「彼女のオートバイの免許の取り方」
由里子は高校から帰る途中の道端で一台のオートバイを見かけた。赤のガソリンタンクに金色の水平な線が二本シートの下を通って後ろの方へ伸びていた。
由里子は色合いと夕暮れ時の赤い夕日に照らされて深紅に輝くのオートバイに近づき、人が跨って丁度太ももの内側があたる場所に数字が書かれているのに気がついた。そこには750と書かれていた。
彼女はその数字の上に手の平をかざし、ガソリンタンクの方へなぞるようにして手を滑らせた。柔らかい風が由里子の肩の上を通りすぎて行ったとき、彼女はそのオートバイが好きになった。そして、高校を卒業して短大に入学した年の春に彼女はそれからずっと胸の内に抱いていたことを実践した。
自動車教習所へ行き入学の手続きの届けを受付窓口に出した時、受付の男性職員は何も免許がないのであれば、最初は自動車の免許にすべきだと彼女に助言した。 それを聞いて由里子はただ首を横に振った。彼女と一緒に受付窓口に並んでいた他の数人の女性はみんな自動車の教習教室へ入っていった。
初めてオートバイに跨りグリップを握って動き出した由里子を見て教官は綺麗に乗れていると言った。由里子は自分の乗り方のどこが綺麗なのだろうと考えたが答えはみつからず、オートバイが自分を綺麗に乗せていてくれると結論した。そして、彼女はオートバイが自分を受け入れてくれたと感じた。
卒業検定試験で一緒になった、まだ高校生だと言う男の子に由里子はあの記憶にある数字のことを聞いてみた。男の子は顔を赤らめて由里子を見ながら、もう一つの大型オートバイの免許が必要だと教えてくれた。それを聞いて由里子は『あら、私、もう一つ試験を受けなくていけないのね。』とその整った口元を上げて笑った。少年はただ地面を見 つめるしかなかった。
何日かして、中型限定自動二輪の免許を運転試験場の交付窓口で受け取とると由里子はそのまま、自動二輪車の大型免許技能試験の申請書を出した。それから案内所にあった試験コース図を一部手に取り、眺めた。それを四つ折に畳んで肩から提げている茶色のバッグにしまうと次の目的地へ足早に向かった。新緑が眩し くなり始め、空の色は薄いブルーが鮮やかに初夏を迎える準備をしていた。運転試験場で技能試験を受けるための練習所で由里子は、大型のオートバイは教習所で練習をした中型よりも一回り大きいような感じがした。由里子は中型オートバイの感覚を静かに思い起こし、そしてグリップを握るとアクセルをほんの少しだけ空けて動き始めた。
運転試験場での技能試験当日、由里子はすこしだけ寝坊をした。時計を見るとまだ十分にあらかじめ決められた集合時間には間に合う時間だった。窓を開けて外の空気を吸い込んでふうと息を吐き出し、それからバスの時間を確かめてから彼女にしては遅めの朝食をとった。食べ終わるとストレートデニムのブルージーンズと、どちらかと言うと四角い衿あきのライトグリーンのTシャツを身につけ、ジェットのヘルメットとメッシュのライディングジャケットを片手でもってバス停に向かうドアを開けた。爽やかな風が由里子を迎えるように吹き抜けて行った。
彼女の順番を待っていた試験用オートバイは、いつか見たオートバイと同じ車種だった。ステアリングバーの高さが教習用になっているぐらいで、全体的に見ると大きな違いは色と、何人も乗せてきたやつれ感ぐらいだった。彼女はまるでいたわるようにそっと、センタースタンドをはずして両方の手でグリップとブレーキレバーを握り、後ろを振り返ってそして、跨った。それからギヤを1速に入れ右足でリヤブレーキを踏んだまま右にターンシグナルを点滅させてもう一度後ろを振り返り、静かにメインコースへのUターンをして走りだした。
私が好きに なったオートバイ。そう今彼女は初めての一目ぼれをしたオートバイと一緒だった。試験コースは当日までどのコースになるのかは分からない。しかし由里子の中には全てのコースがトレースされていた。自分の進むコース、課題は全て自分の思い通りに描くことができた。そして、自分のお気に入りのオートバイと一緒の彼女は、その日の少しの完走者の一人となった。それはそのまま、その日のもっと少ない合格者となった。
合格者だけが受けられる拍手の中で被っていたヘルメットをとった彼女の目は今乗っていたオートバイを見つめた。乱れた長い黒髪が夏の太陽が注ぐ光のほうへ風にふかれて揺れたとき、彼女は笑顔を作ってそのオートバイに別れを告げた。