死神佐平 8
死神が生気を吸うのは、己が生きる為の行為に当たると、冥府での法律はそう定まっている。
死神が食べることは、誰も禁じていないのだ。
死神の方が、食べないと言っているのであった。
食べたくない奴は、一人でいたい奴は、好きなだけそれをすればいい。
しかし、男はそれをしたくなかった。
生きる為に食うことは、仕方のないことだ。
人の生気を吸いとる力は、死神に与えられた能力だ。
男は力を持っている。力を使うのは当然だと男は思っていた。
今ここで男が力を使うだけで、この電車は死者だけを乗せて走る死の電車になるのだ。
男は、もう腹は減っていなかったので、吸いとった命はその辺に捨ててしまえばよかった。
捨てた命は、人界に住む妖かしどもが、食い尽くしてしまうだろう。
決して無駄になる訳ではない。
男は、人界では誰にも咎められることもなければ、あの怖ろしい神名帳に封じ込められることもないのだと自分に言い聞かせ、思うままに振る舞うことを己に許したのだった。
けれど男は、電車の同じ車両に乗り合わせた人々の生気を、全て吸いとることはしなかった。
なぜかは、男にも分からない。
男は何もせぬまま、一番大きな駅で降りた。
駅前の広場に出ると、すぐにファストフード店の明かりが、まるで男を誘うかのように開放的に点っているのが見えた。
男はそれを見るなり、大した考えもなくフラフラと店の中に入っていった。
カウンターの中の女が接客用の笑みを浮かべて男に、お持ち帰りですかと聞いてきた。
男は「いや」と答えながら、目線はカウンターの上のメニューに落ちていた。
フィッシュバーガーとポテトのM、コーヒーのMを頼み、財布を出して千円札から釣りをもらった。
トレーを持って、八分通り席の埋まった店の中の、空いていた二人用の席に男は腰を落ち着けた。
ハンバーガーができるまで、男はコーヒーを啜ってポテトをつまんだ。
誰も、男の挙動におかしさは覚えなかった筈だ。
男が人間でない生き物で、ファストフード店に入るのもこれが初めてなら、人間界に来てまだ一昼夜にしかならぬとは、考えだにしなかった。
男の動きは、ごく自然である。
マゴマゴすることもなく、怪しい素振りを見せる訳でもなかった。
しかし人は、彼に何となくではあるが、薄気味の悪いものを感じたのだ。
彼が側を通った時冷たいものを感じ、それが彼自身から滲み出ているものの所為だとは思わずに、風でも吹いたのだと思い込もうとしていた。
もしポテトを噛じる男の心の中を見ることができれば、男が決して人ではないことに気付いただろう。




