死神佐平 5
電車の乗り方も切符の買い方も、日常生活の細々したことも、流行っている音楽だって、分からないことはない。
ただ、相手が知らなかったこと。現在の首相や日本の財政状況や、世界の社会情勢などは、男には全く分からなかった。
そんなこと分からなくとも生きていけることは、男が殺したあの若者が、昨日の夜まで生きていたことからも分かる。
男は何事もなく駅に着いたが、切符を買って構内に入ったところ、駅の構内でスマホで文字を打ちながら歩いていた女子高生と、腕が軽くぶつかってしまった。
ぶつかってきたのは相手の方にも関わらず、派手な化粧の女は舌打ちすると、
「気を付けろよな、バーカ」
と、口汚く男を罵ってきた。
男は気色ばむことも、反対に卑屈になることもなく、ただその場に立ち止まって、指先で砂でも揉むような仕草をする。
女の身体の周囲に溢れ出ていた生気が、途端に弱まるのが、男の目には見えていた。
女子高生はと言えば、背中に寒気のようなものを感じて、思わず後ろを振り返ったほどだが、別に変わったことがある筈もない。
女には、その悪寒の源が、自分をとり巻いていた旺盛な生命力が薄れてしまった所為だとは、もちろん分からなかった。
男は、いい加減なところで手を止める。
そして無造作に、
「三十分」
と、宣告でも下すように言った。
女は、男が何者か分かった筈もなかったが、何やら薄気味悪いものだけは感じたらしい。
何がだよと聞き返す女の声には、先ほどのような力がなかった。
「三十分しか持たないよ」
男は微笑んで、そう言った。
「は? 何言ってんだよ。おっさん、馬鹿?」
そう言う女の声は、微かに震えていた。
(気持ち悪い。こいつ変。嫌だ。怖い)
女の頭の中が、男には手にとるように分かるようだ。
生気を奪ったことで、精神が同調しているのだ。精神の同調はすぐに解ける。
こんな単純で、つまらない精神など欲しくなかった。
初めに殺した男だって、大概だったが。
「あと三十分で死ぬって、教えてるんだ」
若い人間の生気を二人ぶん、ほぼ一杯に吸いとったので、男の腹はいい具合に膨れていた。
その所為か、気が大らかになったようだ。
「これで、どこで死ぬかぐらい、決められるだろう?」
男の口調は朗らかで、決して女を脅しているようではない。
本当ならば、恐怖を最大限まで煽ってやって、怯えさせても良かったのだが、気がよくなっているぶん、相手をいじめることに魅力を感じなかった。
「は? 何言ってんの」
女は、凉れた声でそれだけ呟いた。




