死神佐平 11
男のことも、ナイフを出せば、恐れ慄く獲物だと思っているのだった。
人間に擬態しているだけで、男は元々は彼等とは違う生き物だ。
ナイフなど男には、怖くもない。
刺されても血だって出ない。
とは言え、血を出して見せることは可能だ。
もし、赤ではなく緑色の血を吹き出させてやれば、彼等は泡を喰うことだろう。
ナイフで滅多刺しにされてなお平気な顔で近付いていけば、それだけで恐怖で失禁しそうな相手である。
男には、化け者だとひぃひぃ言いながら、這いずってゆく彼等の姿が目に浮かぶようだ。
人間は弱い。
にも関わらず強いと思い込んでいる。
弱い相手ばかりだからだ。
もっと強い相手に出会えば、分かるだろう。
自分達がしていることが、どれほど危険なことかを。
「返す当てがないんなら、下さいって頭を下げるのが、礼儀だろう」
男が冗談っぽくそう言うと、少年達はいっぺんに気色ばんだ。
「何だと、こいつ」
彼等の程度に見合った、レベルの低い罵り言葉が、少年達の口から飛び出してくる。
「ボコられてぇのか」
リーダー格の少年は、煙草を地面に落とすと、両手で男のシャツの喉元を締め上げた。
死ぬことに恐怖を覚える人間は、痛みも怖れる。
見境なく手を出しそうな彼等の様子を見れば、普通の人間であれば、助けてくれと泣き喚いたことだろう。
それが更に、彼等の暴力衝動を煽ることになるのだ。
但し男は、自分自身が死である。
痛みを感じることもない。
これから己のすることを思って興奮しかけていた男は、少年達のあまりにも単純そのものの対応に、すっかり気分を削がれた気がした。
気持ちが高揚していたところに、水を撒かれたような感じすらする。
男は、急に萎えてしまった。
心の中で男は、つまらない、馬鹿馬鹿しいと吐き捨てる。
少年の一人は、飲みさしのジュースの缶をまだ持ったままだ。
男は、チラリと缶を見た。
その途端、中の液体が浮き上がり、少年の鼻と口を塞いだ。
少年は缶をとり落とし、苦しげに顔を押さえる。
コーラは、少年の鼻と口にへばり付いて、どうやってもとれなかった。
少年は苦しげに、その場に踞る。
仲間の少年達には、実際に何が起きたかまでは見えなかったようだ。
飲み物が、気管にでも入ったと思ったらしい。
それに間違いはない、が。
「何やってんだよ」
仲間を心配して――と言うよりは、こんな時に何をやっているのかとでも言いたげな調子で、ナイフを手にしていた少年が、地面に転がった少年の背中に手を掛ける。
男は心の中で、心配しろ、心配しろ、と彼等を煽った。




