死神佐平 6
頭の中は、もう真っ白けだ。
「階段の途中で死んだり、誰かと一緒だったら、そいつに迷惑かかるかも」
男は、食べ終わった女への興味は薄れてしまった。
喋りながらも、男の足は既に動き始めている。
「ごちそうさま」
男は、もう振り返りもしないで、大股で歩いて階段を昇っていった。
あの女が歩き出したのか、そのまま突っ立っていたのか、それすら確かめることなく、滑り込んできた電車に男は乗り込んだ。
あの女が、残された三十分の自分の人生をどう過ごすかは、男には関係なかった。
女が、男の言葉など忘れて普段通りの生活を送るのも、己の十六年かそこらの人生を、いもしない神に懺悔するのもそれは勝手だ。
三十分。
三十分すれば、あの女は突然倒れて死ぬのだ。
場所はどこだか知らないが、とにかく死ぬことだけは確かであった。
ほんの一滴だけの命を残して、男があの女の生気を吸いとってしまったからだ。
男の中には、今まで八百年以上も前から培われてきた行き場のない思いが、ドロドロと渦巻いていた。
今度こそ、俺は好きに生きてやる。
なぜ、我慢しなければならない。
禁欲なんか糞くらえだ。
男は空いていた吊り革に掴まって、カタンと動き始めた電車の、窓の外を睨みつけていた。
その目つきに怖れをなした訳ではなく、男の前に座っていた中年男性が、尻の座りが悪そうにモジモジしていたかと思うと、ついに席を立って車両を移ってしまった。
男は空いた席に座らなかったが、男の側にいる者達はみな居心地が悪そうで、それがなぜなのか自分達では気付いていない様子なのが、男にはおかしいような腹が立つような、複雑な気分であった。
それが、男の持つ死の気配によるものだとは、誰にも分かりっこない。
男が人間でないなど、誰が信じるであろう。
本性を晒せばそれは別であろうが――ただし、男の真実の姿を見ても、人間はよくできたロボットか、夢でも見ているのだと思うことだろう。
この世に、死神なる者がいるとは思ってもいないことが、二人の若者の生気を吸いとった時に男には分かった。
しかし、幾らそうであっても、死が身近にあって何も感じない方がどうかしているというものだ。
死は、本能的に忌避されるものだからだ。
理解も知識も必要ない。
根源的な、恐怖と直結している。
席を立った中年男性は、きっと死に敏感になっているのだろう。
身近で死者が出たり、死にかけている人間がいると、死に敏感になってしまうものなのだ。




