死神佐平 7
あの中年男性の場合は、身近に死人が出たと言うより、本人が死に近い場所にいる所為に違いないと、死そのものとも言える男は感じていた。
男の頭の中に、知る筈のない過労という言葉が出てくる。
あの中年男性は、遠くない未来、過労死することだろう。
男は一人悦に入って、ニヤリと笑みを浮かべた。
何か気味が悪いと思って、男を盗み見ていた初老の女は、笑みを浮かべた男と目が合うなり、邪眼でも見たかのように、慌てて目を逸らしたのだ。
別に男は、睨むだけで人を殺すことができる、三邪眼のような妖かしではない。
三邪眼であれば、額にある目を布で隠して、相手を呪わない戒めとして、他の妖かし達との気軽な付き合いも望めた。
但し、死神となると、その位置付けは、冥府においても微妙なものとなるのだった。
死神は、他の妖かし達から離れて暮らしている。
仲間同士で、集まることもない。
ただ新入りが出てきた時は、水鏡によって新入りへ通達がなされるのみだ。
他の妖かしが決して近付かぬ、険しい場所や寂れた場所に庵を作って、そこで書物を読んだり、瞑想に耽って一夭で過ごすのであった。
死神は、決して里には下りない。
他の妖かし達が暮らす場所を、死神は里と呼ぶ。
里の者は、死神を見れば、慄き怖れるからだ。
絶対に生気を吸わないと言っても、それでも彼等は死神を無条件で怖れる。
生に終わりのある者は、死を怖れるものだ。
そして死神とは、死そのものなのである。
死神を見れば、不老不死者であっても、嫌な顔をするのが常であった。
不死者の場合、死神に生気を吸われても死にはしないが、一時、調子が悪くなる。
倦怠感を感じたり、鬱状態になるのだ。
そのこともあって、不死者であっても死神を嫌うのである。
死神達は、他の妖かし達の気持ちをよく弁えているからこそ決して里に下りず、他者と交わるどころか、一切の生気を吸いとることさえ己達に禁じているのであった。
死神もまた、不老不死の妖かしである。
一切の食物をとらなくとも、死ぬということはない。
それでも生気をとらずにずっといれば、身体に影響は出なくとも、精神的に辛くなる。
死神の長の言葉によれば、死神と生まれたからには、一生苦しまねばならぬと言うのだ。
好きで生まれた訳ではなくとも、死神として生まれてしまったのならひたすら耐えて、死ぬことを許されぬ身であれば、未来永劫苦しみ続けろと言うのである。
男は、それが嫌だった。
他の死神達が、それを実践していることも理解できなかった。




