死神佐平 9
男は、自分が無駄に命を奪っていることを感じていた。
人型をとっている時でも男には、普通の人間が食べるような食物は必要ではない。食べることはできるが、決して栄養になることはないのだ。
ポテトは、もちろん植物だ。
獣を殺すのを厭うてベジタリアンとなる者はいても、植物も生きているのだということを考える人間は少ない。
命を奪うのが悪いなら、他の命を奪わない為に、飢えて人が死ぬことも悪いことになる。
冥府では、植物であろうが獣であろうが、食べる為以上のものを奪うことを罪とする。
食べきれる分量以上のものをとり、それを平気で捨ててしまう。
人が食事をする場所は、最も罪深い場所と冥府では目されるだろう。
冥府においては、食事をとる場所は最も神聖な場所とされる。
食事をとる、という行為も神聖なものだ。
男が見る限りでは、ここでは食事の前後に、戴きますごちそうさまと手を合わせて、頭を下げる者など一人もいなかった。
自分が奪った命、それによって生き長らえる己。
命に感謝するのは、当然のことである。
三十分ほど前、女の生気を吸いとった時、男は思わずごちそうさまと言ってしまったことを思い出した。
男にとっては、やはり食べることは大切なことだったのだ。
店内には、女性ボーカルの最新ヒット曲が流れている。
男はフィッシュバーガーを半分ほど食べたところで、嫌になってトレイに戻してしまった。
肘をついて男は、ぼんやりとした目で店内を眺めた。
小学生だけの、子供達のグループが騒がしい。
塾帰りなのだろう。
ケータイで喋っている、若い男の声。
友人と待ち合わせを決めているようだ。
女子高生の二人連れが、甲高い声で笑っている。
噂話で盛り上がっているらしい。
若い母親が、小さい子供を叱る声。
立ったり座ったり、せわしないからだ。
食べ物を口にする時の音が、いやに男の耳についた。
夜なのに晧々と明るい店の中。騒々しい音。多色遣いで無秩序な風景。
男は突然、何もかも許せなくなった。
男は指先で、素早く辺りの空気を掻き回す仕草をした。途端、店内に満ちていた生気がひどく乱れる。
抵抗力の弱い者ほど、その影響を強く受けた。
突如として、店内の光景が一転する。
吐く子供、泣き出す女、呻き声、トレイが下に落ちる音、氷が床にばら撒かれる、悲鳴、叫び声。
楽しげだった状況が、一変して訳の分からない混乱の真っ只中に突き落とされた。
何が起きたのか、一人として分からなかっただろう。
あとになっても、分かる筈がない。




