロローグ
世の中には、二種類の人間がいると思う。妖怪が見える人間と、見えない人間だ。
で、そう言うぼくは、見える人間ってわけ。別に、自慢じゃないよ。だって、見えない方が、いいに決まってるもの。
今日も、ぼくの通ってる小学校に行くために楡小路さんの家の前を通らなきゃいけないんだけど、もう見えちゃってるんだ。
見えるのがぼくだけだって気がつかなかった頃は、みんなから嘘吐きって言われた。だから、今は言わないようにしてる。
楡小路さんの家は、昔は御屋敷って呼ばれてたらしい。今は、よく言うゴミ屋敷だ。まあ、小学校の友達は、ズバリ、お化け屋敷って呼んでる。
元々、大きな家なんだけど、今は荒れ放題で、門の扉なんか、蝶番が一個取れて、ブランと傾いてる。そこから、ゴミが溢れて、道までハミ出しそうだ。
その壊れた門から中が見えるんだけど、いるんだ、そこに。
なんて言ったらいいんだろう。それが楡小路さんじゃないことはわかる。ちょっと似てるけどね。頭がハゲてて、顔中シワだらけで、手足は痩せてるのにポッコリお腹だけ出てる。しかも裸だ。本で読んだ餓鬼という妖怪(?)だと思う。
そう、ぼくは本が好きで、特に昔のことを書いたものに興味がある。だから、平均的な小学五年生よりは、難しい漢字を知ってるんだ。
とにかく、餓鬼と目を合わせないようにして、急いで通り過ぎればいい。そう思って、前をよく確認せずに急いだら、人にぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさい!」
言いながら相手を見て、ぼくはビビッてしまった。だって、ヤクザみたいな若い男の人だったんだ。髪がメチャメチャ短くて、目つきが鋭くて、真っ黒なシャツの一番上のボタンまで留めてる。
ぼくは、怖くなって、もう一度頭だけ下げてそのまま行こうとした。
「おい、待てよ」
どうしよう。返事をした方がいいのかな。
すると、男の人は、ニヤリと笑った。
「おまえ、あいつをずっと見てたな。見えるんだろ?」
「え?」
あいつ、というのは、餓鬼のことだろう。そうすると、この人にも見えてるのか。
「驚くことはねえよ。見える奴はいっぱいいるぜ。だがよ、おれみたいに退治できる人間は、そうはいねえ。まあ、見てな」
男の人はズボンのお尻のポケットから、何か出した。うーん、何だっけ。折り畳めるウチワみたいなもの。あ、そうだ、扇子だ。
男の人がそれを両手で握って構えると、扇子の先からビューッとオレンジ色の光が出て、1メートルぐらいの長さで止まった。まるで、ライトセーバーみたいだ。
男の人はまたニヤリと笑って、「これも見えるんだろ?」とぼくに聞いた。
「あ、はい」
「ふん。よく見とけよ。これが斎条流の斬霊剣だ!」
男の人はジャンプして餓鬼に斬りかかり、逃げようとする背中を真っ二つにした。バタリとその場に倒れた餓鬼は、スーッとゴミの山に吸い込まれるように消えた。
だけど、それで終わりじゃなかった。
餓鬼が消えたゴミの山から、掌ぐらいの小さな餓鬼がたくさん出て来た。
「ちっ」
男の人は舌打ちして、扇子から光を引っ込めると、ポケットにしまった。
その後、左の人差し指を立てて、「出でよ、狐火!」と唱えた。すると、指先にポッと青白い炎が灯り、それを前に押し出すようにすると、炎はそのままスーッと空中を飛んだんだ。
「散れ!」
男の人が命令すると炎がパッと沢山の塊に分裂して、その一個ずつが小さな餓鬼に命中した。たちまち餓鬼たちはメラメラと燃え上がり、黒い煙になって消えた。
男の人が「戻れ!」と命令すると、分裂した炎が集まって来て、スーッと左の人差し指に吸い込まれた。
「ふん。まあ、こんなもんかな」
ぼくは本当にびっくりして「すごいや!」と叫んだ。
男の人はちょっと照れたように笑って、「大したことねえよ。それより」と真面目な顔になった。
「知ってたら教えてくれ。この先の林に、昔、落ち武者が隠れてた砦の跡ってのが、あるか?」
ぼくはゴクリと唾を飲んだ。
「うん。で、でも、行かない方がいいよ」
「ほう。何故だ?」
「出るんだよ」
言ってしまってから、ぼくは怖くなって鳥肌が立った。
でも、男の人は、また、ニヤリと笑った。
「それでいいのさ」
「どうして?」
「それを始末するのが、おれの仕事だからさ」
「仕事?」
「そうさ。おまえは知らねえだろうが、陰陽師って仕事さ」
「あ、知ってる。本で読んだことがあるよ。安倍晴明とか」
男の人は、ちょっと嫌そうな顔をした。
「ふん。あんなの、ただのお役人さ。おれたちは違う」
「違う?」
「ああ。斎条流は武闘派だからよ」
ぼくがわからないという顔をしたので、男の人は苦笑いした。
「まあ、いいさ。ところで、おまえ、名前は?」
どうしよう。悪い人じゃなさそうだし、言ってもいいかな。
「新川千之助っていいます。変な名前でしょう? おじいちゃんが付けたんです。お兄さんは?」
「おれか。そうだな。他人に聞く以上、おれも名乗るべきだな。斎条玲七郎永吉だ。玲七郎って呼んでくれ」